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「それじゃ、失礼しまーす」
紺色の手ぬぐいを腰から下げた職人の男が、帝劇裏の細い路地から去っていく。それを路地の入り口まで出て見送った俺と加山は、顔を見合わせて思わずため息をつき、お互いに苦笑した。
「……畳って、結構高いんだなあ」
楽屋の畳は全体的にはそれほど痛んでいるわけではないが、先日紅蘭が例によって爆発をやらかして、畳に大きな焼け焦げができてしまったのだ。今は敷物を敷いて隠してあるが、いつまでもそのままというわけにはいくまい。
加山と畳についての議論を交わしながら裏口へと入ろうとしたとき、突然に背後から声をかけられた。驚いて振り向くと、すぐ後ろに外国人の若い男性が立っていた。かなりの長身で、それだけで威圧されてしまいそうになる。
「ど、どちら様ですか?こちらは、部外者は立ち入り禁止ですが……」
その金髪の男に向き合うと、男はにっこりと微笑む。
「大丈夫、この建物に用はないんだ。用があるのは、君たち2人なんだからね」
男が喋ると、飴玉でも舐めているのか、からころとかすかに音がした。日本語が通じたとほっとするのも束の間、男はポケットの中から出した飴玉の包み紙を素早く剥き、俺の口の中に押し込んだ。
「な………?!」
目を白黒させていると、甘い香りの後に、遅れて甘い味が口の中に広がる。男は、俺の背後でぽかんとしている加山の手首をつかむと、こともあろうに素早くその唇を奪った。
「んう?!」
不意のことに加山は抵抗すらできず―――もっとも抵抗したところで、軽く180cmは越えていそうな男に上方から迫られて逃げられるとは到底思えなかったが―――口の中に男が舐めていた飴玉を舌で押し込まれた。
「……んな?!ななななな」
顔を真っ赤にしている加山の目の前で男がてのひらをぱっと開くと、ふわりと桃色の霧のようなものが広がった。それがきらきらと光を増しながら拡散してゆき、3人の身体を包むように舞ったかと思うと、すうと消える。
「?!か、加山!?おまえ……」
男のくすくすと笑う声のトーンが幾分か変わったような気がしてそちらを見ると、そこには金髪碧眼の美しい少年が立っていた。
「少しだけ、僕と遊んで欲しいんだ……いいだろう?」
先ほどまで眩しかった太陽の光がすうと遮られ、どこかからか霧が立ち込めてくる。 |