胃袋
「意外とよく食べるわよね、ヒル魔君て」 「苦労したんだからな」 「え?」 「元々、糞デブと違って食が細い。この体で普通にトレーニングすりゃ、あっという間に適正体重を割り込んじまう。かといって無理に食えば、消化しきれねえ」 「あ」 「めいっぱい食い込める胃袋育てるのに、結構時間掛かった」 「そうなんだ・・・」 蛭魔妖一は秘密主義だが、それは必要があってのことで、不必要に多くの秘密を作ったりすることは無い。自分についての情報を徹底的に秘匿するのは、敵チームに余計な疑念を抱かせる、といった意図があってのことで、趣味で秘密にしているのではない。選手の体調管理を一手に任されている姉崎まもりに彼の体質についての情報を与えるのは当然のこと。むしろ、いままでその件について伝わっていなかった方が不思議なほどである。 しかし、まもりの正直な感想では、ただのマネージャーだった頃よりも、恋仲になってから新しく知らされたことは多く、それでもまだこの男は底が知れないものの、以前よりずっと警戒心を解いて弱点をさらすようになったということである。食事量の話題もそのひとつ。そのうち、二人の意識が重なるほどにまで、お互いの手の内をさらすことになるだろう。 「これからは、一緒にできるね」 「テメーがやったら、太るぞ」 「違います。いっぱい食べられるように、手伝うってことよ」 「・・・手料理か」 「そ」 「腕に自信は」 「割とうまいんじゃないかしら」 大嘘。割と、どころか家庭料理の達人である。 「しかし、テメーの味覚は」 「わかってる、ヒル魔君とは違うよね。でもすぐに合わせるから。あ、味覚じゃなくて味付けの方を」 「・・・期待しといてやるから、せいぜい頑張るんだな」 これでも素直に応答したつもりらしい。 ********* 「どう?」 「・・・・・・」 「わ」 わしゃわしゃわしゃ・・・。いきなり頭を撫でられる。 「んふふふ、もっと誉めて誉めてー」 「甘えん坊」 「嫌なの?」 「・・・甘えんのは俺にだけだぞ。さもないと」 「さもないと、どうなるの?」 「今のこの緩みまくった表情を糞チビに見せてやる」 「それは・・・」 「ついでに、こないだの様子も克明に」 「それだけは、や・め・て」 ********* 「最近、やっと『合格点だ』って言ってくれるようになったのよ」 「へー、あのヒル魔さんが」 最初は「こんなに食いきれるか!」と、張り切りすぎたまもりを一喝。 2回目は「味は悪くねえが、低カロリー過ぎる」これではまだ痩せてしまうらしい。 3回目は「栄養バランスは最高だ・・・が、こりゃ甘すぎだ」と言いつつ、実はそんなに不満でもなさそうに箸をはこび・・・ それから、数回挑戦して、勝手がわかってきたらしい。 「ヒル魔君は特においしそうに食べる人じゃないから、よく見てないと、美味しいと思ってるかどうかわからないんだよ」 「うん」 「で、美味しいと思ってるときはね・・・」 「うんうん」 のろけの聞き役だが、幸福そうな表情をみていると、セナも心楽しくなってくる。まもりの手料理を食べ慣れることに関しては蛭魔妖一に先んじているので、嫉妬の生まれようがないというのもある。仮にそうでなくても、セナは嫉妬などの感情をもともと沢山持ち合わせていないらしく、度量が広いというよりも無頓着に近い。 うーん、楽しそう。料理の腕の振るう楽しみをめいっぱい噛みしめているみたいだ・・・と少年は感じた ********* 「・・・だそうだよ、よかったねー」 セナである。まもりから伝え聞いた話を、デビルバッツの仲間内で披露していた。 別に秘密にしておくことでもないし、なにより、地獄の練習の直後には格好の清涼剤。 「ああ。奴はアメフト選手としては痩せ過ぎだし、がっちりした筋肉が付きにくい体質だからな。いいことだ」 溝六からはトレーナーらしい感想。 「花嫁修業というやつか?」 「あ、ムサシさん、いらしてたんですか」 「おう。地下武器庫の改造工事、地下室にして災害用倉庫にするんだと。ここに来るとなにか仕事があって助かるぜ」 「非常食とか入れとくやつ?そいつはまた、うまく有効活用するもんだな」 ムサシに応じたのは黒木。ムサシは今も出席日数が不足しない範囲で、工務店の仕事をやっているようだ。アメフトのユニフォームと作業服とどちらが似合うかは意見が分かれるところだろう。 「花嫁修業ですかぁ、まもり姉ちゃんには必要ないと思いますけど」 「まあ、姉崎は世話焼きたくて仕方ないんだろうぜ。なにしろ・・・」 「セナが巣立って行っちまったからな」 「雛鳥ですか僕はッ!」 「・・・・・・」 「ん?どしたのモン太」 「てり・・・」 「テリ?」 「て・・・手料理・・・まもりさんの・・・・・・」 (あああ、いっちゃってる) (ああ、どっか遠い世界に) (呼び戻すか?) (ほっとけ、ゆっくり落ち込みたいんだろ) (モン太のやつ、納得してたはずなんだけど、たまーに発作が起きるよな) ********** 蛭魔妖一と姉崎まもりの仲の進展は、誰が反対しても止められないであろう・・・というのは、クリスマスボウル後、デビルバッツに共有された認識だった。仮に周囲の理解が得られないようなら、駆け落ちに走るぐらいのことは、一秒の迷いも無くやっちゃうと思う・・・とはセナの言葉である。まさか、とモン太は応じたが、姉崎まもりが知的な女性であるのみならず、蛭魔妖一と同じくらいの激情家であることを知っているセナであればこその洞察だろう。 二人の仲に反対する者は、姉崎まもりのファンをはじめとして泥門高校だけでも百人以上いただろうが、泥門デビルバッツにはいなかった。茫然自失のモン太を除けば、協力的だった。当人たちの前では「あんまり見せつけんなよな」と煙たがる三兄弟も、陰に陽に面倒を見てくれていた姉崎まもりに対しては、貸しよりも借りの方が大きいという自覚はあったし、デビルバッツはチームメイト同士の仲の良さにおいては図抜けていたので、二人に対する中傷は容赦なく叩きのめした。 もっとも、そんな時でなければ三兄弟が蛭魔妖一の肩を持つなどありえないことであったが。 他人がヒル魔やまもりを―もちろん他のデビルバッツメンバーもであるが―悪く言うと許せない彼らも、普段はちっとも素直ではなく、 「デビルバッツの勝利の女神の唯一の欠点は・・・」 「あの悪魔に惚れてることだ。まったく悪い趣味だ」 「同感。過保護よりも、パソコンが苦手よりも深っっ刻な欠点だな、ありゃ。しかも治癒の可能性ゼロ」 こんな会話を 「姉崎が悪い趣味かどうかは知らねえが、よくよく、苦労の多そうな選択を好きこのんでしてくれるもんだ、とは思うぜ。いや、まったくありがたいことだな」 などと、ムサシが助長するものだから、三兄弟の口の悪さは改善する気配が無い。 「うおおお!おまえら、まもりさんの悪口を言うなーッ!!」 この話題になると、モン太は半ばヤケである。 「なんだ?悪口なんて言ってねえぜ」 「そうとも、あの二人は泥門で一番」 「お似合いだって言ってたんじゃねえか。な、セナ」 「あはははは・・・」 乾いた笑い、というのが得意になってきているセナ。あんまり上達させたくない能力だけれど。 「それはそれでムキャーッ!」 「人語になってないってば・・・」 「もういい!練習行くぞ、練習!!」 「とっくに夜だっつーの!」 アメフト部は下校時刻を延長しているとはいっても、安全管理上、一応のタイムリミットというものがある。あの地獄の司令塔ならば平気で踏みにじってくれるが、小早川瀬那世代にそれはできない。なにより、これ以上練習しても体を壊すだけで、トレーニングの意味が無いだろう。蛭魔妖一でさえ、夜遅くにしていたことはデータ整理などの頭脳労働で、トレーニングは日中にするのが主であったことだし。 「か、帰る!」 「明日も早えーんだから」 「夜更かしは良くねえぞ」 ライン連中に加えて、溝六にまで釘を刺されては、モン太も敗退するしかない。 ***** 「そろそろ上がる。柔軟だ」 「おっし、まかせろ、手伝うぜ」 泥門高校、トレーニングルームにて。アル中と策士のふたり。 「どうだ、トレーナーの目から見て」 「うーん・・・」 全身をさらして、渡米前の最後のチェック。酒奇溝六が愛弟子の肉体を仔細に観察する。時々体を押さえたり、力を込めてこすったりしながら。 「さあ、どうなんだ」 「よし!よくここまで体を作ってきたな。これなら向こう半年、NFLでプレーしても壊れる危険は少ないな。事故にさえ遭わなけりゃ、心配無いと思うぞ」 「ケケケケ、二本刀に合格点がいただけるとは光栄だ」 満足して、シャツに袖を通すヒル魔。 「だが、あと少し肥ってもいいかもしれねえ。なにしろ、プロは俺も庄司も経験したことの無い、未知の世界だからな。どんだけ厳しいかわからん。筋肉のヨロイは急には厚くならねえから、もうちょっと脂肪で緩衝材が欲しいな」 「さーて、そいつは困ったな。これ以上肥ったら、あいつに嫌われるかも知んねえしなあ」 「こんな時にまでのろけるか、おめえは。・・・初年度だし、いくら用心してもしすぎることはねえ。気をつけてな」 姉崎まもりの料理の手腕は、蛭魔妖一の活躍・・・特に選手生命の延長に少なからず貢献したようである。 |
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