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気づいたときには深刻になっている。いや、深刻になっているから気づくのだ。
それは巧みな戦法だった。
いつものスーツ姿の加山は、その下になされているであろう武装にも関わらず、身軽にこちらを攻撃してくる。
「……裏切った?それは違うぞ、大神ぃ」
俺の突き出した剣先をひらりと避け、独特の重い太刀筋で剣が振り下ろされる。
「何が違うと言うんだ!!俺も帝劇の皆も、おまえのことを信じて……!!」
相手に加山がいると判明し、帝撃は混乱に陥った。俺の申し出を受けた司令が、俺の単独での奇襲攻撃を許可してくださったのだ。俺にとっても帝撃にとっても、これは危険な賭けであると言わざるを得まい。
がちん、と剣と剣が合わさり、鍔迫り合いとなる。闇夜に煌く白刃の向こうに、加山の鳶色の瞳が見えた。
「……最初からオレは、間者だったというわけさ。帝撃を良く思わない方々がいるってこと、おまえだって知らないわけじゃないだろう?だから、オレは、裏切り者じゃ、ない」
強く押し付けられる刃を渾身の力で押しやり、後ろに跳び退る。
剣を構えた腕がぶるぶると震える。いつの間に怪我をしたのか、てのひらが滑るのは汗のせいばかりでなく、流血のせいでもあると気づいた。
「……おまえが来ないのなら、こちらから行くぞ!」
地面を蹴り、間合いを詰めてきた加山が素早く手首を返したのを捉え、こちらも刃を返してそれを受け止める。次々に仕掛けられる攻撃を受け止めるが、じりじりと追いつめられていくのがわかる。
頭の中に、今までのことが去来する。
俺の胸元に突き付けられた加山の剣が、寸前でぴたり、と止まる。
雪を運ぶ風の音を押し退けて、お互いの呼吸の音がごく近くで聞こえる。
頬に触れる外気は冷たいのに、胸が、燃えそうに熱い。
「……どうして!!どうしてオレを殺さない……!!」
加山の喉元に突き付けていた短刀は、加山の喉を斬り付けてはいるが、ごく浅い傷をつけただけだった。
「か……やま……。すまない。俺………やっぱり、おまえを殺せそうには………ないんだ」
「……な、んだ?」
それは、寺院の鐘の音だった。ちょうど、大晦日の除夜の鐘のような。
今までに経験したことのない頭痛と共に、様々な光景がオレの脳裏に瞬く。ぼんやりとした意識が徐々に明瞭になり、先ほどまでの自分の行動や言動が、改めて思い返される。
「そ……うだ、オレは……暗示にかけられて…………なんて……なんてことをっ………!」
……そんなに、泣かないでくれ………
「………大神っ!気がついたのか!!」
押し殺したような、小さな叫び声が聞こえる。
「……か、やま……?」
聞き慣れた声が、震え始めたのがわかった。頬を撫でるやさしい指もまた、震えているようだ。その温かさに頬を寄せ、何にも思い至らずに、引きずり込まれるように俺はまた眠りに落ちた。
帝劇の中庭には、やわらかい冬の陽射しが降り注いでいる。建物の陰になる部分にはまだ残っているが、先日降った雪はあらかた溶けてしまったようだった。
「最近、帝都で不審な事件が多かったでしょう?まさかそれが、お寺の鐘の音を使った催眠術で引き起こされてたなんて……場所にも犯人にも、共通点がないはずだわ」
花組と月組によって、敵の親玉は捕えられた。密教系の寺院の僧侶たちが犯人であったらしい。彼らの主張することは常人にはまったく理解不能で、司法も手を焼いているようである。
「……今回の催眠を解く鍵となっていた、あの鐘は誰が?」
ちゅんちゅんとすずめが鳴いているのが聞こえる。見ると、中庭の木の枝に、羽に空気を含んで丸くなったすずめが数羽とまっていた。
「……俺は、大神を刺しました。それでも…?」
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。吐く息は、白い。
俺は、おまえに殺されたかったんだ。 俺たちの思い出が、壊れてしまいそうだったから。 だったらおまえの手で、思い出ごと閉じ込めて欲しかった。 自分がここまで、おまえとの思い出にすがって生きていたなんて、俺も知らなかったよ。
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