カレイドスコープ 2

 士官学校の朝は起床ラッパで始まる。それが鳴ったら十五分で寝床を整えることや身支度を終え、駆け足で校庭に集合するのが決まりだ。

「おい加山、起きろよ」
「…………ん〜……、なんか、起きられん……」

加山が二段ベッドの上から降りてこないので大神が声をかけると、寝ぼけたようなかすれ声が聞こえた。

「どうした、具合でも悪いか?」
「……風邪ひいた、かも……」

梯子を上ってひょいと加山を見ると、妙に赤い顔をしている。うっすらと開いた目もうるんでいるし、声の調子もただ寝起きだというだけではなさそうだ。

「……ちょっと待ってろ」

いつもならば、少しくらい熱があっても回りに気づかせないよう振舞う加山のことだ。相当具合が悪いに違いないと、大神は慌てて医務室へと走った。
 教官への報告も終え、医務室から洗面器やら手ぬぐいやらを抱えて大神が部屋に戻る。体温計を強引に腋の下へ押し込み熱を計ると、四十度近くまで水銀が上がっていた。

「……大神ぃ、何度だった?」
「…………尻を出せ」
「……はい?」

加山の質問に答えることなく、大神が突拍子もないことを言い出したものだから、加山はあっけにとられる。大神は普段から、頭の中でシミュレーションをしていることが多い。それは、日常的なコミュニケーションにおいてもそうである。だから、それで自分ひとりで納得してしまって、相手には突拍子もない奴だと思われることがたまにある。頭がいいのか悪いのか、加山にはよくわからない。

「……動けないなら勝手にさせてもらうぞ」
「へぇっ?!な、なんだ……何をするんだ、大神ぃ〜!」

かぶっていた布団を足元からめくり上げられ、くるりとうつぶせにされる。そしてつるりと下着ごと短パンを脱がされ、間抜けに突き出された無防備な尻の穴に冷たい感触があった。

「言わんでもわかるだろう」
「ざ、座薬……?!うわぁぁぁぁ…………」

抵抗する間も、選択の余地も、加山には与えられなかった。うろたえている間にしっかりと閉じられているはずのそこに、無理やり薬が押し込まれる。素晴らしい手際のよさだった。

 「…………ひ、酷い……大神ってば、いきなりこんなこと……」
「だっておまえ、具合悪そうだったから。自分で入れろって言っても、絶対やらんだろう」
「ま、まぁそりゃそうかもしれんが……」
「しっかり布団かけて、寝てろ。教官に申請はしてある。俺は今から授業に出てくるからな」

何事もなかったかのような顔で、大神はすたすたと部屋を出て行ってしまった。
 幼い頃ならまだしも、まさかこの年齢になって人の手で座薬を入れられるはめになるとは。加山はあまりのことにしばし呆然としていた。大神のあまりの手際のよさに、実際はあっけにとられているうちにことが終わっていたのだが。

「…………どうしてこう、何の抵抗もなくやっちゃうのかねぇ、こういうことを」

大神の出て行った扉を見つめながら、ぼそりとつぶやく。座薬のせいで下半身が非常に落ち着かない感じになっており、しかしともかく具合が悪いので意識がぼんやりとしてきた。目を閉じるとまぶたにいろいろな色や模様が広がり、ぐるぐると目が回るのでちらりと目を開ける。熱でぼやける視界で、窓辺に置かれた文鎮がきらきらと光っていた。



 (……夢、だろうな、やっぱり)

 先程から、加山は色と光の洪水に襲われていた。正確に言えば光がなければ色も視認できないわけだが、ともかく色と光が同時に視界に溢れるのだ。光が強くなれば視界はハレーションを起こし、色が勝れば極彩色のパノラマが広がる。

(……きれいだけど、気持ち悪いなぁ……)

こんな非現実的な感覚などあり得ないと、夢とうつつの境を加山はふわふわとさまよっていた。

(…………これは、アレだ。いつか、大神の持っていた……)

大事そうに衣類箱の中にしまっていた大神の宝物。それは確か、大切な誰かからもらったものだと言っていた。ちらりと見せてくれただけで、そのものを見たわけではない。それも、加山が「何だそれ」と言わなければきっと見せてくれなかったに違いない。それほどに大切なものなのだ。

(…………)

加山の胸がちくりと痛む。お互い士官学校で出会って、それまでのことは何も知らないのだ。たくさんの話はしたし、大神の生い立ちやら故郷のことはよく知っているつもりでいた。だが、本当に知っているわけではない、あくまでもそれは大神の思い出を知っているだけだ。

(……どうしてこんな気持ちになるんだろう、そんなの、当たり前のことなのに)

自分は大神のすべてを知りたいのだ、と自覚半分、不思議な気持ちで加山はまた眠りに落ちていった。

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