教壇の存在意義





ここに登場する5人のキャラクターは仮名です

司会者    :木村     テーマ発表者:山下     問題関心発表者:徳永
調査結果発表者:川島     仮説発表者 :山本     検証発表者  :徳永・川島
結論発表者  :山下     板書係   :山本     


(木村くん)どうも初めまして。今回のプレゼンはちまたの学校と言う学校に存在したりしなかったりと理由もはっきりしない「教壇というものの存在理由、何故教室には教壇が存在するのか?」というテーマについて調べてみることにしました。
それではここでもう一度テーマについて山下くんからお話を伺いたいと思います。何故教室には教壇が存在するのかということについてですが、これはそんなに不思議な事なのでしょうか。

(山下くん)はい、それでは説明しますが、何故、教室には教壇が存在するのか?ということについてなんですが、もともと教壇などが存在しなくとも教師の話が聞こえて、黒板に書かれている文字が読めれば授業は成り立ちます。そして先生の位置が高くなる分、黒板の文字が多少なりとも読みづらくなるデメリットもそこには存在しています。なのに何故教室には教壇が存在するのでしょう。これを僕達は調査しようと思ったわけです。

(木村くん)ありがとうございました。こうして私達は実際にこのテーマに出会った時、実はここ立命館大学のこの教室では教壇が存在しないことに新鮮味を感じたメンバーがいました。このテーマを思いついた徳永さんに詳しく聞いてみたいと思います。よろしくお願いします。

(徳永くん)はい。実は最初は思いつきで口走ったテーマだったのですが、考えて見ると、小、中学校では教壇の存在しない教室など皆無でした。高等学校に入り、初めて教壇のない教室にお目にかかれたわけですが、それも一部の教室のみでほとんどの教室では教壇が存在したわけです。だから教室に教壇があることに対して当たり前のように過ごしてきました。しかし他府県から来た同クラスの同メンバーの中には昔から教壇など存在しなかったと聞きました。ということは、国が教壇を設置しなければならない、といった規定はないわけです。その逆もまた然り。ならば地方の教育委員会さまがそれぞれ勝手に決めているのか、はたまた学校の方針としてあるのか定かではありませんが、なくても良いものをわざわざ作る意図は一体何なのでしょうか。それが気になって今回のテーマを推してみようと思った訳です。

(木村くん)なるほど。ありがとうございました。それでは、これらの考察をはじめる前にまずは僕達は教壇がある学校とない学校、その両校が本当に存在するのかを確かめてみることにしました。その調査結果を川島くんにお願いしたいと思います。川島くん、お願いします。

(川島くん)はい。これは聞き込みを主とした調査結果ですが、いくつかはHPなどで確認も取っています。ただ曖昧な表現をした方は審査対象外としました。ある程度の自信を持つ方を対象にしたデータですので多少ズレはあるかもしれませんが、信憑性は高いと思っています。この資料をご覧下さい。私達は小学校、中学校、高等学校の3種類の学校をそれぞれ20校ほど調査し、教壇のある学校、ない学校別に分類して見ました。そこにあるのはそれらの調査結果です。また、かっこ内に表記されている4ケタの数値は、それらの学校の校舎設立年月日です。新しく建て替えなどをした学校につきましては建て替え完了年月日を記しています。

(木村くん)ありがとうございました。それでは、ここで私達が仮説を立ててみたのですが、その仮説について山本くん、お願いします。

(山本くん)はい。それでは、仮説について発表しますが、先ほどごらんいただいた資料に記載させて頂いております通りなのですが、
1. (ここで板書)「仮説1:教師の威厳確保のため?」まずは、上級の学校に行くにつれ教壇のある学校が増えていると言うのは、教壇の存在意義は教師の威厳の確保のためではないだろうか、ということが一つ目です。

2. (再びここで板書)「仮説2:教師が生徒とコミュニケーションを取るため?」また、生徒の成長につれ教壇がある学校が増えている傾向から、教師が生徒全員とコミュニケーションを取るため、体格の大きくなった生徒一人一人の顔を見られるようにするために教壇はあるのではないかということが二つ目。この二つを検証していきたいと思います。

(木村くん)ありがとうございました。それではこれらの話をこれから検証していきたいと思います。
まずは仮説1についてですが、徳永くん、お願いします。

(徳永くん)はい。では仮説1についてですが、これは確かに言えてます。要するに、公立では教師の威厳があるかないかで授業中の生徒の態度が全く違うものとして見ているのではないか、ということ。公立では今や、やる気のない生徒もたくさんいます。しかし、義務教育といわれるように学習は最低でも9年間修学しなければなりません。それに反発する生徒を説得するためにはやはり威厳と言うものが必要なのかもしれません。ただ逆にいえば、私立では高い金を払ってわざわざウチの学校に勉強しに来ている生徒が勉学を教授する教師の妨害などするはずもないから教壇などは必要ない、と思われているのではないかいうこともデータからは考えられます。また、小、中学校にはあるほうが多いのに対し、高等学校、大学ではないほうが多いこともこれを裏付けているのではないでしょうか。よってこれは教壇の存在理由に当たるものだと判断しました。

(木村くん)ありがとうございます。それでは続いて仮説2については川島くん、お願いします。

(川島くん)はい。確かに生徒が年齢を重ねるにつれ教師が教室の後ろの方の生徒まで目が行き届かないのは事実と思われます。そして教師が生徒とコミュニケーションを取ることは非常に重要であると思います。しかし、生徒をしっかりと見守る、またコミュニケーションを取るのであれば授業中に教師自身がうろつきまわって教室中の生徒とコミュニケーションを取ればいいし、最近では「TEAM TEACHING」といって一つの教室に二人の教師を配属し、授業を進めていくと言う方式を採用している学校もあるみたいです。これによって一人は授業進行役として、もう一人がわからない生徒の為の補助的役割という分担方式で授業を進められるわけですが、補助的な役割の教師が1対1ならコミュニケーションは比較的取り易いのではないかと思います。よってこういった理由であるわけではないと私達は判断しました。

(木村くん)ありがとうございます。こうした仮説を検証し、話し合う経緯から、私達は一つの結論に達しました。その結論を、山下くん、お願いします。

(山下くん)はい。仮説1の検証により私達はとりあえず教壇の存在理由に巡り合うことは出来ました。そしてそれは正しい意見であることも全員が認めました。しかし、それはあくまでも経緯でしかありませんでした。まずは教壇のある学校と無い学校の校舎設立年をみるとわかるように、だいたい1980年ぐらいを境に教壇のない学校が増えてきています。そこから、最近では教壇がもはや不必要なものとして思われているのではないかということです。
今や昔とは違い、学校制度そのものが大幅に変化してきています。その中で教師による生徒への暴力や圧力なども問題として取り上げられる世の中です。今、教師が求められているものは生徒に対する威厳などではありません。生徒に一方的に正しいことだ、うんぬんかんぬんといって押し付けるような時代でもありません。登校拒否者のフリースクール登校も認められる時代、教師の威厳や圧力は何の役にも立ちません。もちろんそういったものが必要な時もあるでしょうが、それを教壇で補助するようなシステムは今や必要ないと私達は見ています。実際に日本という国そのものがそういう流れにあると見ています。実際に教壇のない学校では可動式の黒板の導入や移動式のホワイトボードなどを使用して授業を行っている様です。昔に比べ、人間の平均身長も増加しています。そこでわざわざ一段高い台、すなわち教壇を設置し、黒板の高い位置まで届くようにすると言う配慮を配る必要がなくなったと言うことでしょう。そういったことからも確かに最近では教壇は不必要であると言うことが言えるとおもいます。そういった波が新設校や校舎建て替えを行った新しい学校に出ていると言うことでしょう。
こういったことから実用的にも精神的にも必要ないという結論を私達は出したわけです。昔の名残りもあり、今だ教壇は教室に存在するところもあります。しかし、最終的な結論を言うと、何故教室には教壇が存在するのかという問題に対する答えは、もはやないと言えるのではないでしょうか。以上で結論を終わります。

(木村くん)ありがとうございます。私達のプレゼンテーションは以上で終わりです。ありがとうございました。 (全員で一礼)



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