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双葉色の子供<2章・回想の巡る花>

 おぎゃ、おぎゃ…。
 赤子が泣いている。
 若い夫婦は戸惑いながらも、子をあやす。

 一見、大変ながらも幸せそうな、ごく普通の家庭の風景。
 しかし、夫婦、赤子、どちらも髪の隙間から、先が尖った耳が覗いていた。ニューマンである印(しるし)である。その事実が、幸せの裏に暗い影を落としていた。

 ニューマン。
 作り物の人間。
 一般の人々にとってそれは、未だ同列に並ぶことは無い偽物の生物だった。

 そんな世の中で、ヒューマンに製造されたのではなく、親から生まれるニューマンはまれである。造られたニューマン達は、自然ならざる生物であるせいか、繁殖能力が異常に低い。
 さらに、多くのニューマンは道具として使われ、そのまま朽ちていくということもある。そう、早く「使える」ように、成長を早められてきたニューマンは、総じて、極めて寿命が短いのだ。人生が早送りされるように、年をとっていく。さらには成長の個体差も激しく、いつまで生きられるかという不安が常に付きまとう。たとえ運良く子を授かったとしても、いくらも経たないうちに、孤児になってしまうケースが多い。それが彼らの持つ影の正体である。

「自由を得て、もう3年も経つのね」
 ようやく眠った赤子を抱いたまま、ニューマンの少女が呟く。
 それを聞き、ニューマンの少年はふと振り返る−−−。


 彼らにとって実験台になるのは、ただの日常だった。
 チューブを繋がれて何かを注がれるのも、不思議なガスの充満するカプセルに閉じ込められることも、その体を割かれることでさえ。
 一日の実験が終わった後、それぞれカプセルの中からではあるけれど、研究者に見つからぬよう、ぼそぼそと皆で話すのが好きだった。それだけが、彼らの知る唯一の楽しみだったのだ。それですら、徹夜の多い研究所では、あまり許されなかったのだけれど。
 そんなことが日々繰り返されるだけの毎日。

 ただ、その日だけは違っていた。
 自由というものを知ったあの日−−−。

 光・轟音…そして衝撃。
 唐突に襲ったそれを、彼は恐怖して見た。
 それは、未知の物への恐怖…。

「な…だ、誰だお前は」
 研究者が震える声を投げかけたのは、大きな武器を構えた人間。
 …いや、彼らはそれを武器と認識するだけの知識は無かったはずだが、それでも直感的に武器であると理解した。

「名乗るような名など無いな」
と、この場にそぐわないほど楽しげな口調ではぐらかしながら、その人間は、研究者に武器を突きつけた。
 今ならその武器が、ライフルという大型の銃であることがわかるが、当時の彼らには一体どういう武器なのかわからず、どの程度危険なのか、さっぱりわからなかった。しかし研究者の慌てぶりから、そして対照的にどこか余裕のあるそのレイマーの笑みから、漠然となら感じていた。

「ニューマン製造及び人体実験…。
 見たとあっては見過ごせないな。
 俺に付き合ってもらおうか」
 がっくりとうなだれる研究者。
 銃口を突きつけられたまま、破壊された壁の穴へと歩いていく。


 −−−と、その時。
 声があがった。

「その人をどこへ連れて行くの」
 寝台の上で、さきほどまでうめいていた少女が、上体を起こしレイマーを見据えていた。少なくともその行為を歓迎している表情ではない。不安と困惑をあらわにして、レイマーを見つめていた。
 いや、彼女だけではない。カプセルの中からもそれぞれ、同じ視線が投げかけられていた。

 これにはレイマーはびっくりしたらしい。よほど意外だったのだろう、そこまでの余裕ありげな笑みはどこへやら、きょとん、としてなにごとか考えているようだった。

 彼らはこの、日常の壊れる音に耐えかねていた。
 自由を知らないものは、自由でいたいと願わない。
 それは閉鎖的な、だがしかし、ある意味ひとつの幸せのかたちなのかもしれない。

 しばしの沈黙を置いて、レイマーは答えた。
「悪いようにはしない。
 すぐ君達を迎えにくるから、待っていてくれ。
 俺は君達に、君達が知らない素晴らしいものを
 見せたいんだ」

 それでもニューマン達の表情はかわった訳ではなかった。
 抵抗も反抗も知らない。
 そんな様子に、レイマーはふと寂しげな表情を見せたが、そのまま研究者を引っ立て去っていった。


 それからしばし、彼は数人のハンターとメディカルセンターの救急隊員を伴って戻ってきた。
 ハンター達がレポートや研究機器などを証拠品として運び出すのを横目に、 カプセルの中から助け出されたニューマンたちは、救急隊員に手を引かれ外へ出た。研究所移転の際は、彼らは眠らされていたため、実質初めての経験である。コードを外すのに手間取ったのであろう、後から、寝台に寝かされていた少女も追いついてきた。神妙な顔であたりを見ている。
 彼らはそのまま、待機していた車で医療施設に送られた。数日そこで検査を受け、必要な処置を受けた後、保護施設に移動させられ、教育を受けた。なにせ彼らは、必要最小限の日常会話以外の言葉も知らなかったし、字の読み書きは当然のこと、食事の摂り方や布団で眠るといった生命維持に必要なことも、全く知らなかったのである。

 彼らの吸収は早かった。もともとニューマンは、危険な仕事をさせるなどの目的で造られることもあるくらいで、飲み込みの良い子が市場では喜ばれる。 結果、市場に出回るニューマン製造技術は、より従順で物事の飲み込みが良かったもののコピーが一般化されていった。それがこの時は幸いだったようだ。


 彼らは1年も経たないうちに、それぞれ卒業させられた。
 そこで初めて、世間でのニューマンへの風当たりの強さを知り。
 自活の苦しさにあえぎながら、どうにか生きる毎日。その怒涛のような忙しさの中で、彼らはいつしか連絡をとらなくなり…。


「3年で、ばらばら、か…。」
 ニューマンの少年は歯切れ悪く呟くと、そのあとに、あいつら元気かなぁ、と小さく続けた。
 そう、この若夫婦は、あのニューマンたちの未来の一つだ。

 もとよりいつまで生きられるのかはっきりしない上、彼らは激しい人体実験を受けていたのだ。今も全員生きているかなんて、そんな保証は無い。
 −−−彼らが連絡を取らなくなったのは、それを知識として知ったからかもしれない。誰かがいなくなった時、自分の未来を見るような恐怖を味わいたくなかった、そんな理由も、どこかあったように思われた。

 穏やかな空気にその一言で落ちた影に、少女は居心地悪そうにうつむいた。
 それを感じた赤子が、また火がついたように泣き出す。
 少年は、ごめん、と短く謝ると、再び赤子に向き直りあやし始める。


 −−−これすら遠い日の記憶。
 まだ、なにも気付いていない、幸せな頃の記憶。
 悪夢は、これから−−−。

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