カレイドスコープ 4

 土曜の朝、短艇係の一号生徒からの号令で、放課後に巡航に出ることが決定する。巡航も決して楽な訓練ではないが、広島湾に出てからは一号生徒を囲んで歓談をするのが習わしとなっており、それが非常に楽しいので、皆巡航が好きである。上級生、下級生と心行くまで話ができるので、大神も加山も放課後が待ち遠しかった。
 英国人講師の耳に心地よい英語を聴きながら、加山はぼんやりと窓から外を見る。松の木ごしの空は少し雲が多いものの、青く晴れて天気は良好だ。

(……何か言うことあったけなぁ〜)

巡航の間は無礼講、このときばかりは日頃鬼のように恐ろしい上級生も、下級生の意見をきちんと聞いてくれる。自分に非があると認めれば素直に謝ってくれるので、実際に加山も大神も何度か上級生に物申したことがあった。どれも日頃のふとした疑問のようなものであったが、さすがは上級生、論理的な解答で諭され、感服したのを覚えている。

(…………何か言われたらどうしようかなぁ〜)


 潮風に帆を張って出航すれば、そこは波静かな江田島の海だ。生徒館を後に、能美島に向かって艇を走らせて右折。古鷹山、津久茂岬を右に見て狭水道を過ぎれば、波が輝きを増す広島湾へと出る。

「あ〜、やっぱり海はいいなぁ〜」

のんびりとした声を上げる加山に、皆が嬉しそうに笑う。三号も、普段は恐ろしい一号もである。瀬戸内海の美しい島々、天気が良いので宮島まで見渡せて、非常にのどかで健康的だ。
 号令で帆を下ろし、あとは波に任せて漂いながら、一号生徒を囲んで歓談となる。口火を切ったのはやはり一号であったが、食堂のメニューから教官の悪口、果ては理想の政治や国家にまで、にぎやかな語り合いは続く。加山は名物教官の物真似を披露して大いに笑いを取ったし、大神は下級生からの質問にスマートに答えてみせて、一号にしきりに小突き回され照れて笑った。


 その語り合いも終盤に差し掛かったとき、三号の松島が口を開いた。

「自分は一週間前、夜更けに大きな荷物が荷揚げされるのを見ました」

何を言い出すのかと、皆が松島に注目をする。

「その日自分はたまたま目が覚めたので窓の外を見たのですが、確か三時頃だったように記憶しています。食料や生活物資の類であれば定期便がありますし、あんな夜更けに荷物なんておかしいと思いました」

少し頬を高潮させ松島が熱心に喋るのを、皆黙って聞いていた。

「その荷物は木箱やドラム缶などではなく、何か布のようなものがかけられて大きな台車にくくりつけられているようでした。遠目で、なにぶん暗かったのでよくは見えませんでしたが、作業員と比較しても……高さ三メートルくらい、幅もそれくらいあるように見えました」
「そんな大きな物が運び込まれたなら、当然この敷地内のどこかにあるだろう。そんな物見てないけどなぁ」

大柄な一号の前田がのんびりとした声で言うと、神経質そうに眉をしかめた二号の内藤が口を挟む。

「つい先日、校舎のずっと裏手の方にバラックができていましたが、もしかしてそれが怪しいんじゃないですか?」

すると、八重歯の目立つ一号の藤咲が揶揄するような口調で言う。

「おい内藤、貴様何をしにそんなところまで行っとるんだ。貴様こそ怪しいぞ」
「いえ……自分は写生が趣味なので、敷地内を散策して場所を探しているんですよ」

それからしばらくの間は内藤の趣味の話になったが、それでも皆その謎の荷物の正体が気になっているようで、話題はまたそれに戻った。

「どうだ、次の土曜の夜更けにそのバラックを覗きに行ってみないか」

藤咲一号の号令で、有志が名乗りを上げた。と言っても、教官に見つかって鉄拳を食らうのは皆嫌なので、有志は提案者の藤咲に目撃者の松島、案内係を押し付けられた内藤、そして松島と仲の良い三号の上原の四人だった。

「大神さんも一緒にいかがですか?」

松島が加山の隣に座っている大神を見つめる。

「ああ、俺は遠慮するよ。教官に見つからない自信がないからな」
「大丈夫ですよ、大神さんは自分たちを止めようとしてくれていた、って自分が教官に主張しますから」
「いや、そんな……」

熱心に誘う松島と口ごもる大神を、加山はちらちらと交互に見た。なんだか気に入らない、その理由は自覚しているつもりだった。

「おい、どうしてそう無理に誘おうとするんだ。大神は行きたくないと言ってるじゃないか」

たまりかねて加山が口を出すと、松島が加山を一瞥して言う。

「自分は大神さんにきいているのであります。自分は、大神さんと一緒に行きたいと思っています」

きっぱりと宣言した松島に、皆が一瞬静まる。当の大神は困ったように曖昧な笑顔を浮かべていて、松島はと言えば皆の注目を浴びて頬を上気させていた。加山は驚いて、言葉が出なかった。まさかこんなにもはっきりと公衆の面前で告白されるとは思ってもみなかったのだ。

「……まぁまぁ、皆の憧れの大神を独り占めしようったって、なかなかそうはいかないだろう。男は引き際も肝心だぞ、松島」

奇妙な空気に耐えかねた一号の木下が松島をなだめる。

「そんな、憧れだなんて……」

慌てて否定する大神と、それを残念そうに見る松島。加山は、いろいろな感情が渦巻く胸を頭で押さえ、二人から無理やり視線をそらした。


 一号の号令で帆を張り、帰航の途につく。巡航は楽しかったが、晴れた空とのどかな海とは裏腹に、加山の心は波立っていた。それが何から来るものなのかは、既に自覚している。ただ、どうやって収まりをつけたらいいのかがわからないのだ。持て余した気持ちを、大神の背中をにらみつけることでなんとか解消しようとした。


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