名もなき風景の中で
第1号 和平交渉の破綻は誰が


 古い話になるが、コロンビアにおいて、左翼ゲリラとコロンビア
政府との和平交渉が破綻した。和平交渉の破綻は、2月20日のF
ARCによると思われるハイジャックと上院議員Gechem Turbay 氏
(元大統領の甥にあたる)の誘拐が引き金だった。ニューヨークタ
イムズによると、FARCの司令官の一人Raul Reyesは「 『誘拐や
ハイジャックのことなど知らなかった』」と言っているが、「誘拐や
ハイジャックへの関わりを否定もしなかった」という。和平交渉の
破綻を宣言すると、パストラナ大統領は2月22日にDMZへの空
襲を開始。翌日には陸軍をFARCの支配していた緊張緩和地域
(注意1)に送りこんだ。

(注意1:1998年、安全な和平交渉を確保するため、パストラ
ナ大統領からFARCに与えられていた地域。FARCを除き軍隊
や警察など武装した者はこの地域には入れなかった。DMZと呼ば
れる)
 
 この急展開するニュースを追いながら、私は釈然としない心を抱
えていた。ハイジャックが起こる1ヶ月前に、FARCはコロンビ
ア政府と和平交渉を再開させたばかりだったからだ。
 
▼FARCと緊張緩和地域
 
 1960年代、伝説の指導者マニュエル・マルランドに組織され
たFARCは、農民を主なメンバーに現在17000人もの戦士を
確保し、そのネットワークはコロンビアにとどまらず世界に広がっ
ている。たとえば、FARCの公式ウェブサイト(http://www.FAR
C-EP.org)はスイスで制作されていると言われているし、暗殺など
を請け負うFARCメンバーも外国に潜伏している。
 
 FARCにとってDMZは自由に麻薬を栽培し、人質を確保でき
る天国だった。組織のグッズや機関紙まで取り揃え、私がその事務
所を訪れた時には、コカコーラまで振舞ってくれた。それだけでは
ない。ロス・ポソスというFARCの基地では、衛星アンテナや新
品同様のWindowsのコンピュータが情報収集やPR活動のために活
躍していた。
 
 何を目的にするにせよ、FARCにとってDMZは有益で、手放
すことのできないものだったはずだ。農民出身のメンバーが多いと
は言え、司令官の中には経済学の教授だった者や外国で教育を受け
ている者もいる。FARCには合理的な決定を下すだけの知恵があ
り、事実ハイジャックの発生する1ヶ月前、1月22日には和平交
渉再開を決定していた。和平交渉の継続は、つまりDMZの継続を
意味する。それなのに、なぜ、FARCはハイジャックや誘拐で、
再開しかけていた和平交渉を頓挫させたのか?
 
▼パラミリタリー
 
 昨年、和平交渉に臨みながら、なかなか「停戦」を受け入れない
FARCは、国民の批判の矢面に立っていた。しかし、「停戦」を
簡単に受け入れないのには一つの理由があった。極右非合法武装集
団(パラミリタリー)の存在である。
 
 FARCは一度、暴力を排除した「愛国党」という政党を作り、
政党政治の中に革命の道を模索したが、敵対するパラミリタリーに
よって党員を全滅させられている。この時辛酸をなめさせられたF
ARCは以後、政党を表向きに作ったり、停戦合意に簡単にサイン
しなくなった。コロンビア政府が「停戦」を打ち出しても、コロン
ビア軍と共謀しているパラミリタリーが、それを許さなかったから
である。
 
 パラミリタリーの問題は去年の和平交渉の議題にも上がり、FA
RCは政府に対策を取るよう要請していた。パラミリタリーとは何
か?
 
 ゲリラによって被害を被っていた人間が「自衛」するために結成
した武装集団というのがパラミリタリーだが、この起源はいくつか
存在する。「封じ込め政策」を取っていた冷戦中の米国政府が、左
翼駆逐のため、コロンビア陸軍に作らせた市民の諜報機関がその一
つ。大地主や麻薬組織がゲリラ組織に対し利益を守るために結成し
た自警団がもう一つである。
 
 起源を異にするため各々活動していたパラミリタリーだったが、
1996年を境に状況が一変した。ばらばらだったパラミリタリー
がコロンビア合同自衛軍(AUC)という名の下に再編成され、カ
ルロス・カスターニョが事実上のリーダーとなったのである。
 
 コロンビアでは1989年に大型武器の所有だけでなく、自衛以
外を目的とした小火器の所有が禁止されたが、米国の人権団体Huma
n Rights Watchの調査によると、パラミリタリーは国の諜報をコロ
ンビア陸軍と共有し、トレーニングや武器の供給すら受けている。
コロンビア陸軍もAUCもその共謀を否定しているが、国軍の基地
の隣町をAUCが支配しているようなケースもあり、その関係は現
在蜜月期にあるといってもよい。

 現在15,000人の兵士をほこるAUCは、左翼ゲリラだけで
なく、ゲリラシンパやゲリラ支配地に住む住民まで標的に凄惨な殺
戮を繰り広げてきた。Human Rights Watchによると、パラミリタリ
ーは、ゲリラよりも高い率で殺人や虐殺などの深刻な人権侵害を犯
しつづけている。
 
 2001年2月の和平交渉再開を機に、コロンビア政府は、パラ
ミリタリーの問題に関して「対策をとる」ことを公約、パラミリタ
リー問題を研究する委員会まで設置したが、この一年間有効な対策
を取ってこなかった。「取ってこなかった」という書き方はフェア
ではないかもしれない。取ることなどできなかった。コロンビア政
治を研究する際、必ず言及されることだが、国家の統治が異常に緩
いのである。そのことが和平交渉や麻薬根絶を前進させる際ネック
になっている。法律が出来てもそれを施行するだけの力が行政に無
く、税収が少ないゆえ、司法も十分に機能しない。
 
▼FARCの内部では・・・
 
 ハイジャックが和平交渉破綻の撃鉄だったとするならば、その火
薬は別のところで充填されていた。FARCによるDMZ周辺の警
察署や軍事基地へのヒット・アンド・アウェイ攻撃である。
 
 「停戦」を受け入れず、DMZの周辺を攻撃し続けるFARCに
対して、パストラナ大統領は、「片方で銃を頭につきつけてくる人
間が、もう片方の手で(停戦の)協定にサインできるはずがない」
(ニューヨークタイムズ)と鋭く批判した。
 
 今回のハイジャックと誘拐、そして止むことのないFARCのD
MZ周辺への攻撃が意味するもの。それは、FARCの内部分裂で
はないか。
 
 総司令官マルランドが統率しているからこそFARCは今のよう
に一つの組織として活動しているが、Colombia ReportのGarry M.
Leechによると、FARCの中には戦争によって革命を達成しよう
という武闘派グループと、政治的な改革を行い革命を達成しようと
いう穏健派グループがいる。
 
 DMZ周辺を攻撃しつづけ、「停戦」案に合意しなかったFAR
Cのもう一つの理由がここにある。つまり、FARC内の穏健派は
和平交渉などで活動のイニシアチブを取る一方、武闘派の離反を回
避するため、彼らの攻撃活動を一定範囲において許してきたのだ。 
 2002年1月22日に和平交渉の再開をリードしていたのもF
ARC内の穏健派だろう。去年と同じからくりで、DMZを継続さ
せようというのが彼らの狙いだった。
 
 だが、武闘派メンバーはそうは考えていなかった。無力な政府と
の交渉で和平実現やパラミリタリー対策は前進しない。彼らは、そ
う判断した。ハイジャックと誘拐によって、和平交渉を故意に破綻
させ、FARCの戦力を無駄な交渉に割くのではなく、力による革
命に向ける。そうすることで、ゲリラ活動全体のイニシアチブを穏
健派から奪還する。これが武闘派の狙いだったのではないか。
 
 ハイジャックと誘拐の原因はFARC内の分裂によって起こった
のだろう、と私は推測する。だがそれと同時に、FARC内の武闘
派をこのような活動に駆り立てた一つの理由がパラミリタリーであ
ったことも忘れてはならない。そして、そのパラミリタリーに対し
て有効な解決策を見つけ出せなかったコロンビア政府にもその責任
の一端はある。また、米国も一方的な軍事援助プラン・コロンビア
で「麻薬戦争」でコロンビアの内戦をさらなる混乱に導いた。この
ような対外政策により、FARCとコロンビア政府との関係を悪化
させた責任を取るべきであろう。
 
 FARCとAUCが米国国務省の「テロリスト組織リスト」に名
を連ねているため、「対テロ戦争」を傘に、コロンビアの内戦は悪
化の一途を辿ることになる。しかし、和平交渉の破綻によって実際
的な被害を受けるのはFARCでも、コロンビア政府でも、まして
やパラミリタリーでもない。飢えたり、拷問を受けたり、殺された
りする多くは罪の無い市民なのである。
 
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著者:橋間素基、「名もなき風景の中で」編集長

2002年3月9日