「上手な恋のさがし方」














小さな偶然 ほんのちょっとの偶然





それがたまらなく嬉しいのは、きっと・・・




















「上手な恋のさがし方」















風薫る陽気な午後。

街の雑踏は爽やかな風に誘われ、賑わいの音(ね)を奏でていた。

新緑の青がきらきら光る街路樹の下、人の群れを足早に通り抜ける珊瑚の背に、普段聞き慣れた声が掛かったのは、そんな穏やかな時の中だった。

喧騒の中に混じる声が、珊瑚の足を止める。



「え?弥勒先輩?」

腰までの長い黒髪をさらりと揺らせて振り返れば、そこに認めたのは我等がクラシックジャズ部の部長―――前頭に“不良”とつけるべきだろうか?―――弥勒が、いた。

相も変わらずの温厚笑顔で、手を振り振り寄って来るのだが、どうやらかなりのご機嫌模様だ。

「奇遇ですね。こんなところで珊瑚と出会うとは。やはり私と珊瑚の間には、見えない運命の赤い糸が」

「ない。ある訳ない。ただの偶然」

嬉々と語る弥勒の言下を遮り、此見よがしに溜息をつかれ、思わず苦笑してしまう。

振り続けていた右手が宙でにぎにぎと泳いでいた。実に虚しい。

仮にも先輩である自分に―――しかも部長なのに―――こうまで素っ気無く接するとは。

常日頃黄色い声に囲まれている自分にとって、これはかなり新鮮。

溜息ひとつも小気味良いと思ってしまう程、珊瑚の態度は鮮烈だった。



「急いでた様子でしたが、誰かと約束でも?」

「違うよ。病院の帰りなんだ。今、弟が入院しててさ、着替えとか色々持って行ったんだ」

「ほぉ。弟がいたとは初耳だな。心配ですね」

「昔から身体が弱くてね、入退院を繰り返しているんだ。でも、良くなってきてるから」

通行人の邪魔にならないよう端に寄った珊瑚の横顔が、ショーウィンドウに映る。

憂色を帯びた顔貌は、それでも、にっこりと笑みの形を作っていた。

「弥勒先輩は何やってるのさ。どこか出掛ける途中なんだろ?」

自分の家庭の事で気を使わせてはいけないと思ったのだろう、至って明るく話題を振る珊瑚に、弥勒はああ、と頷いた。

「次の課題曲を探しにね。題材物色に行こうかと」

そこまで言って、ふと弥勒の双眸が光り出した。

ぱちんと指を鳴らした後、とびっきりの笑顔で珊瑚を見る。

「丁度良い。珊瑚にも曲選び、付き合って貰いましょう♪」

「へ?何で?それって部長の仕事だろ?」

「そうですよ。だから部長命令♪」

「ソレ、職権乱用・・・って、ねぇ!聞いてるッ?!」

思い立ったら即行動の弥勒は、やはり素早かった。

しっかりがっしり手首を掴んで、すたすたと歩き出す弥勒に、疑問符飛びまくりーの珊瑚が慌てたのは、当然の事だろう。



爽やかな風が彼の前髪をさらりと揺らし、白のジャケットを翻していく。

問答無用の強引さに、幾分ムッとしたものの、まぁ、夕飯作るまでまだ時間あるし、たまにはいいかと気分を変えた珊瑚なのだが。

部長命令だから仕方ないと内心溜息を吐きつつ、その手を振り解かない珊瑚は、自分の顔が綻んでいる事実に、ちっとも気付いていなかった。















CDショップの自動ドアがヒュンッと開くと同時に聴こえてきたのは、最新のJ−POPミュージックだった。

軽快なリズムに瞬時、心が弾む。

「で?次はどんなジャンルにするのさ?」

「ん?」

「ん?じゃなくってさ。曲は決まってなくてもジャンルぐらいは決めてるんだろう?」

「ああ、まぁ・・・ねぇ。何がいいですか?」

「あたしに振らないでよ。部長だろ?」

陳列された棚の間を通りながら、ふらふらと視線を泳がす弥勒に、思わず溜息が出た。

これは本当に何も考えてなかった顔だね。

「入部してまだ間もないでしょう?飽きさせない為にも耳に馴染んだ曲の方が良いかと思ってポップ系にしてきましたが」

とんとんと人差し指でCDを弾く弥勒の声に、有線の歌が被る。

「今度は基礎重視でいきますかね」

「クラシック?」

「メジャーにベートーヴェンでもどうです?」

「無理・・・ι」

にやりと人の悪い笑みを見せれば、即時即答、腕をクロスさせてバツ印をつくる珊瑚だった。

その仕草が幼くて、つい目尻が下がってしまう。



「協奏曲で考えてるんですがね。今回は三人一組でパートリーダーに・・・、と」

数枚のCDを手にしながら意図を語る弥勒の視線が、突然ぴたりと止まった。

見ると何故か憮然とした顔をしている。

何だ?と小首を傾げる珊瑚だったが、次の瞬間。



「きゃ―――――――ッッ!!珊瑚ちゃんだぁ―――――――ッッ♪」

予想だにしなかった衝撃を背中から受けて、心臓が3メートルは飛び出した・・・と思った。



「な・・・菜緒、ちゃん・・・?」

「わぁ〜い珊瑚ちゃんだ、珊瑚ちゃんだぁ〜♪」

ぴっとりと背中に張り付く物体を見れば、それは同じ学年の菜緒架だった。

ぎゅうぎゅう抱きついては、頬をすりすりしているこの光景・・・先程の奇声もあり、店内からかなりの注目の的になっているのだが、菜緒架はまったく気にしていないようだ。

「な、菜緒ちゃん・・・今日は仕事休みなんだ?」

うん!と元気一杯に返事をするその表情はとても無邪気で可愛らしいのだが、一向に離れてくれる気配はなく、珊瑚は苦笑してしまった。

「わ〜い奇遇だねぇ♪珊瑚ちゃんひとり?お買い物?」

「これこれ。ここにもいるでしょう?そろそろ解放してあげないと、珊瑚が困惑してしまいますよ」

「あ。弥勒さん居たんですね〜。おハヨーございまぁ〜す」

「はいはい。ございます」

彼女独特の天真爛漫は果たして意図的なのか否か、図りかねるが。

このヤロ。ワザとだな。

ガラ悪く悪態を吐いては、はぁーっと重い息を吐く弥勒だった。



「でっもぉ、いくら弥勒さんでもぉ、珊瑚ちゃんナンパするのは許せませんよぉ」

再びぎゅーっと抱きつかれ、珊瑚はあばらが折れるのではと思った。

菜緒架の腕力は、強力―――もしくは凶暴―――だ。

「珊瑚相手にナンパはしませんよ。・・・それより」

ふぅっと肩を竦めたかと思えば、次の瞬間、にやりと口の端を吊り上げる。

この眼・・・また何か良からぬ事を思いついたな。

「先程、玲南嬢らしき人影を見ましたなぁ・・・。一瞬だけでしたが」

あさっての方を見ながらぽつりと呟けば、途端に菜緒架の顔つきが変わる。

「えッ?!おネー様、近くにいるんですかぁ?!どこドコッッ??!!」

「あの先の交差点でね。いやしかし」

一瞬でしたけど。

呼気とともに吐き出された細い台詞は、だけど結局彼女に届くことはなく。

「きゃ―――――――ッッ!!菜緒架、行ってみますぅぅぅぅぅッッ!!」

「・・・・・・・まぁ、見間違いかも、しれませんがねぇ」

後姿だけだったし。

疾風迅雷の如く去った彼女の痕跡に向かい、弥勒はぽそっと零したのだった。

「弥勒先輩・・・ι」

何考えてるんだよ、この愉快犯。

悪戯が成功し、ご満悦の悪がき小僧のような顔でにっと笑う弥勒に、かくんと項垂れてしまったのは言うまでもないだろう。

「おや?どうしました?菜緒架さんのパワーに気疲れしましたか?」

あんたの所為だろ―――!と握り拳を作るが、口にはしない。

弁舌巧みな曲者部長に、口で敵う筈ないのだ。



「じゃあコレ買ってきますので、ちょっと待ってて下さいね。お茶でもして休みましょう♪」

2枚のCDを片手に、レジへ向かう。

さり気なくお茶に誘うあたり―――しかも有無を言わせず―――流石と言えるが。

だが、そんな事は珊瑚に解る筈がない。

ただただ頭痛の走る頭を抑えるのに精一杯だった。















ざわめく街の喧騒に紛れて、人の波が流れていく。

どこかで聞いたような音楽が耳に入り、ふと意識を逸らせば、視界の端にまたまた見知った姿を捉え、「あれ?」と立ち止まった。

「どうしました?」

「うん・・・あ、やっぱりあれ、愛理ちゃんだ」

隣を歩いていた珊瑚がぴたっと足を止めたので不思議に問い掛ければ、彼女はある一点をじっと見つめていた。

珊瑚の双眸は反対車線を映していて、指差す方向に目を向ければ、そこには彼女と同じクラスの愛理がいた。

今日は色々な人に出くわすもんだと内心思いながらも、仲の良い級友を見掛け、ぱっと顔を輝かせる珊瑚だった。

反して弥勒は、再び小さな溜息を零した。

「へぇ・・・琉一さんと一緒なんだ。デートかな」

「はぁ・・・そうなんでしょうねぇ」

曖昧な相槌を打つ弥勒はそっぽを向き肩を竦めるのだが、隣の少女はまったく気付いていない。

それどころか嬉しそうに顔を綻ばせていた。

「愛理ちゃんね、最近仕事が忙しくて全然二人きりじゃなかったって言ってたんだ。笑ってたけど、やっぱりどこか寂しそうでさ、あたし気になってたんだ」

大切な級友を思っての台詞は、誰に聞かせるともなく、まるで独り言のようにさらりとしていた。

他人事なのによくまぁそこまで感情移入出来るものだと感嘆してしまう。

最も、それが珊瑚なのだと言われれば、素直に納得してしまうのだが。



満面の笑みを湛えてそわそわしている珊瑚―――声を掛けるべきかどうか迷っているのだ―――の横顔を目線だけで伺う弥勒は、軽く息を零し、静かに口を開いた。

「好きな人と同じ時間を有する事程、幸せなものはありませんからね。邪魔しないであげましょう」

「うん・・・やっぱりそうだよね・・・。うん、行こうか」

折角二人きりの大切な時間なのだ。お邪魔虫は不粋だろう。

弥勒の言葉に同意して、にっこりと顔を上げる珊瑚の脇を、喧騒にざわめく風が、吹きぬける。

人波に紛れていく恋人達を静かに見送り、背を向ける珊瑚の表情は、厚意に満ちていた。



汚れのない、純粋な心。あたたかな想い。

惹かずにはいられない無垢な存心・・・存在。



ちらりと盗み見た隣の少女は、未だくすくすと微笑んでいて。

複雑な・・・何とも言えない微妙な笑みを口許に刻む弥勒の胸中を、この時の珊瑚は知る由もなかった。

























小さな偶然は時に優しく





風待月の空が、新たな季節を呼ぶ





蒼のキャンバス

























「わ、可愛い・・・」

コーヒーショップに向かう途中、露店に並べられたアクセサリーの数々を前に、珊瑚の足がひたりと止まった。

「このピアス可愛い。あれ、これ弥勒先輩のと同じだね」

「ああ、似てますね」

雑多に並べられた多種のアクセサリーに眼を奪われながら、弾んだ声音で弥勒を振り返る。

寄り添った二人の距離は、そう、傍から見れば恋人同士のそれだろう、くすぐったい感情がじんわりと湧いてきて、弥勒は思わず頬が緩んでしまうのを否めなかった。

「そう言えば珊瑚はあまりアクセ類をつけませんね?」

「え?うん。だって邪魔になるだろう?家事とか、身体動かす時とか」

ちょこんとしゃがみ込み、つまみ取ったアクセサリーを左手に乗せては苦笑する。

似合わないし・・・とぽつりと呟いてみたが、それは風に攫われて、目上のあの人には届かなかった。



そんな珊瑚の胸中を知らない弥勒だが、実は前から不思議に思っていたのだ。

珊瑚は本当にアクセ類を身につけない。

校則が厳しい訳でもないのに―――寧ろ自由奔放なのに―――ピアスは勿論の事、ペンダントだってしないのだ。

弥勒の知る限りの女性は、何かひとつは身につけているというのに。

単に興味が無いだけか?そう思っていたのだが、今の珊瑚から察すると、全くの興味無しではなさそうだ。

いや寧ろ興味ありありーと見た。



嬉々と瞳を輝かせる彼女を見下ろして、弥勒は顔の筋肉がますます緩んでいくのを自覚するが、復元は無理そうだ。

「ね、見て見て先輩。これ可愛いよ。ホラ、クロスとハートが一緒になってる」

ほら、と左手を上げて見せる珊瑚は、本当に楽しそうだ。

シルバークロスの中心にハートが組み合わさった、シンプルだけど品の良いペンダントが珊瑚の手の中できらりと光った。

「珊瑚に似合いそうだな」

欲しいですか?

そう尋ねようと、口を開きかけた時。

「ひょっほ〜〜〜い♪弥勒セ〜ンパイ♪なっにして〜んの〜♪」

「んぐッッ!!」

思いもよらない衝撃―――擬音で表現するならばガバッとかドガッとかドゴッとか、それら全部混ぜ合わせた音だろうか―――に、思わずつんのめりそうになった。

が、そこは彼の反射神経の良さとプライドで、ぐっと堪えた。

全体重を掛けて飛びついてきた猪突猛進、迷惑野郎は。

「・・・・・・・将斗クン・・・・・・・」

生徒会副会長の将斗だった。



弥勒の首に腕を回し、おんぶバッタしている将斗は悪びれもせずに、にっかりと笑っている。

周囲の視線なんて、全然まったく関係なーし!なのだ。

「な〜あ〜にぃ〜?先パイひとり?んな訳ないよね?今まで先パイひとりで外出ってるの見たコトねぇもんなぁ。なになにデート?デェト?俺もまっぜて〜♪」

まさにしゃべる機関銃。

一気に捲くし立てる将斗に二の句がつけず、唖然としてしまう。

「こら・・・将斗クン・・・」

「ドコ行くの?ドコ行くの?映画?カラオケ?それとも玉突き?あ、俺腹減ったぁ」

・・・頼むからしゃべらせろよ。

切実に思う弥勒の願いは、だがしかし、叶えられず。

「あっれぇ?珊瑚ちゃんじゃ〜ん♪お元気ぃ〜?」

背中に張り付いたまま、ひらひらと手を振る将斗の暴走は、そのまま加速していく一方だった。

「将斗さん・・・いつもながらテンション高いね・・・」

「Ye-s!Thank you, all right!だぁ〜ってよぉ、休みなんだゼ?天気いーんだゼ?遊ばにゃー損っしょ?」

「解ったから・・・いい加減、離してくれません?」

「ヤ♪ねぇねぇ珊瑚ちゃん、どぉ?妬いちゃう?妬いちゃう?」

「・・・意味解んないよ」

一体誰に妬くというのだろう。

今イチ、この天衣無縫副会長の思考回路が解らない。

「い〜ね〜先パイ。ラブラブだね〜♪珊瑚ちゃんとデート中とはね〜Vv」

にぱっと笑いながら言われた台詞に、瞬時頬が熱くなった。

「んなッでッでぇって・・・ち、ちが・・・ッ///!!」

「解ったのなら邪魔しないで貰いたいですな。こんなチャンス、滅多にないんですよ?」

「ちがッ何言っ・・・だ、だか・・・違ッ・・・ッッ///!!」

真っ赤になって反論しようとするが、心臓ばくばくで舌が回らない。



わたわたと立ち上がり握り拳をつくる珊瑚に、将斗は面白そうに口笛を鳴らした。

相変わらず元気いっぱい笑顔いっぱいの将斗だが、抱きついた紫黒髪の青年は憮然と腕を組んでいる。

「うにゃ?先パイ不機嫌ね。どったん?」

「まったく・・・どうして今日に限ってこう、次から次へと邪魔が入るのか」

「普段のオコナイっしょ?今日に限ってって・・・ああ、そっか」

将斗をぶら下げたまま、額に手を当てる弥勒を訝しんでいたが、ふとある事に気が付いて指を鳴らす。

「なぁんだ、そゆコト♪それでスネてんだ?」

「スネてませんよ」

「うっそつけー」

首から腕を離し、脇越しにけらけら笑う。

ちろりと睨み付けても効果が無く、まったくもって面白くない。

二人のやり取りがどうも掴めない珊瑚は、拳を握り締めたままきょとんとしていたが、彼らの会話は更に更に進んでいく。

「珊瑚ちゃんも気前いーね♪誕プレが一日デートってすっげ良いVv」

――――え?

「当日は墓参りがありますからね。学校も休むつもりですし」

「え?墓参りって・・・?」

「両親の命日なんですよ。事故死してね、それが私の誕生日と同じ日なんですから、皮肉なもんですよね」

「先パイフリークは皆知ってンもんな。だから誰も先パイの誕生日、おメデト言わないゼ?」

「・・・・・・・」

けろりと平然な顔で痛烈な事実を述べてくれたが、珊瑚のショックは大きかった。

弥勒の誕生日がもうすぐだという事も初耳なのだが、それ以上に驚いたのは、彼の過去だ。



誕生日に親を亡くしたと言う。自分の生まれた祝福の日に。

いつ両親と死別したのかとか、どうして事故にあったのかなんて、容易に尋ねる程無神経ではない。

だけど。

生誕のバースディソングは、いつしかレクイエムに変わっていたのかと思うと、胸がずきんと痛んだ。



だって、この人は何も言わないから。

自分の悲境をおくびにも出さずに、いつも飄々としていたから。

常に冷静沈着で、ちょっと調子が良くて要領良くて。

いつもにこにこと微笑んでいたから。



「今年もイブは大変なんだろうな。きっとプレゼントの山!山!山―――!!だゼ?」

「これも人徳ってもんでしょう」

人徳・・・そうかもしれない。

弥勒の周りにいつも人が溢れているのは、彼の性分なのかもしれないが。

彼は強いのだ。

心が。

だから、彼の周りには人が集まる・・・。



ざわざわと波立つ街のざわめきが、何処か遠くで聞こえる。

じゃれ合いを続ける弥勒たちをぼんやりと眺めていた珊瑚は、やがてきゅっと唇を引き締めて、足元に視線を落とした。

明眸の先で捉えたものをこっそり掴み、手早く財布を取り出す。

「ちぇー。遊んでんだったら構ってもらおうと思ったのによぉ。マジならしゃーねぇや」

「すまないね」

「んな嬉しそうな顔すんない。ムカツク」

いーっと歯を見せてしかめっ面をする将斗の眼は、それでも優しい彩を放っていた。

「んじゃ〜ねん♪珊瑚ちゃん、今度は俺ともデートしてね〜Vv」

「だッッ!からッッ!!デートじゃないッッッ!!!」

ひらひらと片手を振り、軽口を叩く将斗に向かい、ムキになって声を張り上げるのだが、紅潮しまくった顔貌じゃあまったく効果がない。

くつくつと肩で笑いながら踵を返した将斗に向かい、唸り声を上げる。

その態度が弥勒の失笑を買う要因なのだが、当然珊瑚がその事実に気付く筈もなく。

とことん、からかわれてる・・・いや、遊ばれてる・・・。

憤ろしく胸の前で握り拳をつくり、がっくりと項垂れる珊瑚だった。



「まぁまぁ。そうムクれるんじゃありませんよ。将斗の冗談をいちいち真に受けてたら神経がぶっ飛んじゃいますよ」

ふるふると小刻みに震える珊瑚の肩をポンッと軽く叩いては、宥めの言葉を紡ぐ優しい声韻。

声は優しくても、眼はまだ笑っている。

それが非常にムカつく。

「大体さ、弥勒先輩がちゃんと理由話してくれれば、将斗さんに変な誤解されなかったんだ」

それなのに一緒になってからかうなんて、あんまりだよ。

悔しすぎて、つい恨みがましい口調になってしまうのは、この際、仕方がないと思う。

だって、実際彼は将斗に事の経緯を話していないのだから。

将斗がぺらぺらと根も葉もない噂を流すとは思わないが―――そこら辺は絶対的信用のある副会長なのだ―――コレを餌にからかわれるのではと思うと、頭痛がしてくる。

ちゃんと説明を加えなかった弥勒に、抗議反論物申すー!したくなるのは、当然だろう。



ところが、対する弥勒はといえば。

おや?と不思議そうに眼を瞬かせては、ん?と首を傾げている。

「誤解もなにも・・・私はデートのつもりだったんですがね」

「―――――――――――――――・・・・・・は?」

さらりと言われて、優に30秒はフリーズした。

ぽかんと口を開けたままの珊瑚に気分を害することなく、更に続ける。

「いつもの放課後デートも良いですが、こうして外で会うのもなかなか♪珊瑚を独占出来るんですからね」

ふっと眼を細めて告げられた台詞に、珊瑚の全身がボッと茹で上がる。

真顔で、何てキザな台詞を宣巻くんだ、この男は!

「ところどころお邪魔虫が入りましたが、それでも今日はお前の色々な表情が見れた。これ以上に嬉しいことなどありませんな♪」

にっこりと。

くらくらするような眩しい笑顔で、そんな事を言ってくれるから、全身の熱は上昇する一方だ。

だから。

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!も―――――――ッ!!言うなぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

頬と耳を両手で押さえながら、街中お構いなしに叫び声を上げてしまう珊瑚だった。



そうだった。

一時の感情に流されてはいけないのだった。

彼はこうやっていつも自分をからかっては反応を楽しんでいるのだ。

いやいや!こちらが照れるような事を言うのも、ナンパの手口なのだろう。

くそぅ。情に絆されてこんな物買ってしまった自分が情けない。



誘導と駆け引きにはてんで疎い珊瑚。

弥勒の本心など露ほども見えていない彼女は、どうしても彼お得意の冗談としか思っていない様子で。

――――彼女が真実に気付くのは、まだまだ先のようだ・・・。



「もうッ!あたしッ!帰るからね!それと!」

赤面状態のまま、怒り肩で唇を尖らせる。

反転しかけの身体は中途半端なバランスで彼を見遣り、そして。

珊瑚の腕が弧を描くように、上から振り下ろされた。

宙を舞う光の影が、弥勒の胸元へと飛んでくる。

それをぱしりと両手でキャッチし、不思議に覗き見るとそれは。

「あげるよ。一応聞いちゃったからさ・・・誕生日」

それは、シルバープレートのネックレスだった。

中央部に十字架と羽のモチーフが細く滑らかなラインで刻まれている、シックでシンメトリカルなそれは、弥勒の手の中できらりと光っていた。

「べっ別に意味なんて無いんだからねッ!本当にないんだからねッ!誕生日、聞いちゃったから、仕方なくなんだからねッ!」

「お前から・・・私に?」

「そ、即席で悪かったねッ///!じゃ、じゃあ・・・」

「珊瑚」

早口で捲くし立て、そそくさと場を去ろうとする珊瑚を、弥勒は静かに呼び止める。

面はゆさを隠し切れず、俯き加減で後方を見遣る珊瑚に、弥勒は柔らかく微笑み。

銀色に輝くプレートを眼前まで持ち上げると、ちゅっと唇を寄せた。

「ありがとう。大切にしますよ」

その時の彼の笑顔は、何と言うか・・・そう、初めて見るもので。

真摯であたたかく・・・だけど、つきんと心臓を射貫くような強い光を双眸に宿していた。



綺麗だと、思った。

暗紅色の瞳が逆光の隙間から彩色を放つ。

光のヴェールに包まれたシルエットが、鮮烈に浮かび上がる。

その細い指も、端麗な容貌も、均等のとれた体格も、何もかもが。

綺麗だと、思った。



普段の彼とは違う表情に刹那、瞳を奪われた珊瑚だったが、だけど突然飛び交ったクラクションの音ではっと我に返った。

絡めた瞳が何故か恥ずかしくて、足元に視線を落とす。

「・・・うん」

こくりと小さく頷くのが、精一杯だった・・・。















「じゃあね、弥勒先輩」

「ああ。また明日な」

短い会話の後。

ゆっくりと踵を返す珊瑚は、今度は振り返らない。

艶やかな黒髪を優雅に揺らし、人並みに隠れていく後姿を、弥勒はじっと見送った。

彼女の影が消えるまで、ずっと・・・。

きらきらと乱反射する光の結晶は街中に溢れていて。

真っ青な空が、心を躍らせる・・・眩しい午後。



やがて。

溢れる街のノイズに紛れて、弥勒もまた歩き出す。

ふんわりと、柔らかな微笑みを浮かべて・・・。

























透き通る木漏れ日が、季節の移り変わりを告げるように。




















小さな偶然は、ふたつの未来を変えていく・・・。

























小さな恋は、まだまだ発展途上・・・。




















FIN




















2004.6再録