継承
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クリスマスボウルは終わった。 泥門デビルバッツの最初の課題は、他の秋大会に敗退した全てのアメフト部と同じく、次期主将を決めることである。 この課題をクリスマスボウル後まで先延ばしにすることができたのは、ひとえに勝利し続けたからである。トーナメントで戦う者の最終目標は、優勝というよりもむしろ、一日でも長く生き延びることにあるのではないかとも思える。 が、最後まで勝ってもやはり、終わりというものは来てしまう。蛭魔妖一が率いていないデビルバッツなど想像しにくいが、泥門3羽ガラスである栗田やムサシも、この秋大会を最後に部を去ることは決まっていた。全国に繋がらない3年春の大会に、蛭魔妖一らが興味を示さなかったのが最大の理由である。 だが、現実問題として、これから3月まで、選手不足で練習試合すらできないのでは泥門の弱体化は必至。そう思って、せめて練習試合には来てくれるようにと懇願する。金髪の悪魔ならば、俺が去った後なんてどうなろうと知ったことか、とでも言って突き放す思ったが、その悪魔は後輩達の願いを予想していたかのように笑うと、紙が何枚か挟まった薄いクリアファイルを寄越した。 「クリスマスボウル観戦に来てた中学3年生全員の名前と連絡先だ。練習試合なら入学予定者が試合に出ても悪くはねえ。実際、中高一貫だったら中3の春休みからもう高校の部活に参加してるのも珍しくねえ」 「あの、その、それってつまり・・・」 「そいつら全員泥門高校受けさせろ!」 「えええええ、そんな無茶な!!」 蛭魔の命令は半ば冗談めかしていたが、クリスマスボウルを見に来るような中学生といえば、当然アメフトに興味がある可能性が高い。デビルバッツに関心を抱いたり、既にデビルバッツを希望している人間もいるかもしれない。 ・・・もっとも、将来有望な学生がやってきて、 「俺、泥門デビルバッツに入りたいんです!!」 などと無垢な笑顔で言おうものなら 「いやいやいやいやいや止めとけ止めとけ早まるな!!」「その若さで命を捨てること無い!!」 と制止する者が、デビルバッツ内外から続出し、王城や巨深あたりを勧めたかもしれない。賊学を勧めるものがいない分だけ、デビルバッツの良識は崩壊していないと言えるらしい。 とりあえず、今後の試合は全て、現一年生と、まだ見ぬ新一年生で行うことが確認された。これによって、もしかしたら蛭魔妖一がキャプテン業だけは続けてくれるかも、という薄い期待はついえた。 というわけで、いよいよ新主将を選ばねばならない。 なにしろ、歴史も伝統も無いデビルバッツである。主将の引き継ぎなどこれがはじめてであり、慣例にのっとって新メンバーのみの投票で決める、とか、旧メンバーからの推薦形式、とかいう決まりが無い。どのように選んだらよいか、見当がつかないところではあった。 「俺ら2年生は、もう試合に出ねえんだから、口出しする理由がねえ。テメーらで勝手に決めろ」 と前置きした上で 「・・・といっても、テメーらじゃ話し合いも下手そうだから、やり方だけは決めとくか。これから2年生が部室を出る。したら、ひとりひとり、次期チームについて思うところを話せ。キャプテンに名乗り出たい奴は、そこでアピールすりゃいいし、他人をキャプテンに推薦するのもOK。キャプテンについて言及しないでチームについての思いの丈だけを語るのも自由。そのあとで投票。人数も多くねえから、立候補はしないでいい。部員ならば全員候補で、全員有権者」 蛭魔のことだから、独善的で強引な方法で意中の者に継がせるか、完全に放任するかのどちらかだと思われていたので、意外にまともな対応に驚いたが、言われたからには否やは無い。2年生たちが退出するのを見送って、話し合いを始める。 キャプテン候補は3人いる。 まず、十文字一輝。1年生の中ではもっとも理知的で、精神的にも大人に近い。責任感も闘志も十分。攻守ラインというポジションも、QBの次にチームの柱石に適している。反面、まだ見ぬ後輩がプレーヤーとして突出しているセナを慕い、主将が軽んじられる危険があるが、反骨心旺盛な彼ならねじ伏せるだろう。 次に、雷門太郎。熱血漢だが、熱いのは血ばかりではなく、情にも厚い。悩み苦しんでいる部員を励ましたがる、生まれつきの性分が魅力。努力している姿を周囲に示し、俺について来い!と背中を追わせ、モン太なんかに負けるか!と周囲に思わせるタイプ。エネルギーに溢れた元気な部になるだろう。欠点としては、体育会的な気風に染まって集団が硬直する危険と、張りきりすぎて空回りする可能性がある。 最後に小早川セナ。選手としての実力と才能は1年生の中で間違いなく最高。リーダーシップなどは未知数だが、自分のプレーによってチームを奮い立たせることにかけては天才的。エースがキャプテンを兼ねるのは少々荷が重いのが難点。性格的にもポジション的にも、自らのプレーに集中したい向きかもしれない。ポジションが攻め(RB)でも守り(S)でも最後尾から全体を見渡せる立場なのは利点。 部室を出て、グラウンドの周りでなんとなく集まってしまった泥門3羽ガラスたち。マネージャーの姿も見える。 「大丈夫かな」 「あん?」 巨体をゆるがせて心配する男がいる。 「いや、今までミーティングでも、ヒル魔がほとんど引っ張っていってたでしょ。いきなり、自分達だけでなんて、戸惑っちゃうんじゃないかな」 「そうだな。主将を決めるったって、ヘンな譲り合いばかり続けたり、話し合いがもつれた挙句、誰ひとり納得しない人間に決まっちまうなんてことも、有り得なくはねえ」 「そうね、あの子たちだけで決めるのは難しかったかも。仲が良いだけにかえって、決まったとしても“しこり”が残ったりするかも」 ・・・その時、雰囲気が変わる音がしたような気がした。 「テメーら」 わずかに怒気をはらんだ声は、蛭魔妖一のものだった。 「あんまり自分の後輩をナメんな」 1時間ほどして、部室のドアが開いた。 「キャプテンは誰だ」 「誰だと思うっスか?」 「当ててほしいのか」 「当ててみてくださいよ」 並んだ新生デビルバッツのメンバー達をざっと眺める。 「・・・・・・糞チビか」 「・・・・・・」 「当たりだな」 「どうしてわかったんですか?」 「俺の計画が狂ったことはねえんだ」 かなわないな、と思ったのはムサシである。 この一言を聞いただけで、仮に部員の間で議論がもつれていたとしても、セナが主将となるのは予め決まっていたことのように思えてくる。将来、噴出するかもしれないチーム内不調和の可能性をあっさりと摘み取ってしまった。 しかし、こいつらも気付かないうちに成長していたのだな。秋大会開始以前とは、比較にならないほどに人間的に成長した。いつの間に、自分達だけで意思決定ができるまでになっていたとは。 その日の練習後。新旧キャプテンは他の部員とは時間をずらして帰った。まぁ、一年に一回ぐらいは糞チビとサシで話してみるのも悪かねえ、と、セナの申し出を了承した蛭魔だった。 「蛭魔さん、僕でいいんでしょうか」 「ああ?やりたくねえのか」 「いやその、もっと相応しい人がいるんじゃないかな、とか、責任感ないし、とか、性格がキャプテン向きじゃないかも、とか、いろいろ・・・」 「・・・テメーは俺がキャプテン向きの性格で、責任感ある立派な人格者だと思ってんのか?」 「ああぁぁ、ええと、それはその」 否定するわけにも肯定するわけにもいかず、窮するセナ。 「チームのキャプテンってのはやるもんだ、なるもんじゃねえ。少なくとも俺はそうだった。アメフト選手もそうだろうが」 「!」 そうか、と思った。どんなキャプテンになるかなんて、始めてみないとわからない。蛭魔妖一ですら、どんなキャプテンをやるかなんて、目指すイメージぐらいはあったにしても、始めるまでわからなかったのだ。だいたい、デビルバッツにしてからが、計画通りに作られたわけではない。終盤での追い込み逆転を得意とするドラマチックで不安定なチームは、必ずしも当初の理想ではなかったはずだ。 「まずは、部員集めだ。試合ができなきゃ話にならねえ。テメー自身のネームバリューを最大限に活かして使える面子を増やせ」 そうだ、去年の蛭魔さんに較べれば、ずっと部員も集めやすい状況なのだ。怖気づいてどうする。 「わかりました!じゃあ、部員の集め方について教えてください!」 「やめとけ」 「え?」 「俺は一昨年ひとりも部員を増やせなかったからな。それじゃ参考にならねえし、去年の俺のやり方は、たぶんテメーにはできねえ」 「それじゃあ」 「ヒントはやったぞ。後はテメー次第だ」 手元のクリアファイルを見る。名前と連絡先だけの、簡単なプロフィール。蛭魔妖一ならばもっと調べることもできたはずだが、そこまで面倒見てやる義理も暇も彼には無い。セナとしても、2代目のデビルバッツとしても、そこまで手を掛けさせるのではあまりにも甲斐性が無さ過ぎるというものだった。 「じゃぁ、これからこれに載ってる全員の家に勧誘のハガキと電話を入れて、すぐに参加してくれる人数が多かったら今週末にでも試合を組みます」 「おう、その調子だ。まあ、泥門は入りやすいから、毎週末試合に参加させてても受かるだろ」 「まずはQB、次にラインを補充して、RBとLBと・・・」 とりあえずQBを探すのが最優先課題にして至難だな、と思うのだが、口には出さない。セナもよくわかっていることである。 新人QB発掘に関して、セナには秘策があった。アイシールド21ではなく、蛭魔妖一を前面に押し出して勧誘する。どのみち、レシーバーはモン太である。とすれば、優しいパスなど不要。むしろキャッチに苦労するような、味方に対する要求が厳しすぎるくらいのQBの方が望ましい。蛭魔妖一に憧れる気質の持ち主、或いは蛭魔妖一を超えようとする野心家、アクの強い人間が集まるだろう。その中から、QBになるだけの制球力がある者を残せばよし。 ほかのポジションに関しては自身を広告塔にして、色んな人材を集める。 頭数が揃えばこっちのもの。王城、西部、賊学、巨深、盤戸・・・泥門との練習試合を組みたがっているチームは、東京に限っても山ほどある。実戦に勝る修行は無い、とは蛭魔妖一の教えである。格上のチームと次々と試合を取り付ける手腕は真似できないが、今の泥門にはクリスマスボウルの名声がある。できるだけ早く、週末に参加してくれる新一年生を集めて、練習試合を開始する。 デビルバッツの2代目の前途は多難だが、セナの表情に暗さは無かった。 了 |
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