エンジェルケーキ 1

拒絶されたことだけが、はっきりとわかった。

「……オレは、弱い。だから、甘やかしてしまうと思う、おまえを。そしておまえは、普段張り詰めてる分、甘やかされたら止まらなくなりそうだ。お互いのために、よくない」

そもそも、どうして俺はこんなことを言ってしまったんだっけ。
わかっていたはずじゃないか、受け入れられないことくらい。

「オレは、放っておけないだろう、頑張っているおまえを。そして、余計な手出しをしてしまうと思う。これは、オレの弱さなんだ。……今まで、これで相手を傷つけてしまったことが数度ある」

目の前に立っている彼に、つい口が滑ったとしか言いようがない。

「だから大神、おまえとはそういう関係には、なれない。……ごめんな」



夕暮れ時の帝鉄に乗ってみた。思っていたほど混んではいない。
板張りの床をぼんやり眺めて、停止している思考をそのままにした。
どれほどの時間をそうしていただろうか、視界に茶色い革靴が入ってきて我に返った。
上等そうな革靴だ。紳士物で、サイズも結構大きい。
混んでいない車内で、自分に近い位置に立たれたことを不審に思い、のろのろと顔を上げた。
思いのほか高い位置に顔があって驚き、目が合ってまた驚いた。
最近帝劇に出入りしている、実業家のフランス人青年のカミュだったからだ。

「隣、座っていいですか」
「……ど、どうぞ」

十分に座るスペースはあるはずなのに、彼は太ももが触れるくらい近い位置に腰を下ろした。
スラックスに包まれたすらりと長い脚に、一瞬見とれる。

「いやぁ偶然ですねぇ、こんなところで帝劇支配人とお会いできるなんて」
「そ、そうですね」
「ま、それは軽い冗談で、本当は尾行してきたんだけどね」
「はぁ?」

軽い口調でぺらぺらと流暢な日本語を喋るので、奇妙で仕方ない。
しかも簡単に嘘をつくから尚更だ。

「さっき、立ち聞きしちゃったんだよねぇ。支配人が、誰かと喋ってたの。支配人室の前で」
「なっ……!」
「振られちゃったんだ?ねえ、飲みに行こうよ。おごるからさ」

タイミングよく停車した帝鉄を、手を引かれて無理やり下ろされる。
そこは偶然にも繁華街だった。
いや、本当に偶然なのだろうか。
しかし、考えるだけ疲れるのでやめた。

手を引かれて、路地裏の1件の店に入った。
入り口のステンドグラスに、猫の目がデザインされているのが印象的だ。
カウンタの中には、美しい中年の女性がグラスを磨いていた。

「奥、いいかい?」
「ええ、空いてるわよ」

その店の主人なのか、カウンタの中の女性との簡単なやり取りの後、奥の薄暗い席へと連れて行かれる。
店内は全体的に暗く、音楽がかかっている。
耳を塞ぐほどの音量ではないが、ちょうど、小声で喋るには耳元で囁かないと聴こえないように設定されているのではないかと思えた。

「で、どうしたの?どうして君みたいな人が振られるの?」
「どうしてって……うーん……」

女性が運んできたボトルの酒をグラスに注ぐと、カミュは俺に手渡す。
彼が微笑みながらじっと見つめてくるので、一口酒を口に含んだ。
名前のわからない洋酒は、とてもいい香りがして、すうと吸い込まれるように喉に染み込んだ。

「……甘やかしてしまうから、駄目と言われた。よく、わからないけど」
「ふうん?随分とまぁ、前向きな理由だ」
「理由は、いいんだ。断られると……わかっていたから。ただ」
「ただ?」
「……どうして、そんなことを言ってしまったのか、わからないんだ。自分が」

見つめていたグラスに酒が注がれ、促されるままにグラスを傾ける。
もう酔いがまわってきたのか、ふわふわと気持ちがよかった。

「本当は、言うつもりなかった、ってこと?」
「うーん……それとも違うかな。まさか、自分が……あいつを好きだとは思ってなかった」
「へえ?」

カミュが目を丸くして驚いている。緑色の瞳が、店内の暗さで灰色がかって見えた。

「どうしてかな……口にして初めてわかったんだ、自分の気持ちが」
「ふうん……」
「破綻してるよな」

気づいたときには既に、かなわぬ恋となっていた。
それもそうだろう、男に、しかも親友にこんな気持ちを抱く、自分がどうかしているのだ。

「……少し、疲れてるんじゃない?支配人」
「えっ……」

ぐいと腰を抱き寄せられ、やわらかいソファの上でバランスを崩し、カミュの胸に倒れこむ格好になる。
突然のことに驚いて、身体が固まってしまったように動かなかった。

「ほら、こうして……抱かれてると、安心するでしょ?だからさ」

背中と腰を抱かれ、彼の胸に密着した形で、耳元で囁かれる甘い言葉。

「ボクが、君を甘やかしてあげるよ。君は、少し誰かに甘えた方がいいんだ」

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モドル