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双葉色の子供<3章・砂に飲まれた果実>

 異変は、はじめはごくわずかだった。
 しかし、小さなズレは、進めば進むほど大きくなる。


 その父親は、若葉のように鮮やかな翠色(みどりいろ)の瞳をしていた。
 おそろいの色の髪が風を受ける様は、まさに木々が揺れるように。
 それは、力強い大地の色。

 その母親は、海のように深い碧色(あおいろ)の髪していた。
 おそろいの色の瞳が陽にきらめく様は、まさに水面が輝くように。
 それは、全てを育む海の色。

 生命力を強化された彼らは、必然か、あるいは偶然なのか、それぞれ最も自然に近しいような優しい色を持って造られた。
 そんな少年と少女の間に生まれた赤子は、発光せんばかりに鮮やかなミントグリーンの髪を持ち、輝くスカイブルーの瞳を持った女の子だった。

 両親に見守られる中、彼女はすくすくと育っていった。
 砂時計は、ゆるやかに、砂をこぼしていた。

 幼い頃は、とりたてて目立ったこともなかった。どうということはない、普通の子供だった。
 もちろん、ニューマンに対する迫害に、子供の頃から全く晒されずに生きることは不可能だ。それなりに、傷付いたりもしてきたであろう。
 それでも、友人と呼べる者がいないわけでもなく。

 父もいて母もいて、貧しいながらも平和な家庭があり。
 多くの同世代の子に迫害されながらも、一部の子供は遊び相手をしてくれ。
 ニューマンとしては少し贅沢かもしれないが、何もかもが普通に。

 しかしそんな中、異変は確実に進行していた。
 突然ではない。しかしゆっくりと、確実に。


 両親がはじめてそれを意識したのは、彼女が5歳を迎えたころであった。
 多少小柄だなと思うことはあった。
 しかし、この段階で、ニューマンならば、ヒューマンの8歳児くらいには成長しているはずであった。
 にもかかわらず、同じ年のヒューマンの子供と遊ぶ我が子は、ほとんど彼らと変わらないように見える。
 漠然とした不安が、新しく一つ増えた。

 6歳。
 未だ、ニューマンらしい成長の兆しは見えず。

 7歳。
 成長力は、むしろ衰えているかのように見える。

 8歳。
 ヒューマンの子供の成長と、完全に並ぶ。

 9歳。
 成長期を迎えたヒューマンの子供たちに、置いていかれ気味。

 そして…10歳。
 成長は−−−完全に、止まる。


 砂時計は、ゆるやかに、砂をこぼしていた。
 それは、ほんのわずかな時だったのだが。
 今は、砂はぴたりと止まったままで。


 そして、彼女自身も、それに気が付いた。
 いつしか外に出ることを止め、ひっそりと隠れ住むようになった。

 両親は、それをどうにもできないでいた。
 原因は心当たりがあった。
 −−−間違いなく自分達だ。間違いなく、あの研究者が自分達に行った実験であろう。
 それは望まざることであったとしても、否定できない事実である。
 被験者同士が結ばれたことで、より現象が顕著に表れたのかもしれない。
 いずれにせよ、不老不死の「不老」の部分だけは、確実に彼女に与えられてしまったらしい。
 あの社長の夢は、こんなところで、身を結んでしまったのだ。

 願った者には与えられず。願わぬ者には与えられ。
 不条理は、どうして訪れるのだろう。

 噂になれば、彼女が狙われる可能性もある。
 不老不死の研究をしたがっている者が、何もあの社長たちだけだったとは限らないのだ。
 彼女もそれをわかっているから、自分から、人目につかないように暮らすのであろう。
 いずれにせよ、彼女はもはや、他人との交流はおろか、満足に外すら歩けない。

 両親は、悔しがった。自分たちの運命を呪った。
 自由を知らず、自由を怖れた自分達とは違う。
 この子は、自由を知っているのだ。
 彼女に課せられた不条理は、ひとつではない。


 時間(とき)という砂に、全てが埋もれたような世界の中。
 森色の父と、海色の母と。
 そして、双葉色の子供が、周りとは切り離されたように、ただただ鮮やかに、そこにたたずんでいた。

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