celery様 御中

彼が煙草を吸う理由

 宿舎の裏手には、焼却炉がある。ごみを焼くためのところだ。各部屋で出るごみは、当番が集めてそこで焼くことになっている。今日の当番は優等生、大神であった。
 江田島に来て初めての冬。故郷の栃木よりも随分暖かい気候に、どうも冬本番なのだという実感が薄い。それでも、まだ幼い頬は、冬の外気でほんのり赤く染まっていた。
 焼却炉のある裏庭への通路を進むと、宿舎の陰からゆらゆらと煙が漂っているのが見えた。誰かがいるのであろうことは想像に難くないが、吐く息にしては少し白すぎる、と訝しみながら大神がそこに近づく。すると、そこにいたのは同室の加山であった。


 「いよう、大神ぃ」
「加山……一体何をしてるんだ?」

大方上級生であろうと思っていた大神は、加山がいたことに多少なりとも驚いた。しかし、それよりも驚いたのは、加山が悠然と煙草をふかしていたことだった。

「…見りゃわかるだろ〜?喫煙中だ」
「そ、そんなことはわかっている!…おまえ、煙草なんか吸ってたのか!それに、一体どこから…」

未成年者の喫煙は、明冶時代から法律で禁止されている。目を三角にしている大神を物ともせず、加山はがさごそと衣服のどこからか煙草の箱を取り出した。

「この間、街に行ったときに手に入れてなぁ。ほら、ゴールデンバットだ。別にオレは両切りにこだわりがあるわけではないんだがな〜」

唖然としている大神の前で、加山はぷかぷかと煙草をくゆらせる。優等生の大神には、とても信じられない行為であるのに違いない。そんな大神を、加山は愉快そうにちらりと見る。

 「……おまえ、ひょっとして、吸ったことないのか?」
「あ?!……わ……悪いか!おまえこそ、法律で罰せられるぞ!」

人を小馬鹿にしたようなものの言い方に、かちんときた大神は声を荒げた。少年にとって、同年代の少年が経験済みであることを未経験だというのは、妙に恥ずかしく、悔しいことだ。しかし、その正当性を主張することで、大神はなんとか幼い矜持を保とうとする。

「……吸ってみるか?」
「断るっ!」

少々顔を赤くして、大神はぷいと横を向く。手にしていたごみ入れを持ち直すと、焼却炉に向かって歩いていった。ごみを焼く仕草が、少々荒っぽく見える。

(……か〜わいいよなぁ、大神って。からかいがいがあって。頭は良いのになぁ〜)

加山は大またで大神の背後に近づきながら思う。

 「…そ〜んなこと言わずに、ちょっと味わってみろよ」
「だから、いらんと……っ?!」

振り向いた大神の唇を、加山が強引に唇で塞ぐ。咄嗟のことに判断能力を失っている大神に、深く唇を押し付けた。ふわりと漂い、口内に流れ込む煙草の苦い味。

「……んなっ!何をするっ……!」

大神は自分とほぼ同じ高さにある加山の肩を、無理やり押し退ける。大神は顔を耳まで真っ赤にしており、そんな大神の様子に加山はにやり、と笑う。

「……大神ぃ、どうだ?初めての煙草の味は?」
「………まずいっ!」

大神は、怒ったように乱暴にごみ入れを引っ掴むと、肩をいからせてずんずんと宿舎に向かって歩いて行ってしまった。そんな大神の後ろ姿を、加山は少年らしい無邪気な、しかし同時にかなり邪な笑顔で見送った。

「……初めてだったのは、煙草だけだったのかなぁ〜?」




 深夜の帝劇のある一室、その窓辺から立ち上る紫煙。部屋の主が窓枠に肘をつき、夜空に向かって煙草をふかしていた。

「……お?珍しいなぁ、大神が煙草を吸うなんて」

頭上から突如降ってきた声に大神が顔を上げると、どう身体を支えているのか、加山の顔がにゅっと屋根のひさしから突き出していた。

「加山。やっぱりおまえ、いつも屋根から来てたんだな」
「まあな〜、窓の下に足がかりがないからな。……おまえも上に来いよ。星がきれいだぞ〜」


 大神が屋根裏部屋から屋根の上に出ると、既に加山は腰を落ち着けて煙草を吸っていた。寒いので、余計に煙が白く見える。

「ん」

加山が煙草の箱を差し出す。ゴールデンバットだった。大神が1本抜き取ると、加山が自分の吸っている煙草を咥えたまま突き出す。

「火はここから」
「……ああ」

大神はくすり、と笑うと、加山に顔を寄せてゆっくりとそこから火を貰った。


 「……おまえ、昔はあんなに煙草を嫌ってたのになぁ。どうして吸い始めたんだ?」
「……それは、な」

大神は煙草を口から離し煙を長く吐き出すと、もう片方の手で加山の煙草を口から奪い取る。そして、そこにゆっくりと口づけた。ふわふわと漂う、煙草の煙。

「……こういうことだ」

大神が、少し意地悪そうに笑う。今度は、加山が赤面する番だった。
 煙草を吸っているときは、加山とキスをしている気分になる。そこまで果たして加山に伝わったのかどうかは、怪しいところだが。


 夜空に漂う煙は、白くゆるゆると拡散し、遠くへと流されてゆく。
 あまり空気のきれいでない帝都も、こんな夜の屋根の上ならば喫煙にはおあつらえ向きだ、と2人は声に出さずに思ったに違いない。



モドル