いったいネオクラゲとは何なのか?
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1976年 現ネオクラゲキャプテンの中村氏がライバル、グレイ青田氏と糀谷中バスケ部で出会う。
1978年 糀谷中OB栗原氏(糀谷中→安田学園)の呼びかけによりバスケットクラブ糀谷会誕生。
中村氏18才。同期メンバーに青田氏、鈴木氏、佐々木氏(現慶応大女子バスケ部コーチ)、など参加。
1979年 大田区民大会初参加
1980年 大田区民大会2部昇格。
1983年 現ネオクラゲメンバー富坂氏参加(当時中学生)
1985年 現ネオクラゲメンバー酔いどれ天使、石原氏が参加。(当時自衛隊より帰還)
1991年 糀谷中出身の当時高校生、新井(世田谷学園)、相馬、中島(駒大高)が参加。大田区民大会トーナメントベスト4進出。
1993年 バルセロナオリンピックでNBAドリームチームが優勝。時同じくして糀谷会高齢者組みが戦線離脱し新たにチーム結成。
山水母(ヤマクラゲ)誕生。品川区民大会へ参加。中村氏33才の春。
1994年 山クラゲ、品川区民大会ベスト8進出。実業団新日鉄OB福田氏参加。糀谷会は低迷期。
1995年 駒大高校バスケ部OB会にて現ネオクラゲメンバー光嶋氏、幸田氏が中村氏と出会う。同年秋より糀谷会・山クラゲに加入。
ナムコバスケクラブへの練習参加始まる。
1996年 光嶋氏後輩(大森一中)アロンゾ河原氏(現ネオセンター)参加。
1997年 山クラゲ、大田区民大会トーナメントベスト4進出。糀谷会2部残留。
1998年 大森一中OBより現ネオメンバー、並木氏、平林氏、茨田氏、佐藤氏加入で渋谷区民大会参加。3回戦進出。
しかし、この頃から衰えが目立つ。
2001年 糀谷会が大田区民大会1部昇格。中村、光嶋、富坂、幸田、河原は糀谷会メンバーとして有終の美。
しかし、山クラゲでは高校生チームにボコボコにされるなど勝率低下の一途を辿る。
2002年 秋季品川区民大会1回戦突破を最後にバスケクラブ山水母(ヤマクラゲ)は解散を表明。さりとて若手台頭の糀谷会には戻れない
生き残りたちが新たな戦いの場、独自のリーグ構想を浮上させる。セガバスケクラブへの練習参加始まる。
2002年冬 山クラゲ残党によりネオクラゲ誕生。独自リーグプレシーズンマッチ開催。
2003年 春、秋と独自リーグ開催。春、秋ともに3位。 こうして26年間の時を経てバスケ完結扁へ向かっている…
2004年春 祝!春季独自リーグ、ネオクラゲ優勝。
2004年秋 祝!秋季独自リーグ、ネオクラゲ全勝優勝!二連覇。
2005年春 三連覇ならず。三位に逆戻り。さらに老化始まる。
2005年秋 秋季独自リーグ最下位 どーする!?
2006年春 春季独自リーグ準優勝に返り咲き!U-30を擁し、OVER40が活躍!
2006年秋 秋季独自リーグ準優勝!「来年は優勝トロフイー取ります」byゆうま
2007年春 春季独自リーグ 3チーム同勝敗、得失点差で3位。秋に返り咲きを期す!
2007年秋 秋季独自リーグ ワンゴール差で惜しくも準優勝
2008年春 春季独自リーグ 最後まで優勝戦線に留まるも3位。だが、大会最高齢の中村が得点王&3P王を獲得!「遥かなるチョモランマ」特集記事へ」
2008年秋 秋季独自リーグ 最後まで優勝戦線に留まるも得失点差による3位。新加入の武藤氏がリバンド王となり、ゆうまが得点王獲得!
2009年春 春季独自リーグ 3勝2敗でまたもや3位。 だが、アシスト王に光嶋、優秀選手賞を武藤が獲得!秋は巻き返したい。
2009年秋 秋季独自リーグ 4勝1敗で久々の準優勝。三野宮が得点、アシストで2位、優勝選手賞を小森が獲得。
2010年春 春季独自リーグ 3勝2敗で3位。得点王に三野宮が輝き、スティール王を小杉アニキが獲得。秋こそ優勝を!
2010年秋 秋季独自リーグ 2勝3敗で5位。怪我人やメンバーが揃わず転落。しかし、リバンド王を陳さんが獲得!
2011年春 祝!春季独自リーグ、ネオクラゲ優勝! 3勝1敗で得失点を全員で優位にして優勝。得点王に三野宮、ブロック王に武藤、リバンド王に小杉大ちゃん、3P王を中村が獲得!MVPは小森。
2011年秋 秋季独自リーグ 2勝2敗得失点差の結果4位。だが、大会スーパースターMP遠藤がいるオールディーズに初勝利!来期、新キャプテンとなる三野宮の新生ネオクラゲへ繋いだ。
2012年春 春季独自リーグ 2勝2敗で3位。全勝優勝のオールディーズに2点差まで詰め寄るも惜敗。