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「ついていらっしゃい」
あやめはすうと立ち上がると、加山とすれ違い扉へと向かう。加山は慌てて後を追った。部屋を出るとき、椅子に座ったまま真っ直ぐ前を見つめているレニが少し気になったが、そのまま階段を上った。彼女も大神と同じような性質を持ったドールなのだろうか。
「……大神……?」
扉の中は広い部屋で、絨毯の深い青色とドームのような天井が印象的だ。部屋の中心には天蓋つきの大きなベッドがあり、そこに大神は寝かされていた。
「ま、さか……」
背後から声をかけられて思わずびくりと身を震わせる。いつの間にか、あやめが加山の背後の扉にもたれていた。まるで、この部屋からは逃がさない、という態度にも見えた。
「ど、どうって……」
不敵な笑みを浮かべるあやめと、まぶたを閉じたままの大神を交互に見る。
「……最初は、暇つぶし程度にしか思ってませんでした。毎日、あんまり面白くなかったから。大神がそばにいて、確かにオレは楽しかった。怪我をしてる大神を見て、できることならこんな怪我はさせたくないと思った」
灯されたガラスランプの光がゆらゆらと揺れているように感じる。喋っていることが支離滅裂なのが自分でもわかる。これは眩暈だろうか。
「……見てくれからだけど、オレの常識は通じなくて、でも大神は一生懸命だった。痛いのが快感だなんてなんだか痛々しくて、オレはいつの間にか大神のことを大事な存在だと認識し始めていたのかもしれない。だから」
あやめは微笑んだ表情を崩さない。絨毯の上を足音を立てずに歩くと、ベッドに横たわっている大神に近づき、そのまぶたに触れた。
「……それは、違う……」
まさか死んでしまったのではないだろうか、とほんの少し思っていた加山はほっとしたが、大神が急に喋り始めたので酷く不自然な感じがした。大怪我をして昏睡状態とかではないのか?今までの会話を聞いていたのだろうか。
「……僕はこの性癖のせいで、まともな社会生活が送れなかった。お母様は、そんな僕にドールとして生きていく道を与えてくれたんだ。こんな僕でも、人の役に立てるんだって。今まで、迷惑しかかけられなかったから」
ベッドに横たわったままの大神の目尻から、きらきら光る涙が一筋こぼれた。
「……おまえは、健気でかわいくて……傲慢だな」
静かに近づくと、壊れ物を扱うようにそっと白いレースに包まれた大神を抱きしめた。
「……幸せっていうのは、与えることができるものじゃないからな」
しばらく訳がわからないように硬直していた大神だったが、そっと頭を撫でられて、安心したように加山にしがみついた。
「オレが勝手に、幸せになっただけなんだよ」
白いひらひらとしたエプロンをつけた大神が、うちの狭い台所に立っている。なんとも平和で幸せな風景なのだ、このしょっぱいような甘ったるいような匂いの他は。
「おまえ、この鍋……うわぁ……みそ汁に生クリーム入れた?」
さすがはドールなだけあって、車にはねられた傷もすぐに治ってしまった。大神を引き取りたいと申し出たときには断られて当然だと思ったが、拍子抜けするくらいあっさりとあやめさんは許してくれた。
「でも結構おいしいよ」
彼女曰く、大神をドールにしたのも大神の幸せのためだったのだそうで、まともに幸せになれるなら言うことはないのだそうだ。
「あれ?指、どうしたんだ?」
大神はドールではなくなったので、オレのために怪我をすることはなくなった。だが、性癖自体はもともとのものなのでそのままだ。
「でも気持ちいいよ」
今日は残業のない日なので、銀座で待ち合わせをして大神の服を買いに行く約束をしている。相変わらずのゴスロリ服も、似合うので特に問題だとは思っていない。一緒にいると目立ってしまうのは恥ずかしいが。
「……加山、幸せ?」
上目遣いの大神に、朝から頭がくらくらする。まだ、大神に対する自分の気持ちに名前をつけることができずにいるのに。
「とりあえず、料理ができるようになってくれたらもっと幸せ」 ハッピーエンド |