井上一樹様 御中

夜空と鐘と、その思い出

 気づいたときには深刻になっている。いや、深刻になっているから気づくのだ。
 新年が明けてすぐに、帝都の数箇所で爆発が起きた。
 最初は稀にある、過激派によるテロだと思われていたのだ。

 それは巧みな戦法だった。
 手の込んだ陽動を用い、その結果の少数を相手に心理作戦に出てくる。
 兵は戦意を喪失、悪ければ気がふれて病院送りとなった。




 「……加山っ!!何故裏切った!!」

 いつものスーツ姿の加山は、その下になされているであろう武装にも関わらず、身軽にこちらを攻撃してくる。

「……裏切った?それは違うぞ、大神ぃ」

俺の突き出した剣先をひらりと避け、独特の重い太刀筋で剣が振り下ろされる。

「何が違うと言うんだ!!俺も帝劇の皆も、おまえのことを信じて……!!」

相手に加山がいると判明し、帝撃は混乱に陥った。俺の申し出を受けた司令が、俺の単独での奇襲攻撃を許可してくださったのだ。俺にとっても帝撃にとっても、これは危険な賭けであると言わざるを得まい。


 「………もともと、帝国華撃団・月組なんて存在しなかったのさ。隠密部隊だなんて、我ながらうまい口実を思いついたものだ」
「な……!!」
「司令も副司令も、各組隊長もよく騙されてくれたよ。……ま、帝撃よりもずっと上が俺の後ろにはついてるんだから、当然と言えば当然だがな」

がちん、と剣と剣が合わさり、鍔迫り合いとなる。闇夜に煌く白刃の向こうに、加山の鳶色の瞳が見えた。

「……最初からオレは、間者だったというわけさ。帝撃を良く思わない方々がいるってこと、おまえだって知らないわけじゃないだろう?だから、オレは、裏切り者じゃ、ない」

 強く押し付けられる刃を渾身の力で押しやり、後ろに跳び退る。
 さっきから加山は何を言っているんだ?俺は何を聞いた?どうして俺たちは戦っているんだ?


 「……さあ、これでわかっただろう。オレを倒せ、大神ぃ。おまえが迷う必要など、なくなった」
「……加山!!俺は……俺は!!」

剣を構えた腕がぶるぶると震える。いつの間に怪我をしたのか、てのひらが滑るのは汗のせいばかりでなく、流血のせいでもあると気づいた。

「……おまえが来ないのなら、こちらから行くぞ!」

地面を蹴り、間合いを詰めてきた加山が素早く手首を返したのを捉え、こちらも刃を返してそれを受け止める。次々に仕掛けられる攻撃を受け止めるが、じりじりと追いつめられていくのがわかる。


 「…どうした大神ぃ。どうして打ってこない。オレは敵だと言っただろう」
 「………おまえが敵なら、どうして……どうして……っ」

 頭の中に、今までのことが去来する。
 何度も笑い合い、何度もふざけ合い、何度も助けられた。
 それらの思い出がすべて、脆い硬質なもののように崩れていく感覚に陥る。
 ひらり、と曇天の夜空から白いものが舞い降りてきた。
 物凄い衝撃を両手に感じたときには既に、俺の剣は夜の虚空に弾き飛ばされていた。


 「……大神ぃ……」

 俺の胸元に突き付けられた加山の剣が、寸前でぴたり、と止まる。
 俺が素早く懐から出した短刀も、加山の喉元で止まった。
 舞う雪が、俺たちの間を冷たく吹き抜けてゆく。


 「……それで良い、大神。オレはおまえと、一度本気で戦ってみたかったんだ。このまま、戦士として、死のう」

 雪を運ぶ風の音を押し退けて、お互いの呼吸の音がごく近くで聞こえる。
 加山の乱れた前髪の間から見える目が一度閉じられ、再度開く瞬間。
 深く素早く、息を吸い込んだ。



 「お……大神………」

 頬に触れる外気は冷たいのに、胸が、燃えそうに熱い。
 俺の胸に突き刺さった加山の剣から、何かが流れ込んでくるかのように、また、何かが流れ出ていくように感じた。
 じわじわと温かく胸が、背中が濡れていくのがわかった。

 「……どうして!!どうしてオレを殺さない……!!」

 加山の喉元に突き付けていた短刀は、加山の喉を斬り付けてはいるが、ごく浅い傷をつけただけだった。

 「か……やま……。すまない。俺………やっぱり、おまえを殺せそうには………ないんだ」
「大神ぃ!!」
「……俺、が、死ねば、帝撃は………ためらわなくて、すむ。お、れは…………おまえを、殺せない………誰にも、嘘は、つけないんだ………」



 ゆらり、と倒れ込んでくる大神から剣を引き抜くと、ぼたぼたと音を立てて真っ赤な血が地面に落ちた。雪の積もり始めた土の上の白色を、塗り替えてゆく。
 力の抜けた大神の身体を抱きとめ、支えると、風に乗って音が聞こえてきた。

「……な、んだ?」

 それは、寺院の鐘の音だった。ちょうど、大晦日の除夜の鐘のような。


 「う……っ!く…………ああ……っ……」

 今までに経験したことのない頭痛と共に、様々な光景がオレの脳裏に瞬く。ぼんやりとした意識が徐々に明瞭になり、先ほどまでの自分の行動や言動が、改めて思い返される。

「そ……うだ、オレは……暗示にかけられて…………なんて……なんてことをっ………!」




 もうほとんど混濁してしまった意識の底で、麻痺した身体を強く抱きしめる腕があることを感じた。


……加山、かやま……
……そんなに、泣かないでくれ………




 暗いところから掬い上げられるように、意識が浮上する。
 そして、手足や頭がずしりと重いように感じる。強い消毒薬の匂い。
 ごく自然に目を開けると、俺の傍らには誰かが座っているようだった。

 「………大神っ!気がついたのか!!」

 押し殺したような、小さな叫び声が聞こえる。

 「……か、やま……?」
「……大神ぃ、良かった………すまなかった……本当に………」

 聞き慣れた声が、震え始めたのがわかった。頬を撫でるやさしい指もまた、震えているようだ。その温かさに頬を寄せ、何にも思い至らずに、引きずり込まれるように俺はまた眠りに落ちた。



 「……まさかあなたまでが暗示にかかるなんてねぇ。厄介な相手だったわね」
「副司令、……本当に、申し訳ありませんでした」
「あなたのせいじゃないわ。それにしても、月組隊員の皆にもちゃあんと謝ってちょうだいね。皆、すごく憔悴してたんだから……」

 帝劇の中庭には、やわらかい冬の陽射しが降り注いでいる。建物の陰になる部分にはまだ残っているが、先日降った雪はあらかた溶けてしまったようだった。

 「最近、帝都で不審な事件が多かったでしょう?まさかそれが、お寺の鐘の音を使った催眠術で引き起こされてたなんて……場所にも犯人にも、共通点がないはずだわ」

 花組と月組によって、敵の親玉は捕えられた。密教系の寺院の僧侶たちが犯人であったらしい。彼らの主張することは常人にはまったく理解不能で、司法も手を焼いているようである。

「……今回の催眠を解く鍵となっていた、あの鐘は誰が?」
「ええ、アイリスと夢組のおかげよ。間に合って良かったわ」

 ちゅんちゅんとすずめが鳴いているのが聞こえる。見ると、中庭の木の枝に、羽に空気を含んで丸くなったすずめが数羽とまっていた。

「……俺は、大神を刺しました。それでも…?」
「…いいえ、違うわ。あのまま、自分を取り戻さないままに大神くんを殺していたら、あなたの方が大変なことになっていたということよ。……そりゃ、大神くんが命を取りとめたからこそ、言えることではあるけど、ね」

 ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。吐く息は、白い。





加山。
俺は、おまえに殺されたかったんだ。
俺たちの思い出が、壊れてしまいそうだったから。
だったらおまえの手で、思い出ごと閉じ込めて欲しかった。
自分がここまで、おまえとの思い出にすがって生きていたなんて、俺も知らなかったよ。



 「……加山、これでまた、思い出が作れるよな」
「……ああ。勿論だ、大神ぃ」


 医務室は暖房が効いて、暖かい。
 交わす視線の間には、あのときの雪はもう降っていない。
 俺たちの思い出はきっと、甘く淡く昇華されすぎたんだろうな。

モドル