「蒼城学園Graffiti〜Prologue〜」









風にざわめく木々が柔らかな春日影の中

幻想的に空間を彩る ノスタルジックな午後



淡くはかないメロディ 狂想曲の調べに乗って

現れたのは ひとりの少女

いつか見た 夢の中の――――少女

桜吹雪に誘われ 現れた・・・少女





私はずっと・・・





彼女を捜していた・・・










―――― In a faint light ・・・――――

“I seem to hear someone calling, Where is she?”

“If you’re with me, I see it all now ・・・”

























桜並木に舞う花びらが、シークエンスに流れる遊歩道。

咲き狂う白い風は、彼女を導き。

青草の匂いと夢現つのまどろみの中、珊瑚はゲートを潜った・・・。





緑が歌う、蒼城学園へ――――

























「此処が、これから通う学校かぁ」

木々が立ち並ぶアプローチを感慨深く呟き歩く珊瑚の声が弾んでいる。

これから3年間、此処で学園生活を送るのだ。

新たなスタート・・・期待と不安と、そして未知への好奇心に胸を躍らせる珊瑚の双眸は、きらきらと輝きを放っていた。



レンガ造りの歩道をじっくり観察しながら歩く。

艶やかな黒髪を心地の良い風がさらってゆき。

アプローチ中央の噴水が気持ち良さそうに水飛沫を飛ばしていた。

「入試の時も思ったけど、本当に広いんだ」

清楚な構造。

モダンともレトロともとれる学園内の造形は、とても学園とは思えず。

樹木の間に設置された電灯が、まるでシネマの雰囲気を漂わせていた。

「すごいな・・・迷子になりそうだよ」

春期休暇のため、生徒の姿は見受けられないが。

新学期が始まったら、さぞや賑やかだろう。

「あそこが図書館であっちがギャラリーホールか。あ、あれがカフェテラスだね。・・・なんか、ロンドン近郊の中にいるみたいだ」

歩道を挟んだ両側の建築物を指差し、珊瑚は感嘆の息をついた。

好奇の瞳は飽く事無く、辺りを彩映し。

さわさわとそよぐ春風は構内と、そして珊瑚自身を優しくつつみ流れていった。



正面玄関――――エントランスホールに足を踏み入れた珊瑚は、校内には入らずそのまま奥へと進む。

ひんやりとした空気の先、アーケードを通り過ぎ、眼に飛び込んだものは。

情調あふれるパティオ・・・中庭だった。



円形状に植えられた花壇、中央の噴水、そしてモノトーンのベンチ・・・モザイクタイルがノスタルジックに演出を飾る中庭。

「わぁ・・・素敵・・・」

一瞬にして眼を奪われた。

風に舞う花びらが、まるで珊瑚を歓迎しているよう。

幻想的な空間、一目で気に入ってしまった。

「陽あたりも好いし、いーい匂いがするし。ここでお昼食べたら気持ち良さそう♪」

嬉々と輝きながら指を組み絡ませる。



軽い足取りで噴水の周りを歩く珊瑚は、その時、頭上から聴こえてきた音に胸を突かれた。

「――――…‥ピ・・・アノ・・・?」

そう、それはピアノの音だった。





美しくはかなく。

明澄で神秘的な・・・音色。

すべての空間をつつみ込むような、透明感あふれるその音に。

珊瑚は心を奪われた。





「綺麗な・・・ピアノ・・・」

誰が弾いているんだろう、こんな繊細な音を。





音の洗礼を受け歓喜するように、パティオが揺れる。

























「あら、あなた」

「狽ヲッッふぇっっ?!」

突然。背後から声を掛けられた。



殆ど無防備状態だった珊瑚は、自分でも可笑しいくらいの奇声を発してしまい顔を赤らめる。

ゆっくり振り向くとそこに立っていたのは、優雅な気品を纏った美しい女生徒だった。

――――この人、綺麗だ・・・。

思わず息を飲んでしまう程の美貌に、珊瑚は瞬時見惚れてしまった。

白い肌、きりりとした澄んだ瞳、赤く艶やかな唇、均等のとれたプロポーション。

腰までの真直ぐな髪は淡栗色に輝き、やわらかく風に揺れていた。



「あなた新入生ね。確かF組に入る・・・珊瑚さんだったかしら?」

「あッ!!はい・・・って、え?名前・・・?」

自分が新入生だなんて、どうして分かった?

しかも何故自分の名前を知っている?



この蒼城学園は私服登校も許されている自由な学園なのだ。

無論、他校生が入り込んだとしても一般生徒には区別など出来ないだろう――――生徒数も半端ではないのだ――――

「あの・・・あたし、多分、初対面だと思うんだけど」

恐る恐る、尋ねてみた。

だって、いくら記憶の糸を手繰ってみても思い当たらないのだ。

気持ちが悪いではないか。

怪訝に首を傾げる珊瑚は、失礼を承知で問うのだが。

さて。それに対して眼前のこの女性はと言うと。

「あら、ごめんなさい。挨拶が遅れてしまったわね」

さして気分を害する事も無く、至って冷静に。

「私、この学園の生徒会長を務めてます、蒼條玲南です」

凛と、気品高く微笑みながら名乗るのだった。

「生徒・・・・・・かいちょお?!」

「ええ。ですから全校生徒の名前と顔ぐらいは把握してますわ」

「ぐらいって・・・」

全校生徒、何百・・・いや、何千いると思ってるのさ!!

あんぐりと口を開けては目をしばたたせる――――鳩が豆鉄砲を食らうとは、正にこのことだろうか。

このマンモス校の生徒会長が女だった事も意外だが、それ以上に彼女の記憶力・・・はっきり言って異常だ。

「そんなに驚く程のものでもありませんわ。それよりも今日はどうなさったの?見学かしら?」

「え?あ、はい・・・そう、です・・・」

にっこりと、ごくごく自然に話題転換された珊瑚は、気抜けしたような返答を返す。

「そう。学園内を案内して差し上げたいけど、生憎と会議が入ってまして・・・ごめんなさいね」

「いっ!いえっっ!!そんなッ」

申し訳なさそうな玲南の台詞に、珊瑚は慌てて首を振る。

先程からどうも玲南の雰囲気に気圧されっぱなしの珊瑚・・・顔が火照っているように熱いのは、気の所為だろうか?

「では私は失礼しますけど、ゆっくりしていって下さいね」

「はい・・・どぉも・・・」

優麗な様相で踵を返す玲南はミステリアスな雰囲気そのままで。

ふわりと風のヴェールを纏い、校内へと姿を消すのだった。



残されたのは甘い香りと、惚けたような珊瑚ひとり。

「はぁー・・・緊張した・・・。すごい存在感だよね・・・」

高校生って皆あんな風に大人っぽいのかな。

ぽつりと零れた呟きは力なく、さらさらと風に流されていく。

素直な感嘆だった。

年齢の差なるものを改めて思い知った、それは当然の呟き。

だけど。





この時の彼女は、まだ知らなかったのだ。

この出会いが珊瑚にとって重要な意味を持つ事を。

これから先、起こるだろう不可思議な出来事の発端だという事を。

そして、もうひとつの出逢いがあった事を。





珊瑚は、知らなかったのだ・・・

























再び、静穏が辺りをつつむ。

はらり、はらりと舞い落ちる桜の花びらが視界に映り、珊瑚はふと気付く。

そう言えば、ピアノ・・・もう聴こえない。

「・・・帰っちゃったかな。ちょっと残念」

もう少し聴いていたかったんだけど。

でも誰が弾いていたんだろう。

本当に・・・綺麗な音だった。



降り注いできたのは、特別棟の三階あたり。

位置までは特定出来ないが、おおよその見当をつけた場所を仰ぎ見る。

柔らかな靜光が窓に反射して、眩しい。

「ピアノか・・・。うん、良いかもしれない」

見上げたまま、ぽつりと呟くその声音は。

小さいながらもしっかりとした意思を持ち、きらきらと輝く瞳に宿るのだった。



空の碧が澄み渡る、春の午後。

あたたかな風が心躍る、うららかな午後。

その陽射しを全身に受けた珊瑚は、そして歩き出す。

軽やかに黒髪をなびかせながら。

ただ一度だけ。もう一度だけ。

珊瑚は特別棟を振り返る。

何もない、何も聴こえないそこに視線を送り、そして歩き出した。



珊瑚の横を悪戯な風が通り過ぎ。

透明色の光彩を帯びたパティオが予感に揺らめく、ある日の午後。

























――――彼女は気付かない。

























もうひとつの“出逢い”を・・・

























振り向いた先の、小さな人影を・・・

























気付かないまま、ふたりは出逢っていたことを・・・

























気付かない偶然の出逢い――――それを運命と呼ぶか否かは、自分達次第・・・・・・




















FIN











2005.9.7再録 
本編スタートです。すべての出逢いがこの瞬間でした。
これから何が起こるのか・・・期待せずに(笑)お待ち下さいませませ♪