失策
| 不公平だと思う。 ちょっと、踏みとどまっただけ。 それも、自分の都合だけじゃなくて、相手のためも考えた上での足踏み。 それがこの仕打ち。 不公平だと思う。 そりゃ、わたしだって、間違えたと思うよ。選択を誤った、と。今でも。 セナはけっこう聡いのに、自分のことには鈍感だってのも知ってたよ。 でもね。この違いはあんまりじゃない? わたしが今いるのは、まも姐と妖一兄の家。結婚して3年。もう愛娘までいるのに、新婚の空気を振りまいてるのには頭が下がります。ずっとそのままでいて、と思います。でも、今の私はそれを見てちょっぴりへこみます。 セナがいるのは、NFLの球団の独身寮。もちろん練習場に近くて便利。でも、私の見立てでは、生活には不便。第一、生活必需品が買える店がほとんど無い。一度だけセナの部屋を見せてもらったけれど、あまりの殺風景に言葉を失った。普通あるべきものが無い。洗濯は地下のランドリー、食事は食堂、軽食や歯ブラシなどは2階の売店、衣類といえば支給されるユニフォームとトレーニングウェアだけ、そんな中、研究用のビデオつきTVだけは偉そうに鎮座している部屋。なにより絶句したのは、目に付くところに私服が一つも無いこと。スーツが一式、ジーンズとTシャツが1着っきり、それさえも物置に放り込んで、帰国の時ぐらいしか使わないみたい。 妖一兄にその惨状を訴えたら、アメフトのビデオを凝視する視線を外してもくれないで「それ、普通だ」と一蹴。30秒後「まだ甘ぇ」と付け足されて、この人に泣きついても無駄だと気が付いた。 高校卒業を待たずにプロ入りした妖一兄と、ルーキーシーズン終了直後の3月、高校卒業と同時に結婚しちゃったまも姐。 翌年のシーズンオフには結婚記念を、その次の年には長女・妖ちゃんの誕生祝いを。わたしも参加して、いつも盛り上げてた。盛り上げ隊長なのはわたしの性分だから、望むところなんだけど、たまには祝われてみたいと思うのは、ひがみなのかな。 私はといえば、セナにくっついて渡米しなかったのがケチのつき始め。短大への進学を選んだ。まも姐が日本の大学にいたのも、大丈夫と思ってしまった原因かもしれない。 短大卒業と同時に会いに行った時のあなたの台詞。どれだけ私が傷ついたか、わかる? 「Oh, what are you doing here?! Hello! How are you!?」・・・ここまでは良かったのよ。2年もあれば、英語の発音が上手くなるわね、程度にしか感じてなかった。後でまも姐に聞いたら、表現がちょっと拙劣だったらしいけど。 でも。 「Miss Taki....じゃない、Suzunaの方が良いんだったっけ」 あんまりよ。 わ、す、れ、ら、れ、て、た と理解した時、私は目の前が暗くなって、あなたに導かれるままあなたの部屋に入り、勧められるままに紅茶をすすり、この日のためにずっと温めていた話題を話せたかどうかすらわからないまま、あなたの家を後にした。 あなたにとっては「かつての友人が訪ねて来た」。ただそれだけ。猿顔や十字傷が来たとしたって、きっと同じ対応なのだわ。 すっかり抜け殻になった私は、ぼんやりと駅の方へと戻った。ニューヨークだったら駅まで歩いている間に確実に財布が消えていたと思う。駅のインフォメーションで、妖一兄の球団がある街名を見つけたとき、我慢できなくなった。まも姐の腕に飛び込んで泣きじゃくった。アヤちゃんが眠ってて本当に良かったと思う。 まも姐は日本ではまだ大学生だけど、休暇期間だったから妖ちゃんを連れて、妖一兄と過ごしに来ていた。 普通、シーズンオフには妖一兄の方が日本に帰るのだけれど、今オフの妖一兄はチームの経営陣を掌握する作業に着手するらしい。フロントに振り回されるのが馬鹿らしくて、いっそ乗っ取ってしまえということで、忙しくて帰国できない。そんなわけで今年に限ってまも姐がアメリカに来ていたんだった。 「うちにゃベビーシッターはいらねえよ!」との妖一兄の反対を退けて、ひとまず宿を貸してくれた子持ちの天使に感謝します。 で、まも姐の短い滞在は終わって、帰るときになって・・・ わかりました、まも姐。天使の声に従います。セナを振り向かせるまで、ここで長期戦に入ります。 でも、まも姐、ちょっと自信過剰よ?わたしを妖一兄と同じ家に残して帰国なんて。 絶対大丈夫だとでも、思っているのでしょう? 私も、絶対大丈夫だと思いたいわ。セナの方が上手くいけば、ね。 |
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