花月堕落論

 癒えない傷を抱えたままで、ひた走る。
 それは贖罪か。誰への、何への。
 多くを屠った刃を振りかざし、屍を踏みつけて前進。
 目指す場所などあるだろうか。到達したい境地などあるだろうか。
 ただ自分は、降りかかった火の粉を払っているだけだ。
 所詮、すべてはきれいごと。つくりごと。
 そうするしかないから、そうする。
 大義などなくとも、時代が動けばそれに流される。
 自分もただの、駒の一つにすぎないのだ。

 「……大神?何を考えている?」
 けだるい雰囲気の自室に漂う、自分が吐き出したものでない煙草の煙。
 湿気が澱のように部屋の底に沈殿し、汗の冷えた身体に相応の寒さをもたらす。
 「……いや、大したことじゃない」
 だらしなくはだけたシャツを直そうともせず、枕元の煙草に手を伸ばす。
 普段は喫煙など考えも及ばないが、こうした行為の後のけだるい闇に、煙草はよく似合うと思う。
 しかし、その相手が女性であったならば、煙草など吸わないであろうが。

 「…なあ加山、おまえは何の為に、戦っている?」
 短くなった煙草を灰皿に押し付けている傍らの男に、不意に質問を投げかける。
 加山は乱れて額に落ちかかる髪を、うっとうしげに頭を振って払った。
 「ん〜、そうだなぁ………オレは軍人だからなぁ。士官学校に入った頃にはこう、立派な志みたいなものがあった気がするが………日々を戦ううちにそれも、磨り減ってしまったかもなぁ」
 優男はそう言うと、鳶色の瞳を細め小さく微笑んだ。
 裸の鎖骨にすぐにそれと解かる、赤い跡。捕らえどころのないこの男を、自分のもとに繋ぎ止める努力をするつもりはないが、行為の最中にはひどく、独占欲をかきたてられる。快楽に正直なその身体は、それを与える相手が自分でなくとも構わないのだろうか。
 「…何故、そんなことを訊く?悩みでもあるのか?」
 戦場に迷いを持ち込むのは危険だと、散々言われ続けてきただろう、と加山は付け加えた。
 「迷いなど、ないさ。ただ、敵は斬る。悪と判断せしは、潰す。……それが、俺たちの背負う、正義とやらだ」
 自らの吐き出す言葉の空虚さに、嫌気がさした。
 そもそもこんな問いかけに、意味などない。その証拠に、広くない部屋に響いた自分の言葉が、ばらばらに散らばって漂っている。

 「……何も、考えるな、大神。考えても、仕方のないことだ……答えなど、あるまい」
 溜息を一つつくと、加山の唇が誘うように近づいてきた。そのまま、くちづける。優しく、柔らかく。
 心など望まなくとも、身体は優しさを求める。柔らかさを求める。だから、そうしてやる。お互いが、望むように。
 そのまま加山を自分の下に組み敷くと、鎖骨の跡にまた、唇をつける。加山の身体がぴくり、と少し跳ねた。
 ひどく、蹂躙してやりたい。

 「……大神……オレに、正義以外のものがあると…するなら、……それは、っ、おまえだ…」
 加山が熱にうかされたような、上擦った声で言う。室内の湿度が再度上がり始め、荒い息遣いだけが響いている。
 胸を愛撫していた左手を離すと、その指を加山の口中に差し入れた。
 「……おまえの言うことは、よく意味がわからない」
 熱い粘膜の感触を楽しみ、口中を犯す。指に絡まる舌に誘われるように、右手で加山の膨張したものを刺激してやると、声にならない喘ぎが指をくすぐった。

 この行為に、意味があるとは思わない。
 戦場で敵を屠る日々の、少しのひずみのようなものだ。
 贖罪など、到底できそうになかった。
 自分はただ傷を増やし、堕ちるのみだ。
 そして、それを望んでいる。
 花と笑う乙女たちが正義を望むなら、自分をそれとしよう。
 堕ちゆく道連れは、一人だけで良い。
 瞬間の胸を焦がす想いを受け止め、同じ時代の駒として、共に朽ちてゆけるだろう。

モドル