デビルレーザーを撃たせるな





「地獄の司令塔」
などと言う肩書きを高校生の頃から既に手中にしていた



蛭魔妖一にとって、体力的に挑戦は不可能といわれたNFLだが、戦術家としてはレベルの低い別のリーグよりもずっとやりやすかった。
彼ひとりが戦術に長けても仕方ない。周りが彼の立案した芸術的な作戦を実行してくれなければ意味が無い。デビルバッツを率いていた当時は、彼のポケットにあるカードのほとんどが使えなかった。味方のついて来れないような作戦は出せない。いわく、グーとチョキだけで勝ち上がってきたという悲惨な時期もあった。司令塔としての彼は、手枷足枷つきで戦っているようなものだった。

だが、なにしろ彼が今いるのはNFLである。チームメイトは、練習したことの無い奇抜な作戦にも即興で対応してしまうようなバケモノ揃いなのだ。

「楽しくってしょうがねえ」

という彼の感想は、本心からであろう。手札がほとんど全部使える。どんどん切っても無くならない。いつかは尽きるのではないかと思うが、尽きたら尽きたで、その時は新しいカードを製作したり、数年ぶりの切り札を掘り起こしたり、といった楽しみもある。ヒル魔自身の身体能力はNFLプレーヤーとしては落第もいいところなのだが、彼をフィールドに出せば、周囲の能力を100倍させるという特典がつくので、チームとしては彼を出さざるを得ず、後継QBの育成に危惧するのだった。

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NFLのQBとして、蛭魔妖一が本格的に手が付けられなくなり始めたのはプロ入り5年目からである。

この時期、彼のプライベートでちょっとした変化があったのが関係していると考えた者はいたが、直接関連があると疑った者は、一年以上出現しなかった。 蛭魔妖一は自分の専属マネージャーをベンチ入りさせようとコーチ陣の脅迫をこころみたが、チームの士気を考え、ひとまず断念した。仕事先に夫人を伴うことが大統領の常である米国とはいえ、ベンチ内で夫婦喧嘩を繰り広げるのは、チームの独身連中の不興を買うだろう。将来的には、ベンチ入りの可能性もまだ消えたわけではない・・・むしろ時間の問題かもしれないが。



「今日は暗号パターンFです!」

「間違いないだろうな」

「他は全て意味の無い羅列になりましたので、これしかありません」

「よし」

こんな会話が、蛭魔妖一を敵に迎えたチームでは囁かれるようになった。スカウティングの視線は、フィールドの各所に加えて、スタンドのある場所に向けられている。スタンドにはもちろんプレーヤーは居ない。だが、敵の作戦の鍵がそこにいる。地獄の司令塔の愛妻である。

「ケケケケケ、かかったな。今日のパターンはFの裏だ!」

炸裂する悪魔の罠。そう、まもり夫人の情報がリアルタイムで送られるという、タイムアウトいらずの情報戦術を手中にした瞬間、悪魔がリーグを跋扈することが決まったのである。



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「セナ、次戦の相手は君のかつてのチームメイト。弱点を今探っているところだが、アドバイスはあるか?」

「無益な抵抗はしないことです」

「なに?」

「策を打っても無駄です。逆手に取られますから。あの二人の暗号を解読しようなんて、より一層無理です。なら、無策で、こっちの得意なプレーで押しまくられるのが、一番嫌なはずです」


万夫不当という表現がぴったりくる。最盛期とは、えてしてそういうものかもしれない。

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まもりの存在に気付かないチームは、むしろ幸福だった。それに気付いた球団こそ、スタンドから送られる秘密の暗号を解読するのに奔走し、失敗するのである。

「今夜はアイリッシュシチューでいい?」
「考えとく」

そんな会話を

「敵のディフェンス、次はブリッツ人数予想ほぼゼロ。こちらが中央突破ならばランフォースの可能性大、やや右寄りに誘導するはず」
「パスは」
「セイフティーがロングパスをケアするほかは通常」
「OK」

にからめてくるのだから、解読できるほうが変人というものである。
敵からは「主務殺しの妖一」、味方からは「スカウティングのまもり神」と呼ばれるのも自然である。



 蛭魔妖一によるまもりの使いこなし方は、彼女の名前に反し、きわめて攻撃的だった。攻撃の司令塔であるQBというポジションだから当然と言えば当然だが、彼女に後背を守らせて自身は攻めに転じるというよりは、彼女という比類なき武器を使って息をつかせぬ攻撃を仕掛ける方が得意だった。攻めて攻めて攻めまくれば、斬られる暇も無い、というスタンスである。まもりとしては、見ていて安心できる戦い方をして欲しいのだが、これは今さら変えようがない、蛭魔妖一が持って生まれた性質である。手堅く守って勝つなど、考えてみれば彼にはふさわしくない。

 というわけで、彼女にとってはいささか不本意ながら、彼女の性格に反して、だが彼女の能力にはふさわしい仕事をしていた。つまり、相手を騙し、混乱させ、罠に落とし込む、というものである。もっとも、その内情を知っているのは二人の他にはセナなど限られた人間しかいなかったので、「まもり神」という異名は変更されず、妻が守って夫が攻めるのだと一般には信じられていたのだが。

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「デビルレーザーを撃たせるな」
それが、蛭魔と対峙するチームの合言葉となった。ランも怖いが、奴がパスを撃って調子に乗り始めると止められないからだ。そのためには奴のプレイの命とも言うべき、頭脳との対決を避けては通れない。その思考を最も良く反映するであろう、愛妻の暗号は敵のスカウティングの格好の標的となった。

誰にも解析できないそれは、1万キロメートル以上離れたところに交信する相手がいた数年の間に望まずして鍛えられた。ビジネスパートナーを外国に持つ人間は山ほどいるだろうが、それとは違う。要点を的確に伝えるのはもちろんのこと、時には重要なことを敢えて省いて、些細なことを伝えるのを優先させたり、ありとあらゆる状況を経験した。

 そんな状況下で、結婚前後という貴重な時期を、物足りなさを感じることさえ無いように連絡には神経を使って、それでも物足りなさを感じてしまい、そのたびに互いのつながりに磨きをかけて解決を図って過ごしてきた二人である。互いの間に壁一つ無い同じスタジアムの中ならば、互いの距離は太平洋の幅の10万分の一程度、いくら騒がしくても背を向けていても、お互いの視線を感じ取れるというもの。スタンドであくびをした瞬間、フィールドから振り返ったその顔が、相手を視界にとらえる前から既にいたずらっぽく笑っていた時には、当事者でさえ恐怖したのだから。


 「テメーの行動なんざ、全部お見通しだ。次の瞬きのタイミングだってわかるぜ」

 「あら、私だって、あなたの体なら隅々まで知り尽くしてるんだから」

 「・・・その言い方、妙にヤラシイな、気付いてっか?」

 「もちろん」



 蛭魔妖一のプレーに関しては、彼自身以上に詳しいと言われるまもり嬢である。特にNFLに行って以降のプレーは、一挙手一投足、ボールを握る指の角度まで記憶しているとの評判である。

 あるとき、試合直後に呼び止められた蛭魔は、チームのドクターに連行され、診察を受けさせられたことがある。愛妻からの急報を受けた医師は、早速、彼女が挙げた異常の疑いのある4箇所を調べ、そのうちの1箇所、足の付け根に、わずかな良性腫瘍の兆候を見つけ、未発にすべく処置した。本人ですら気付いていなかった、痛みもしこりも感じない初期の段階の患部を見抜いてのけたのである。
 まもりによれば、彼のラン、パスを見ていて「なんだかバランスがおかしい」と感じたというが、パスの制球力もランのスピードも好調時と変わらず、至近で見ているはずのチームメイトすら誰も気付かなかった変化―好不調の波、気候や環境、体調に埋没していて見えやしない、かすかなフォームの偏り―を見てとった、というのだから・・・。彼女の観察力はもちろんのこと、誰よりも蛭魔妖一を見ていることの、なによりの証明。

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あとがき

水魚の交わり、です。




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