くりぞお様 御中

アンチ密室、その理由は? 問題編

 今日も今日とて、平和な帝劇。
 先日には花組の公演が終わったばかりだ。帝劇職員にはやらなければならない仕事が多くあったが、女優たちは大盛況の中千秋楽を務め上げた開放感からか、皆のんびりとしている。やはり、女優たちがのんびり、ゆったりと過ごしていると、いくら職員は忙しくとも、帝劇の中が何となく和やかな雰囲気に満ちているのだ。
 冬の陽射しが帝劇を包んでいる、そんな天気の良い午後のことだった。


 「お・に・い・ちゃん!」

 売店で椿の仕事の手伝いを終え、大神が支配人室に向かおうと廊下を歩いていたときであった。

「ん?アイリス、どうしたんだい?」

大神が振り向くと、アイリスがいつものようにジャンポールを抱きしめてにこにこと微笑んでいた。駆け寄ってくるアイリスと目線を合わせるべく、大神が少し腰をかがめる。

 「おにいちゃん、公演が終わったらデートするやくそく、おぼえてる?アイリス、おにいちゃんとデートするためにすっごくがんばったんだよ!」
「うん、勿論覚えてるよ。じゃあ…明後日で良いかな?確かに、アイリスはすごく頑張ってたから、ご褒美に何かおいしいものでも食べに行こうか」

アイリスの柔らかい金色の髪を優しく撫でると、アイリスが頬を赤くしてジャンポールに顔を隠す。

「えへへへ……アイリス、うれしいな!……あのね、ちょっと前までは頭なでられるの、子供あつかいされてるみたいでいやだったんだけど……」

アイリスは、髪の上にそっと置かれた大神の手に、うっとりと嬉しそうに目を細める。

「でもね、おにいちゃんになでられると、とっても………とってもしあわせな気持ちになるんだよ!」

アイリスの笑顔と、自分への好意を素直に伝えてくれることに、大神も幸せな気分になり、2人でにこにこと微笑み合った。さくらくんあたりに見られたら、背中をつねられるだろうな……と大神が思うと、ふと背筋に何やら悪寒が走る。

「!?」

思わず辺りを素早く見回すが、廊下に人影はない。

「……どーしたの?おにいちゃん」
「……い、いや、なんでもないよ」
「ふーん?……あ!アイリス、パパとママにお手紙かこうと思ってたんだ!はやくおへやにもどらなきゃ。じゃあね、おにいちゃん!」

アイリスはにっこり微笑むと、くるっときびすを返して小走りに駆けて行った。大神は、さっきの悪寒に疑問を感じながらも、アイリスが階段へと廊下を曲がるのを見送る。ふわふわとした後ろ姿がとてもかわいらしく、無意識に微笑んだままで、大神は支配人室のドアをノックした。

「……大神かぁ?入ってこ〜い」


 5分ほど支配人と話をしただろうか。次の仕事の指示はかえでに仰げ、と言われ、大神がかえでの部屋へ向かうべく階段を上りきったところだった。

 「きゃっ!」

アイリスが、自室のドアの前で立ち尽くしている。

「どうした、アイリス!」

何事かと、大神はアイリスに駆け寄る。アイリスは何も言わず、目を見開いて廊下から室内を見ていた。その視線の先をたどると、ベッドの上に置かれた不審な箱に行き着いた。

「……あの箱が、どうかしたのかい?」
「お、おにいちゃん……あの箱ね、アイリスのじゃないの!」

アイリスは大神の服の裾を掴んで、必死に訴える。そんなアイリスをなだめるように、大神は意識的に普段よりも優しい声で話し掛けた。

「…じゃ、誰かが置いていったってことかい?」
「そんなはずないよ!だって、だって……アイリス、おへやにカギ、かけてたんだもん!」
「え?!」

そういえば、最近アイリスは部屋に鍵をかけるようになった。部屋に鍵をかけているかどうかは人によってまちまちなのだが――例えば、カンナなどは滅多に鍵などかけないのだが――、年頃の女の子特有の、他人に干渉されたくないという心の表れなのだろう、以前はアイリスもカンナ同様鍵などかけていなかった。アイリスも、着々と大人に近づいているということか。

 「ちょいと2人とも、静かにしてんか」

 いつの間に来たのか、紅蘭が大神を押しのけてアイリスの部屋に首だけ突き出す。騒ぎを聞きつけたのか、後ろにかえでも来ていた。

「……変な音はせえへんし、爆弾やなさそうや。ベッドがへこんでないとこを見ても、重くはなさそうやし…大神はん、調べてみてくれへんやろか」
「……わ、わかった」

箱から不審な音がしないかと耳をすましていた紅蘭が、眼鏡のブリッジを押し上げながら大神に振り向く。大神は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。

「気をつけてね、おにいちゃん」
「大神くん……」

心配そうなアイリスとかえでを背に、アイリスの室内に踏み込み、そっと箱を手に取る。それは一辺が7センチくらいの立方体に近い形で、厚紙でできていた。確かに変な音はしないし、とても軽い。用心して、箱のふたをそっと開けると……

「ぅわっ!!」
「大神はん!」
「おにいちゃん!」
「大神くん!」

 大神が驚いたのも無理もない。箱から勢いよく飛び出してきたのは、ばねの先端に固定された人形……つまり、びっくり箱だったのだ。

「な……なんや、びっくり箱かいな。人騒がせなやっちゃな〜」

紅蘭が気の抜けた声を出し、手にスパナを持ったままぽりぽりと頭をかいた。

「な〜んだ、アイリス、心配してソンしちゃった」

アイリスは箱を持ったまま立っている大神に駆け寄ると、ばねの先で揺れる人形を興味深そうに見つめる。どうやら鳥のようだが、黒く塗られているところを見ると、カラスのつもりだろうか。
 かえでと大神は、思わず目を見合わせる。

 「……いたずらにせよ、一体誰がどうやって、こんなことを?」


 問題のものがびっくり箱だったことに気をとられたのか、まるで何もなかったかのようにアイリスは自室に入っていった。紅蘭は、大方発明品の製作中なのだろう、それどころじゃないといったふうに足早に自室へと戻る。かえでと大神は互いに顔を見合わせ、首をひねりながらも、大神の次の仕事のために2人でかえでの部屋へと向かった。

 「……えっ?!」

 部屋のドアを開けるなり、かえでが突然足を止めたので、大神はかえでにぶつかりそうになる。

「ど、どうしたんですか?かえでさん」

かえでの頭ごしに室内を見回すと、なんと鏡台にアイリスの部屋に出現したものと同じ箱が乗っているではないか。

「か、かえでさん!あれ……」
「…また、びっくり箱かしら?」

用心しながら大神が箱を手に取り、ふたを開けてみると、やはりびっくり箱であった。ばねの先には、今度はどんぐりと竹ひごで作られたおもちゃがくっついている。……おそらく、やじろべえと呼ばれるあれだ。

 「……部屋の鍵、私はかけてなかったわ。いくら近くにいたとはいえ、皆アイリスの部屋の中に気を取られていたもの……誰かが私の部屋に入ったとしても、気づかなかったかもしれない…」
「………いえ、ちょっと待っててください、かえでさん」
「え?ちょっと、大神く……」

 少し考え込むような素振りをしていたが、大神はかえでをその場に残し、すたすたと部屋を出て行ってしまった。かえでが大神の後を追おうと部屋の外に出ると、大神はサロンに到着したところのようだ。そこに座っているすみれと話をしている。

 「……すみれくんは、誰も見ていないそうです」
「え?どういうこと?」
「すみれくんは、20分ほど前からあそこに座って、紅茶を飲んでいたのだそうです。その間、見るともなしにこちら側の廊下を見ていたのだそうですが……かえでさんが先ほど、アイリスの部屋に行くために部屋を出たのは見ていたそうです。騒々しいので何事か、と思いつつも、すみれくんはその場を動かずにいたらしく、俺たちがかえでさんの部屋のドアを開けるまで、誰もかえでさんの部屋のドアを開けた者はいない、それどころか、誰も廊下を通らなかったと」

 大神の話を聞くと、かえでは部屋の奥の窓に近寄り、窓を開ける。

「ああ、私、窓の鍵をかけ忘れていたみたい。でも……ここ、2階よ?こんないたずらのために、わざわざ窓から入る人なんているかしら?」

窓の鍵が開いていた、という事実に、大神の頭の中に1人の人物が浮かんだ。

「……この寒さなのに、どうして窓を開けていたんですか?」
「ちょっと、空気の入れ換えをしていたのよ。……それよりも、本当に誰も通らなかったのかしら?」

確かに、すみれのいるサロンからかえで、大神の部屋前の廊下はよく見える。しかし20分もの間、ずっと廊下を注視しているなどということはないだろう。

「それが……すみれくんは洋服のカタログを持っていたんです。それを読んでいたりすれば、廊下を誰かが通っても気づかないこともあるんじゃないか、と指摘したところ、すみれくんの機嫌を損ねてしまいまして……絶対に誰も通らなかった、と意固地になっているんです」

大神は苦笑しながら言った。すみれの口調が想像できたのか、かえでも少し笑う。

「うーん……絶対的ではないにしろ、参考にはなるわね。もっとも、すみれは霊力も高いし敏感だから、信用して良いと私は思うけれど」


 実害のあるいたずらではないから良いにしろ、あまり褒められた行動ではない。大神の頭の中には、犯人だと睨む人物ののんきな顔が浮かんでいる。どうしてその人物は、こんないたずらをしたのだろうか。
 かえでから受け取った書類を手にし、大神が自室のドアを開けると、そこには大神の頭の中の人物……加山がいた。

 「うわっ!加山……何してるんだ?」

大神は猜疑心いっぱいの目で加山を睨むが、加山の様子はいたって普通だ。それどころか、大神の頭に浮かんでいたようなのんきな顔をしている。

「いよ〜う、大神ぃ。悪いなあ、驚かすつもりはなかったんだが…それより大神ぃ、この箱は何だ?」
「え……?!」

今まで加山の背中に隠れて大神には見えていなかったが、大神の机の上に、アイリスの部屋とかえでの部屋にあった箱とそっくり同じ箱が置いてあったのだ。

 「……いや、な。15分くらい前に、一度大神の部屋に来たんだ。だが、大神がいなかったので、大方事務局か売店じゃあないかと思ってなぁ、売店に行ったんだよ。そこで、椿ちゃんに大神がさっきまで売店で仕事を手伝っていた、と聞いてな、そろそろ部屋に戻る頃じゃないかと当たりをつけて、ついさっきここに戻ったんだ。そしたら、15分前にはなかった箱が机の上にあった」

加山はまったくその箱には覚えがない、といったふうに箱をじろじろと眺めている。加山の話を聞いて、大神の結論は揺らいだ。

「……例のごとく、おまえは窓から出入りしてたんだな?」
「ああ、そうだ。15分前に窓から一度部屋に入ったが、すぐにまた窓から出た。そして、ついさっきまた窓から入ってきたというわけだ」
「………15分前には箱はなかった。そして、今はある。でも、かえでさんの部屋同様、すみれくんが見ていたのだから、ドアから俺の部屋へ侵入することは不可能と考えて良いだろう……」
「えっ?!じゃ、じゃあ…誰かがドアから入ったということにはならないのか?」
「そうだろうな……」

少し慌てたふうの加山をちらりと見ると、大神は箱のふたを開ける。びよん、と飛び出したのは……

「……まつぼっくりか」
「び、びっくり箱かぁ……ちょっと驚いたぞぅ」

 こんこん、と突然大神の部屋のドアがノックされたので、2人はびくり、とドアの方を振り向く。

「大神さーん、椿ですー。いらっしゃいますかぁ?」


 椿は、大神に仕事の話をし、加山も交えて少し談笑をした後去っていった。

 「……確定だな、加山。……どうしてこんないたずらをしたんだ?」
「へ?!」

少し黙っていた大神が、加山を軽く睨みながら、びっくり箱からはみ出て揺れているまつぼっくりを指ではじいた。

「アイリスの部屋、かえでさんの部屋、そして俺の部屋にびっくり箱を置いた犯人は、おまえだろ?……ご丁寧に、ヒントまで残しやがって」
「……お、大神ぃ……」

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