エンジェルダスト 2

 少年に手を引かれ、どこをどう歩いたのか。細い路地をいくつか曲がると、もうここがどこなのかさっぱりわからなくなってしまった。
 だらだらとした坂道を登りきると、大きな門の向こうに煉瓦造りの洋館が出現した。こんな場所が銀座付近にあっただろうか?


「ね、霧が出て少し寒いね。中に入ろう?」

少年は握っていた俺の手をぱっと離すと、突き出たバルコニーの下の大きな扉の中へと走りこんだ。

「あっ、待ってよ!」

俺と加山も、慌てて後を追う。俺たちの声はすっかり少年のソプラノに変わっており、走る足音はふわふわととても軽い。
 少年に手を引かれ、ここまで来る間に、すっかり頭の中も子供のときに戻ってしまったようだった。その証拠に、こんなにも不可思議な状況に、俺も加山も互いに意見を交わそうともしない。
 俺たちは、ありのままを理屈抜きで受け止める素直さと、知らないことを知りたい、知らないところへ行きたい、という子供特有の強い好奇心を手に入れたのだ。


 バルコニーの下の扉は玄関のようで、扉の上部には緑色の鳥がデザインされたステンドグラスが嵌まっている。
 勇んで加山と2人で扉を開けると、そこは普通の屋敷とは少々異なっていた。扉を入ったすぐ横には窓があり、その奥は小さな部屋のようだ。まるでここは……

「ここはね、病院だったんだよ」

少年が、その窓から顔を出した。そう、この構図はまさに、薬を差し出す看護婦と患者、ここは玄関であり受付だったのだ。

「早く、こっちこっち」

 少年に手招きされ、玄関から程近い部屋に入ると、そこには黄ばんだカバーのかかったソファが3つほど並んでおり、待合室として使われていたのであろうことが容易に想像できた。

 俺と加山が並んでソファに座ると、少年が本棚から大判の本をいくつか持ち出してくる。それは、古い絵本だった。タイトルは異国語で、すっかり子供になってしまっている俺たちにはそれが何語かなんてわからないし、当然読めない。
 薦められるままにページをめくってみると、美しいドレスを着た女性の絵が描かれていた。古城に黒い森、怪しげな黒衣をまとった老婆、それは古いながらも子供心をつかむのに十分な魅力を持っていて、俺も加山もその本の絵に夢中になってしまった。

 数ページめくったところで、突然にその女性は柱のようなものに縛り付けられ、鞭で打たれる。その鞭はイバラのつるでできていて、女性の真っ白な肌に真っ赤な模様ができていた。血が出ているのかもしれない。次のページでは、女性は鳥かごのようなものに入れられ、吊るされていた。その下には、川が流れている。これからその川に、かごごと沈められるのだろうか。
 俺はひどく動揺した。残酷な場面のはずなのに、どういうわけか目が離せないのだ。隣で同じ本を覗き込んでいる加山をちらりと見ると、加山も食い入るようにこの惨い絵を見つめている。 

「どう?面白いだろう。僕は、ここにある絵本が大好きなんだ」

 他の絵本も見せてもらったが、どれも似たような残酷な場面があった。内部にたくさんのとげの生えた大きな人形の中に入れられたり、轡のような部分があって口を閉じられなくなる仮面をかぶせられたり、水車や大きな車輪に縛り付けられる人もいた。

 それらの残酷な場面を見ると、どういうわけか胸がざわざわと音を立てるようで、とても落ち着かない気分になった。怖いと思うのと同時に、説明できない感情が湧きあがってくる。もっとこの絵を見ていたい、もっと他の、もっと残酷な絵を見てみたいと思った。

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