やがて、両親は気付くことになる。
自分達の砂時計は、止まっていないということに。
少女のまま時を止めた彼女と並ぶと、嫌でも思い知らされるのは、ニューマンの時が進むのが早いということである。
生命力を強化された彼らは、突如として寿命が尽きることこそなかったものの、老化現象はまさしくニューマンのそれであった。
なすすべもなく老いていく。目の前の少女は、変わることがないのに…。
−−−そして30年後。
子供のままの少女のそばにいる両親は、すでに親子ではなく祖父母と孫のようであった。
すでに彼らは初老の域を超え、老人と呼んでいいほどで。
しかし少女は、何一つ変わっていなかった。
「今日は、雨だって。」
うつろにモニターを見つめていた少女は、両親の起き出す空気を察して、いくぶんがっかりしたように声をかけた。
どうやら、朝一番の天気予報を見ていたらしい。
−−−やけに早起きだな、というわけではない。
眠りたい時に眠り、起きたい時に起きる少女の生活には、こういったことはままある。
もとより外には出られない、外界と隔絶された生活である。時間は、彼女に対した意味をなさない。
彼女が外界から姿を消した当時は、あちこち噂を囁かれたものだ。
しかし、ニューマンである彼女のこと、周囲はどこぞへかと少女が売られたのだと理解したらしい。もしくは、いっとう早い寿命が来たのだと思う者も。
なんにせよ、いつしか彼女のことを思い出す者もいなくなった。それだけの長い時間が過ぎたのだ。同級のヒューマンたちですら、中年を迎えて。
それだけ長い間、じっとそんな生活を過ごしていても、その日の天気は気になるらしい。
別に、天気だったからといって、外に出れるというわけではないのだが。
両親が内職をしたり、働きに出たりする横で、彼女はいつもモニターを眺めている。
古びたおもちゃは転がっているが、もうとっくに飽きてしまっている。年老いた両親には、新しいおもちゃを買ってやる余裕などなく、彼女はその意思に反してそういったおもちゃから卒業せざるを得なかった。
だが、時を経ただけの心は持っていても、物事(ものごと)を経験する機会を失った彼女には、その姿と似たり寄ったりの精神年齢にしか成長してはいない。
そんなわけで、その時々で姿を変えるモニターは、彼女の恰好(かっこう)の玩具(おもちゃ)となった。
モニターの音声が静かに部屋に染み、灰色の部屋にぽつんと鮮やかな少女を包んでいた。
−−−その時もまた、少女はうつろにモニターを眺めていた。
彼女の不規則な生活をに対して、両親はいたって健康的な生活をしている。
遅めの昼食を摂ったばかりの少女をよそに、彼らはいつも通りの夕食を食べていた。
そして両親は、いつも通り、少女の背中にため息をついた。それは、彼女の行く末に対するものであった。
毎日繰り返すもので、少女が気付いていないとも思えなかったが、少女は何も言わなかった。いつも、静かな絶望感の満たす食卓。
気付かないふりをするためか、それともただ単にサイクルが合わないだけか。少女は両親と食事を摂ることは皆無と言っていいほどだった。
そして食卓を振り返らずモニターを見続けるので、両親はいつもその背中に向かってため息をつくことになるのである。もっとも、彼女がモニターから視線を外すことは、起きている間はほとんどないのだが。
巡る季節の中、大地は枯れ、そして種子は眠る−−−。
しかし種子はいつか芽吹く。芽吹く地が枯れていようとも。荒地の中、じっと力を蓄え。
いつも通りの静かな夕食風景は、ふいに終わりを告げた。
少女が急に振り返ったのだ。
いつになく強い瞳で、モニターを指差した。
”パイオニア1は無事惑星ラグオルに到着しました…喜びの映像が…
…パイオニア計画は今後…パイオニア2の乗員を募集し…”
−−−その頃、大地は枯れていた。少女の両親を比喩した意味でなく。惑星フォーブの大地は、確かに枯れていっていたのだ。
そのため人類の移住計画が進んでいた。惑星ラグオルと呼ばれる星へ、人々が移住を開始したところだった。
それが、パイオニア計画。
少女の指差したモニターの画面には、そのパイオニア計画の最新情報を報じるニュース番組が映っていた。どうやら、順調らしい。
それがどうしたのだろうと少女へと視線を移した両親は、どきりと動きを止めた。
強い瞳。一つの決意を胸に。
こんな瞳を見るのはいつ以来だろう。父は、ぼんやりとそんな疑問を思い浮かべた。
何を言うつもりなのだろう。母は、漠然とした不安を持って、はらはらと見つめた。
少女は、ゆっくりと、決意を告げた。
−−−砂は、そっと流れ出し。
種子は目覚める。太陽に向かって。