かき氷
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支配人室の冷房設備が壊れた。
「いよう、大神ぃ……うわ!なんだこの暑さは!」
支配人室のドアを開けた加山は、廊下とのあまりの温度差に間違えて屋外に出てしまったのではないかとさえ思った。
「ああ、冷房が壊れてな。でもなぜか送風口がひとつだけ生きてて、ここにいると涼しいんだよ」
言われてみると、応接セットのソファに座った大神は、あまり暑そうな顔をしていない。そこで仕事をしていたらしく、応接用のテーブルの上に書類やインクのびんが移動されている。
「さすがに、機密書類を他の部屋で処理するわけにいかなくてさ。やっぱり暑いからあんまりこの部屋にはいたくないんだけど……」
加山が、大神の机の上に置かれている重たげな器械に近寄り、じろじろと眺め回す。それはほとんど骨組みのような格好をしていて、上部にハンドルのようなものがついていた。
「暑いだろうから、って紅蘭が差し入れてくれたんだよ。かき氷が作れるらしいぞ。……よし、ひと段落ついたし、ちょっと動かしてみるか」
大神はちょっと待ってて、と言い置いて、厨房へと氷と食器を取りに出て行く。新しいものが好きな加山は、改めてしげしげとそのかき氷機を眺めた。開け放たれた窓に吊るされた硝子の風鈴が、からんと小さな音を立てる。
順調に氷を砕き、器にさらさらと白い氷を積もらせていた大神が、突然手を止めた。ハンドルが動かなくなってしまったらしい。
「氷が詰まったんじゃないのか?ちょっと、見せて」
加山がひょいとかき氷機を下から覗き込み、刃の部分に手を伸ばす。
「あ、やっぱりここ…………、っ!あ………」
加山が顔をしかめて、指先を押さえる。氷を砕く刃で指先がすっぱりと切れ、机の上に血がぽたりと落ちた。
「……かき氷、避けといてよかったぁ」
「……おまえなぁ、痛いときはちゃんと痛がれよ。なんか、そういうの」
きちんと止められたガーゼの上から、大神が加山の傷口をぎゅうと握る。
「う………、い、痛いぞ」
苛々する、という言葉を飲み込んで、大神は加山にキスをした。飲み込まれた言葉をそのまま伝えるように、少し乱暴だったかもしれない。
「………んぅ……っ!」
また傷口のある指先をぎゅうと握られ、加山は痛みに、というよりは大神のその行為に顔をしかめた。飲み込まれた言葉の続きがよくわからないけれど、それを大神が言わないのなら自分が知る必要はないのだろう、と思う。
「……っ、おい、大神………っ」
またキスで口を塞がれて、それでは言葉が伝わらない。けれど、大神の攻撃的なキスと、シャツの中に伸ばされた手が、その気持ちを代弁しているかのようだ。
ときに大神は、気持ちのすべてを言葉にしない加山に苛立つ。特にそれが、自分や周りの者を気遣った上でのことだとわかると、余計に苛立ちがつのった。それは、何よりも加山を思うがゆえのことであろうが、そんな自分にさえ苛立ってしまう。
「……ん、や……だ……大神ぃっ……」
乱暴に胸を、下半身を愛撫され、加山は弱く抵抗する。しかし、すっかり大神のすべてを感じている身体は、律儀なまでに反応していた。
「………もっと素直になれよ、加山」
痛みを伴うほどに強く加山を抱きながら、それは自分に向けた言葉だ、と大神は自覚する。自分も加山も、結局は素直になれないのだ。どこまでいっても、自分たちは男でしかありえないのだから。
だらしない格好のまま、ソファからよろよろと起き上がった加山が、机の上の器を手に取る。そこには、先ほど大神が途中まで削った氷が、完全に溶けて水になっていた。
「うう」
それを手にして振り向いた加山がぽろりと涙をこぼしたので、大神はぎょっとする。
「な……?!」
ふにゃ、と加山の顔が歪んだので、大神はなんて俺たちは素直じゃないんだろう、と思った。半ば無理やり抱かれて少し不安定になっている加山が、めそめそと泣いている。
「………悪かった。ごめんな、加山」
涼しいからこっちにおいで、と送風口の位置で手招きすれば、ふらふらと加山が傍にやってくる。だから大神は、加山を思いきり抱きしめた。
汗で湿った身体で抱きしめあって、そんな自分たちはなんて矛盾しているんだろう、と思う。 |