「なあ、大神ぃ。ちょっと頼みがあるんだが…」
大神の機嫌の良いときを見計らって、加山は野望を果たすべく大神に相談を持ちかける。
それは、加山のために割く時間が大神にあれば、どうということのないことかもしれない。
しかし、野望と言うくらいである。書類整理を手伝えとか、オレのために歌ってくれとか、そういうことよりは少し難しい事柄のようだ。
「……加山。どうして俺がこんな格好をしなくちゃならないんだ?」
「まーまーまー。そう言うなよ、大神ぃ。一度良いと言ってくれただろう?男に二言はないよなぁ?」
「う………」
了承するそばから帝劇の衣裳部屋に連れ込まれて、大神はお召し替えの真っ最中だった。下着すらも加山に剥ぎ取られたので嫌な予感はしていたのだが、案の定、大神は肌着や裾よけ、長襦袢を次々と着せられ、どう見ても女性向けの華やかな着物を着付けられている。
「…よいしょ……こんな感じかな。よ…っと」
「うげ…く、苦しいぞ加山!そんなに締めるなって!」
「いやいや、帯ってのはきつく締めないと駄目なんだ。着崩れるからなぁ」
加山は器用に大神に着物を着せていく。銘仙の柄は幾分派手で、男の自分が着られるほどの着丈のものがあることを疑問に思ったが、すぐにカンナとマリアの顔が浮かび、納得する。
「おっと、化粧を先にしておくのを忘れたぞ。ささ、そこに座れ」
「ああ……っておい、化粧までするのか?わふっ…げほ、げほ」
「ほらぁ、口開いてると粉が入るぞ。じっとして、大神」
化粧の粉が落ちて着物を汚さないためなのだろうか、ケープを巻かれ、顔に何かしらを塗られる。むずむずと顔面がかゆいような感じがとても落ち着かないが、動いたらまた面倒なことになりかねないと思い、大神はじっと目を閉じて加山のするがままに任せている。
「大神ぃ、ちょっとだけ口開いて」
「ん」
目を閉じたまま唇を半開きにすると、細い紅筆がぎこちなく唇の上を行き来しているのが感じられた。それは頬紅やらをはたかれるよりもずっとむずがゆく、早く終われば良いのにと大神は思う。
「さ!できたぞ〜大神ぃ。目を開けてみろ!」
「うわ………ど、どうなんだ、これは」
大神が目の前の鏡を見ると、見慣れない自分の姿が映っていて絶句する。体格や顔つきはどうみても男だが、女物の着物を纏い、化粧をして紅をさしたその姿は、ひどく中性的で倒錯めいたものを感じた。
「ん〜、きれいだぞう大神ぃ。オレもなかなかの腕じゃないか♪」
「は、恥ずかしいぞ加山!」
頬紅のせいだけでなく頬を赤くして恥ずかしがる大神を物ともせず、それをじろじろと眺め回しながら、加山は一人悦に入った様子でうんうんとうなずく。
「いや〜、男にしておくのが勿体無いくらいの出来栄えだなあ♪」
「おい!……気が済んだのなら早く脱がせろって!」
椅子から立ち上がり加山に詰め寄る大神をよそに、加山はまた部屋の隅で何やらごそごそとやり始めた。
「お、これだこれ♪」
その両手には、探し当てたらしい大きめの草履と、華奢な日傘を持っている。
「……ま、まさか」
「そのまさかだ大神ぃ♪さぁ、出かけるぞ!」
「いいっ?!」
騒ぐと皆が来るぞ、とか何とか適当なことを言いながら、加山はなんとか大神を外に連れ出す。顔が見えると大神が恥ずかしがるだろうと思って日傘を用意したのだが、今は夜なので余計に恥ずかしい、と断られた。
「か…加山」
「おいおい、どう聞いても男の声だぞ?小さな声で耳元で喋れよ」
時間的なこともあり人通りは少ないが、それでもやはり少し奇異な感じがするのか、通行人はちらちらと2人の方を振り向いたりする。何と言っても帝劇のそばなのだし、大柄な女優なのだとでも解釈されていれば良いのだが…
「どうしてこんなことをしなきゃならないんだ!」
「悪いなぁ〜大神ぃ。もうちょっとつきあってくれよ。……ほら、そんな顔をするな。花のかんばせが台無しだぞ?」
「う………」
なんだかんだで加山の言うことをおとなしくきいている自分が、大神は不思議で仕方ない。紅葉も盛りだというのに、今夜が妙に暖かいからなのか…
草履はそれほど歩きにくいわけではないが、普段の歩幅では歩けないので、どうしてもぎこちない歩調になってしまう。そして、普段の下着をつけていないせいで、下半身が非常に心許ない。
羞恥に頬を染めてうつむき、必死に歩いている大神の腰を抱き、加山はそれに合わせてゆっくりと目的地に向かって歩いた。横顔を盗み見ると、伏目がちになっている目元や紅い唇、白いうなじが何とも色っぽく、親友にこんなことをさせて喜んでいる自分は、まさに倒錯していると思う。しかし、その可憐な様に微笑を抑えることができなくて、加山の頬は緩みっぱなしである。
四半時ほども歩いただろうか。加山がその歩みを止めたので、加山に縋るように歩いていた大神は視線を上げる。すると、突然視界がひらけ、夜空に浮かび上がる真っ赤なもみじが目に飛び込んできた。
「…うわ………」
「きれいだろう?これを是非、おまえに見せたくてなぁ」
ガス灯に照らされ、夜空一面に真っ赤なもみじが広がっている。灯りの届かない場所ではその赤が闇に溶け出すように茂り、光りに透かされた葉は葉脈も鮮やかに、夜風に揺れる。見事な紅葉であるが、夜も更けた時間であることから、人気のないこの場所を訪れている人は2人の他にはいないようだ。
ふと、加山がもみじに見惚れている大神の肩を抱き、そっと唇を重ねた。
やわらかい感触と、化粧の粉っぽい匂い。唇は紅の甘さに戸惑うように震える。
ふいに強い風が吹き、もみじがざあっと音を立てて揺れた。足元から吹き上げるように、つむじ風は乾いた落ち葉を巻き上げてゆく。
「…ん……」
唇を離すと、加山の唇にも紅が移り、紅く色づいていた。加山は、妙な具合に紅い唇を少し開いたまま、夜露に濡れた瞳で大神を見つめる。
乱れた前髪が加山の額で風に遊び、大神は胸の甘い疼きに耐えられずに、目を閉じた。するとそこに引かれるように、加山の甘い唇がまた重ねられた。
風で揺れるもみじの音が遠ざかり、自分の息遣いがやけに大きく聞こえる。
くちづけの合間に感じる火照った頬を撫でる夜の空気が、心地良かった。
「……本当にきれいだな、ここ。夜に見る紅葉も良いものだな」
「だろ?来て良かっただろ〜大神ぃ♪」
大神はすっかりこの場所が気に入った様子で、美しいもみじを独り占めしているようで嬉しいのか、着物の袂や裾をひらひらと風にはためかせ、微笑みを浮かべている。
「…にしても、こんな格好をする必要がどこにあったのか疑問だ」
「えっ?!あ、あはは〜……それはこのもみじで帳消しにしてくれ!ほら!実にきれいじゃあないか♪」
魅惑的な姿で睨まれると、変にどぎまぎしてしまう。ごまかすように空を振り仰ぐと、秋の月が鏡のように輝いていた。大神は大仰に溜息をつき、それでも紅葉と月を仰ぎ見て微笑する。
「………ここは、秘密の場所にしよう」
「ん?…オレとおまえの、か?」
視線を交わらせると、ふふふ、と優しげに大神が笑った。お気に入りの場所を共有し、それを2人だけの秘密にする――なんとも少年のような発想に、加山も笑い、そして嬉しく思う。
夜のもみじに映えるのは、和服姿も艶やかな女装の青年。
その中性的な、不思議な美しさに、加山は惹きつけられてやまない。
次はどんな格好をしてもらおうか――、とその光景を目に焼き付けながらも、彼の妄想はとめどなく広がっていくのであった………