私的考論


総括アテネオリンピック

この2週間、オリンピックフィバーで日本が熱くなった。

しかし、私は冷ややかな目で見ていた。オリンピックが、正直つまらない。大好きなテレビがオリンピック特番で潰されたり、朝から晩までオリンピック一色。もうやるせない。

私のオリンピックが嫌いな理由は、今回の日本躍進の理由に大きく現れている。

朝日新聞の分析では、

「力のある選手が自分の支援態勢を作り上げ、競技に専念できるようになったことをはじめ、日本スポーツ界の変化があり、チームを優先する思想から、個性を磨く個人主義へ。欧米のトップ選手のような個人を単位とした強化活動が日本でも広がり始めた」

と指摘している。実際には

選手たちをバックアップする競技団体の改革、施設など環境整備、所属企業の支援体制に加え、日本オリンピック委員会(JOC)は選手の選抜方法や競技団体への資金配分などで従来にない新機軸を打ち出した。所属選手の活躍を通じて知名度向上を見込んで先行投資してきた一部企業の支援体制も見逃せない。JOCはメダル有望種目への強化資金の重点配分の方針を示し、柔道、競泳などはその資金を海外遠征に充当して成果をあげた。

つまり、金である。オリンピックと金の噂は、絶えない。ヴィヴ・シムソン、アンドリュー・ジェニングズ は、「黒い輪」において、スポーツ関係の記者には周知の事実だったオリンピック招致をめぐる問題などとりあげ、「黒い輪」 の続編として出版された 「オリンピックの汚れた貴族」は IOC会長と IOC委員たちがオリンピックの利権を濫用し、オリンピックの商業化を仕掛け、加速させている実態を鋭く暴いている。巨額の金がうごいているのである。黒い噂がつきまとう。人気つまり金になるところに重点的に力をいれ、マイナー女子ホッケーなどにはまわさないという、健全をうるスポーツではなく、資本主義まるだしだ。

私は、健全な(正確には健全性に見える)スポーツと、どろどろした利権まみれなオリンピックとの。このギャップがものすごくいやなのだ。

日本体操協会はシドニー惨敗を受けて人事を刷新し、過去のしがらみにとらわれない組織に生まれ変わった2001年秋に東京都北区に開設された国立スポーツ科学センター(JISS)は、選手を取り巻く施設・環境を一新させた。

時代は、精神論的トレーニングから、科学的になっているのだ。一方でドーピングを禁止している。その理由は、

@選手の健康面

A本来の自己の体力、技術を競うから

の2つらしい。しかしオリンピックにはその大きさから名誉が伴う。健全を売るスポーツが名誉のためにルールを侵す。笑わせてくれる。

わたしは、いっそうのことドーピングは前面的に認めるべきだと思う。

科学的に何でもやっている時代、ドーピングに使われる薬以外は、みんな何かしらつかっているだろうし。そこには、もちろん本人の自由が、保障されるのは当然だが。ちょうどよいではないか、個性を磨く個人主義の時代。欧米のトップ選手のような個人を単位とした強化活動があれば。

オリンピックなど、ヒトラーが使ったように民族を一致団結させる装置であり、金稼ぎの道具であるしかないのだ、それにみんなが抱くスポーツ幻想とのギャップが個人的には面白いが。





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