業務を終えた企業の廊下。
しん、と静まり返った中、どこからか靴音がかすかに響く。
ここは惑星フォーブの、とある都市の一角にある、最近大きく業績を伸ばした企業の本社ビルの最上階である。
手持ちのライトで注意深く辺りをうかがいながら、真っ暗だった廊下に一人の男が現れた。
小太りで、あまり格好も良くはない。
彼は、この企業を1代で築いた社長だった。
社長ならば、こんなにこそこそと、自分の会社内を歩き回る必要などない。
仕事で残っていたなら、まっすぐ出口へ向かえばいいだけのこと。
しかし彼はそうはせず、廊下の一角で立ち止まった。
そして、もう一度あたりを伺い、誰の目もないと確認すると、一見何の変哲もない壁に向かい、何か操作し、一歩下がる。
すると壁には、音もなく入り口が広がった。
隠し扉だ。
そして彼が壁の中に消えると、扉はすぅっと閉じていき、廊下は再び闇に閉ざされる。
しばらくして彼は再び壁の中から現れると、そのまま帰宅する。
それは、この場所で毎晩のように繰り返される光景だった。
その日、彼の秘書は、毎晩車の用意をさせておいて待たせてばかりいる社長に、今日こそは文句を言おうと思い立ち、社内に戻った。
そこで、その光景を目にしたのだ。
思えば、このビルは、変わった形をしていた。
フロアも入り組んでいて、迷いやすいくせに地図が無い。
しかし、実際に地図を作ったとしたら?
秘書の頭の中で、フロアが、パズルのように組み立てられていく。
私の記憶と感覚が正しいなら、あの中心部はほとんど空洞だ−−−?
今社長の消えた場所は、9F立てのこのビルで、8Fまでは吹き抜けになっている場所が中心となる一角だった。
部屋の配置自体は8Fまでと同じような作りだから気にしていなかったが、この社長室のある最上階において、そこが何に使われているかは謎である。
見てはいけないものを見てしまったんだろうか。
ぶつぶつと呟きながらも、そうして秘書はそのまま車へ戻る。
再び秘書がその場に現れたのは、小一時間ほど経った後だった。
やはり、好奇心にかられて、戻ってきたのだった。
社長が用を済ませて車に向かったすぐ後だ。
いつものように、社長をドライバーに任せ見送った後すぐに、合鍵で入り口を開けると、まっすぐに例の壁までやってきた。
しかし、仕掛けがわからず、しばしの苦戦の後、再び、姿を消した。
それからしばらくの間、秘書は、わけのわからない罪悪感に支配されていた。
あれは、そのままにしておいてはいけない…。
なぜだか、そう思った。
中に、何があるのかも知らないのに。
はじめは好奇心だけだった気持ちが、いまや、妙な不安感にすりかわっていることに、秘書はうすうす気付いていた。
この時秘書をしていた彼は、あとから思い返すこととなる。
この時の気持ちは、「彼ら」が呼んだのだろうか−−−と。
数日後、休日。
秘書は、近場にあるハンターズギルドの支部にいた。
別に、いけないことをしているのではないかもしれないし、していたとしても、証拠がなければ警察等は動いてくれないだろう。
調査だけなら探偵を雇うのもいいかもしれないが、ことによってはそれではすまないかもしれない。
秘書は、ギルドに調査を依頼した。
「謎の隠し部屋を調べ、行われていることによっては、それなりの対処をしてほしい」と。
くれぐれも信頼のできるハンターをとギルドに頼み、カードキー(入り口と、9F直通のテレポーターしか使えないよう設定したものだ)と、入り口の位置を示した簡略図を渡した。
もちろん、依頼者は匿名で、だ。
たまたま、適任者がいたらしく、決行はその日の夜、と告げられた。
翌朝、彼は、布団を被ったまま起きださなかった。
昨日、何が起こったのか。
恐ろしくて、とても会社に行く気など起きなかったのである。
ピピッ!
耳障りな音とともに、通信が入る。
普段から幾度となく聞いている音にもかかわらず、必要以上に飛び上がり、おそるおそる通信機のスイッチを入れた。
相手は、会社の受付嬢。
「なんだ、いるんじゃないですか!
こんな大変な時に…。
今日私が代わりを頼まれちゃったんですよぅ!
そしたら、そしたら…こんなことになるなんて
私どうしていいか…!」
「な…なにかあったのか」
まくしたてる彼女に、白々しいと思いつつも聞き返す。
すぅっ、と、冷や汗が一筋流れ落ちた。
どこかで、この結末を、予想していた気がした。
「社長が、逮捕されたんです!!!」
くらり、と世界が歪んだ。
その日、依頼を受けた、とある熟練レイマーは、指定の場所へ向かった。
なんの変哲もない壁。
しかし、こういうものに詳しい彼は、巧妙にセンサーが隠されていることに気が付いた。
「指紋照合のセンサーか。確かにやっかいだが」
ニヤリ、と彼は怪しい微笑を浮かべると。
一歩下がり、至近距離でライフルをぶっぱなす。
光。
壁の破片が舞う中、中から光がこぼれた。
いきなりの明るさの変化と、煙に目をしばたかせながら、彼は中の様子をうかがった。うっすらと、何かの影がいくつも見えた為、彼は緊張すると、油断無く銃を構えた。
煙がおさまってくると、内部の様子が次第にはっきりとしてくる。
彼は、あっ、と息をのんだ。
それは、異様な光景だった。
少なくとも、彼にはそう思えた。
しかし、研究所とはこういうものなのかもしれない。
…研究所?
そう、そこは研究所だった。
ただでさえそんなに大きくは無いスペースに、所狭しと様々な器具が並び、薬品臭さと謎の煙が充満し、奥にはカプセルがいくつも並ぶ。
そのカプセルの中には、それぞれ…ニューマンたち。
狭い研究所を、さらに狭くしている、中央の寝台の上にもニューマン。さまざまなチューブをつけられ、なにやら苦しそうにうめいている。
寝台の隣では、一人の男が、あっけにとられたように立っていた。
「な…だ、誰だお前は」
間の抜けた疑問をようやくしぼりだした男に、レイマーは銃をつきつけた。
研究の目的はわからなくとも、何をしていたかはのみこめたレイマーは、依頼にあった、「それなりの対処」にうつることにしたのだった…。
真相は、こうだった。
社長は、すべて、自分の手においておきたかったのだ。
苦労して手に入れた、会社の発展を。
財産を手に入れた彼の考えたことは、それを、失わないこと。
そして、はじまったのだ。
不老不死の夢が−−−。
最初は彼とて、そんなことはかなわないと知っていた。
しかし。
不老不死の研究をする変わり者研究者。
どこかでその噂を耳にしてから、彼にとって、その夢は現実となったのだ。
彼が、その研究者と連絡が取れたのは、それから少し後(のち)のこと。
研究者は、スポンサーの出現を喜んだ。
しかし。研究者は、その時すでに、一応違法とされているニューマンを製造し、人体実験を繰り返していた。
いかにニューマン製造技術が、たとえ子供でも簡単に製造できるほど出回っているからといっても、やはり無断で製造すれば違法は違法である。しかも人体実験目的という、やっかいなおまけつきだ。
知られてはいけない。
社長は考えた。
この研究者に支援するのはいい。だが、もし、この研究が警察にバレたらどうだろう。少なくとも、こいつは捕まるだろう。そんな奴に支援していたと知れたら、評判が悪くなるのではないか。自分が不老不死になれたとしても、会社が傾いては困る…。しかし、かと言って、不老不死を諦めるつもりも無い。両方だ。両方必要なんだ。その為には…。
社長は、研究者に、条件を出した。
数ヵ月後、その企業は、本社ビルを移転した。
社長の出した条件とは、隠れて研究すること。
そして研究者は、それに従った。
新たな本社ビルの一角に設けられた、研究所。
以後数年間、研究者はそこで研究を続けたのだった。
そして、その研究は完成することがなかった。