|
「………おい、何してるんだ?」
いたるところを噛まれ、舐められて、すっかり消耗してしまった俺の耳に、耳慣れない声が響く。ぐったりと垂れていた頭を上げると、俺たちのいる和室の障子を開けて、廊下から人が入ってくるのが見えた。
「またおまえは、妙な遊びをして……ぐったりしてるじゃないか。大丈夫か?」
入ってきた男は随分と長身だが、若い日本人のようだった。柱に縛り付けられたままぼうっとしている俺を抱きとめるようにしながら、包帯を解いてくれた。しかし、何か違和感を感じる。
「ふふふ、見つかっちゃった。大丈夫だよ、ちょっと遊んだだけだからさ」
少年が、甘えるように男の腕に自分の腕を絡める。その日本人の男は特に動じるふうもなく、くるりと廊下に向かってきびすを返した。そこで初めて、男が長い髪を後ろで束ねていることに気づいた。
「こいつに付き合わせたみたいで、悪かったな」
俺たちが口を開く前に、少年は頭上に大きく何かを撒いた。それは桃色の霧になって、きらきら、ふわふわと俺たちを取り巻く。途端にぐらりと目が回った。
ぼんやりと意識が闇から引きずり出され、身体を揺さぶる手に応えるべく重たいまぶたを開けた。俺の顔を覗き込んでいる人物の顔が、だんだんと明瞭になる。
「………さくら、くん?」
ゆっくりと身体を起こし、辺りを見回す。どうやらここは帝劇の楽屋らしい。畳の上を見ると、少し離れた敷物の上で、加山がのびていた。
「……おい、加山」
俺は黙って加山の額をぺちんと叩いた。
「あいたっ………あれ?大神………さくらさんも」
さくらくんが心配そうな顔で、まだぼんやりとしている俺と加山を交互に見ている。俺ははっと気づいて、楽屋の時計を見た。短針は、7時を指している。
「……今って、夜かい?」
どうやら、浦島太郎になったわけではないらしい。随分と長い時間少年と遊んでいたような気がするが、せいぜい3、4時間といったところだろうか。
「ああ、もう7時になっちゃった!みんな食堂で待ってますよ。加山さんもよろしければご一緒にどうですか?」
手洗に寄りたいから先に食事を始めていてくれ、とさくらくんと廊下で別れ、俺と加山はとりあえず1階の洗面所に来た。
「……ゆ、夢じゃなかったんだなぁ〜」
シャツの襟を直し、その歯型が隠れることを確認してほっとため息をつく。花組の皆に見られたら一大事だ。
「………なあ、これ、少年の歯型にしては……」
加山が確かめるように俺の首に噛みつこうとしたので、顔面を押しやって避けた。
「いたたたたた」
「由里くん、今帰りかい?お疲れ様」
噂話に目がない由里くんが、きらきらと目を輝かせて俺と加山を交互に見た。そして、声をひそめて話し出す。
「最近、欧州の方から少し危ない薬が入ってきてるらしいのよ。アンジュ・プシェールっていうんだって。楽しい幻覚が見られるらしいわよ」
俺と加山は顔を見合わせた。加山はものすごく微妙な顔をしている。多分、俺も微妙な顔をしているだろう。
俺が感じていた違和感も、薬物による幻覚だったのなら説明がつくかもしれない。自分たちは少年になっていると思い込んでいたが、実際にはこのままで、だから相対的に身体の大きさが違うはずの「大人」が介入してきたときに、違和感を感じたのだ。
「エンジェル・ダストか……」
どうやら、調査の必要がありそうだ。 おわり |