エンジェルダスト 3

 「………ねぇ、僕飽きてきちゃった。他の部屋に行こう」

 少年が待合室を走り出て行ってしまったので、俺と加山は絵本をソファに置き、その後を追う。廊下を突き当たるとそこに扉があり、少年はその中へと俺たちを招いた。

 「………ここは」

 中は広く、2面の白い壁には大きな窓がある。がらんとしていたが簡素な寝台が置いてあり、この部屋の用途が想像できた。

「診察室だよ。ねぇ、お医者さんごっこしよう」

少年はどこから取り出したのか、首から聴診器を下げている。加山の手を引っ張ると、少々強引に加山を寝台に寝かせた。

 「はい、お腹と胸出して」

 加山は少し困ったような顔をしていたが、聴診器を手にした少年に気圧されるように、着ていた上着をぺろりとめくった。白くてやわらかそうな腹と、小さな乳首のついた薄い胸があらわになり、俺は少しどきりとする。
 少年の聴診器がぺたりとその胸に当てられると、冷たいのか加山は少し身をすくめる。少年は数回それを繰り返し、難しい顔をしながら首をかしげたりうなったりしていて、まるで小さな舞台俳優を見ているようだ。不意に、少年がこちらに手を出す。

「ピンセット。早く」

 どうやら俺は看護婦役のようだ。
 少し離れた壁際に古びた白い戸棚があったので、その一番上の引出しを開ける。中にはほとんど何も入っていなかったが、忘れられたように小さめのピンセットが転がっていた。

「痛いのはここ?」
「ひゃっ!?」

 少年が、俺から受け取ったピンセットで加山の乳首をつまんだ。やわらかい肌への鋭い刺激に、加山の身体がびくりとはねる。

「や、やだ……やめろ、よっ」
「患者さん、暴れちゃダメですよ。看護婦さん、足押さえて」
「は、はい」

俺は加山の足首をつかむ。言うほど暴れているわけではなかったのでそれは容易だったが、方々をつままれては身悶える加山に、俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
 加山のやわらかい髪は寝台に広がって乱れ、痛さとくすぐったさに呼吸を乱し、目に涙を浮かべている。ピンセットでつままれた跡が白い肌に点々と赤く残り、そのえもいわれぬ景色に眩暈さえ覚えた。

「うーん、原因がわかりませんねぇ。悪いのは、こっちかな?」

 少年の手が加山のズボンにかかったので、俺は驚いて手を離してしまった。まさか加山の下半身まで、その冷たいピンセットで検分しようというつもりだろうか。
 加山は戒めを解かれてがばりと起き上がり、真っ赤な顔でズボンを下ろされまいと抵抗した。すると、少年は意外にもすぐに諦めて手を離す。

「それじゃ、包帯巻きます。看護婦さん、包帯持ってきて」
「は、はい……」

 先ほどの戸棚の別の引き出しから、すぐに包帯は見つかった。
 それを少年に渡すと、くるくるとそれを加山の胸や腕や、頭にまで巻いてしまう。加山は黙って、しかし幾分か不思議そうに、自分の胸やら腕やらが白い布で巻かれていくのを見つめていた。
 日頃怪我をしたとしても、それはひざをすりむいたとかその程度で、包帯を巻くということなど滅多にない。包帯というものを何か特別な衣装のように感じていた俺は、加山を少し羨ましいとさえ思った。
 包帯の白さが妙に眩しくて、近寄り難いような、まるでそこに触れてはいけないと警告されているようだ。その白さという非日常性に、絵本で見る古代ギリシアの神様や、天使の装束さえ見出してしまえそうだった。

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モドル