もしもあの時・・・
(プロローグ)
2003年。現代においてパーソナルコンピューター、いわゆるパソコンは各企業および各個人においても、もはやかけがえのない物に変貌を遂げた。それだけインフォメーションテクノロジーが進歩しているのだと人はその便利さに酔いしれた。しかし、今からおよそ4年前、皆さんは覚えているだろうか。人はこのITの世の中において、ITの世の中固有の恐れを抱いたことを。「恐怖の大魔王が降ってきた」そんな表現もなされたほど人々は恐れおののいた。実際のところ、この大魔王は私たちを不幸のどん底に陥れることはなかったと聞いているのだが、皆さんは考えたことがあるだろうか。もしもあの時。世界中のITが崩壊を迎えていたなら、世の中はどのような形になったのか、と言うことを。
(本章)
1999年。まだ人々はその恐怖に心のどこかでおびえていた時代。世界のITが正常に作動していた時代。既に2000年問題としてメディアなどではその対策についててんやわんやの毎日を送っていた。国までもがその対策を世間に発表、そのシステムの崩壊が防がれることを殊更に強調したりもした。
2000年。大丈夫。何も起こらなかった。そんな記事およびニュースが正月にあらゆるところで流れた。しかし、現在においてその議論は全く持ってなされていない。当時大きく話題になった話は急にその姿を消した。2000年問題という言葉すら世の中からまるで消されてしまったかのごとく見つけることができなくなった。
そして2003年。すなわち私たちの言葉で言う現代。人々は再びITの便利さを利用し、以前と変わらない生活を送ることを無意識のうちに行っていた。そこにITに対する不安や戸惑いは感じられなかった。ここ3年経過した中で、先ほど上で述べたような大魔王が世間を蝕んだ様子など微塵も感じることがなかったゆえだ。小さな事件はあった。ある一金融会社が倒産したのだ。その理由は、「コンピューターによる破綻」ということであった。これに関して責任者であるM銀行の社長は、
「わが社においてある所からウィルスが侵入し、メインブレーンが破壊された。よって今までのような経営が困難となったため、倒産を余儀なくされた」
というコメントを残し、その市場から姿を消した。メディアは、金融会社のコンピューターシステムに不安が残ると指摘し、世論もそれに同意。特にそのウィルスについての会話はなされなかった。そして国家による運営がなされている郵便貯金が日本国においてメインの金融市場となった。しかしながらこれはあくまでもM銀行のみの問題であって「国」という大きな存在にダメージを与えるものだとはこのとき誰一人として考えてはいなかったはずだ。そんな中、
「…まだまだ油断はできない」
ぼそりといった人物がいた。現職名、自由民主党党首、そして現代の総理大臣でもある小泉純である。今の日本は彼によってパニックを抑えていた。彼こそがメディアを駆使して日本国民に安らぎをもたらした第一人者であった。
「しかし総理。すでに計画は漏れつつあります」
「ここで総理と呼ぶな。誰がどこで何を聞いてるかわからんのだ」
彼と話しているのは現職名を官房長官、福田康である。彼らは二人で会話を交わしていた。日本の未来について、である。
「そんな悠長なことは言ってられませんぞ。現にM銀行がああして潰れました。いくらメディアで世論を操作しても、事故が続くようなら隠し通せる世間ではありません!」
「その時は…君も私も破滅の道しかないな…はっはっは」
「笑い事ではありませんぞ総理!だいたいやはりあの時の計画に無理があったんです!ここまで大きな被害となって現れたコンピューターの反乱を隠そうだなんて!」
「その名で呼ぶなといっただろう、福田君。では何かね?あの時私は国民に、国家のメインコンピューターが意思を持って世の中を操作し始めた、と正直に説明すればよかったのかね?それこそ日本は大混乱だ。下手をすればその様子を知ったメインコンピューターがそれらの動きを人間のコンピューターに対する攻撃だ、と受け取られかねない。それこそ国家の破滅だよ」
「し、しかし…」
「それにだ。既にイラクがその実態を隠しとおせずにコンピューターによってアメリカと交戦状態を余儀なくされた。君は日本にイラクと同じ道を歩めと?」
「それは…」
「だろう。確かにコンピューターに操作されている日本は今まで以上に混沌としたものになってしまった。いくつかの小企業を破綻させ、失業者を増やしたのも事実だ。しかしだ。ここで私たちが立ち向かったところで勝てるか?相手は過去数百年の知識と経験を数値化し、コンピューターにとって最良と思われる政策をひねり出してくるのだ。どうあがいても我々に勝ち目はない。下手を打てばイラクの二の舞だ。ならばいつかこの状況を打開してくれる情報技術に長けた若者の出現を首を長くして待つことこそが今の私たちのすべきことだろう。痺れを切らせば…即」
「国家崩壊…というわけですか」
「だな。」
「我々には打つ手が何もないのでしょうか…」
「そのような手があるなら3年前に行動に移してるさ」
(エピローグ)
我々は知らないだけだ。崩壊への序曲は既に演奏を終えた。あとは国家のメインコンピューターが従順な国民であることを認識し続けることを祈るしかないということを…この不況を乗り越えてはいけないということを…まだ誰も理解はしていなかった。そして日本は2004年をあと6ヶ月で迎える。あの事件から4年。国家のメインコンピューターは何を考え、何をしようとしているのか・・・。 (Fin)