キルシュバウムメイデン2

 「で?君は誰?何してくれんの?」

謎の手紙、謎の言葉「巻く」、謎のトランク、そしてそのトランクから現れた謎の人物。しかもそれは前時代的というか異国情緒溢れるというか、アンティークドレスを着たしかも青年。一見すると女性かと見紛うような容姿であるからそこはそれほど問題ではない、と加山は思ったが、それにしても謎だらけだった。

「僕は大神一郎と言います。この度はモニタ契約ありがとうございます」
「ちょっと待った。モニタ契約?どういうこと?」

やわらかそうな黒髪でふわりと揺れるヘッドドレスに惑わされそうになりながらも、加山は大神に詰め寄る。

「僕はキルシュバウムメイデンという、ドールシリーズの第5ドールです。近い将来の商品化に備えて、ランダムにモニタを選出し、テストをさせていただいています」
「テストぉ?だって、あの手紙にはそんなこと一言も」
「だって、そのままを書いたら断られそうでしょう?」

そりゃそうだいかがわしすぎるもんな、と納得しかけたところで、加山の疑問は尽きない。テストとは何か?そもそもドールってどういうことだ?目の前のこの大神と名乗る青年は、人間ではないということか。

「とりあえず、ここに置いてください。一緒に暮らしてみればわかりますよ」

にっこりと微笑まれて、納得いかないことだらけのはずなのに。なんとなく口ごもってしまう。加山は、照れたようにぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。なんとなく過ぎていくだけの退屈な日常が他者の介入でかき乱される予感に、半ばため息をつき、半ば期待をしているのだった。



 「何、なんかあったの。やけに楽しそうじゃない」

昼休みの職場で同僚に声をかけられて、初めて自分の顔が緩んでいたことに加山は気づく。

「いんや〜?別に、言うほどのことはないけど」
「怪しいなぁ。おまえ、なんかいつもと絶対違うもん。さては彼女でもできたか?」

同僚は眼鏡の奥の目を光らせ、加山をにらむ。しかし普段から飄々としている加山には大した効果はなく、それは彼の性格というかスタイルとしてこの職場では定着しているものだった。

「さあね〜」
「ったく、楽しそうで羨ましいよ」

へらへらと銜え煙草で応じる加山に、実際にのれんを腕で押してしまったかのような顔で、同僚は自分の机へと戻って行った。

 本当のところは、加山は半分は混乱していた。昨夜のことはすべて夢で、いつもの万年床で目覚めたらすっきりしない1日が始まり、いつものように残業の待つ会社へと赴くものだろうと軽く期待していたのだ。ところが始まった1日はいつもとは少し異なり、どこから見つけたのか花柄のティーセットで優雅に朝のティータイムを楽しむ等身大のアンティークドールが、ちゃぶ台の前に座っていた。もともと大きくない加山の目が朝から点になったのは言うまでもない。
 やたらとぱさぱさする菓子に毒々しいジャムをこってりと乗せたものを差し出され、それをカタカナの名前のついた紅茶で流し込み、わけもわからず家を出た。ああいうのを新婚生活のようなものと言うのだろうか。否、第一相手は男だし、まったくぴんとこなかった。

 けれど、誰かが待つ部屋に帰るのは悪いものじゃない。珍しく残業もなく、加山はそこそこいい気分で帰宅した。



 「ただいま〜っと」
「おかえりなさい」

狭い玄関で靴を脱ぐと、ぱたぱたと足音がして大神が出迎えにくる。悪い気はしない。

「おまえ、1日中ここにいたのか?何してたんだ」
「それは企業秘密です」

やはりにこりと微笑まれるとなんとなく口ごもってしまう。万年床に腰を下ろすと、さりげなく大神が隣に座る。居心地がいいんだか悪いんだかわかったものじゃない。

「あ、そうだ。帰りに買ってきたんだけど、食うか?」

帰り道にある洋菓子屋のショウケースに並んでいた小さなケーキの入った箱を、大神に差し出す。実はずっと買ってみたいと思っていたが、自分のためだけに買う気になれず、ずっと横目で見ているだけだったのだ。加山は、うきうきとしながらそれを買っている自分がくすぐったいような、妙な気分だった。

「わぁ、ありがとう。嬉しいよ」

嬉しそうに微笑みながら箱を受け取る大神の腕に包帯が巻かれていることに気づいて、加山は少し驚く。確か、朝にはなかったはずだ。

「……おまえ、怪我してるのか?それ」
「え?……ああ、これは、その」
「見せてみろ」

気まずそうに手を引っ込めようとする大神の腕を取り、ドレスの袖を捲る。手首の辺りに巻かれている包帯には僅かに血が滲んでいて、きちんと手当てをされていないように見えた。

「どうしたんだ、これ。刃物でも使ったのか?」
「……あの、これは………」

心なしか頬を染めてうつむく大神を怪しみながら、包帯を解こうとする。それを拒むように大神のもう片方の手が加山の手に重ねられたが、数秒の後にあきらめたようにその手は下ろされた。包帯を解くと、セルロイドのような白い肌に、乾きかけた血液で汚れた傷口があらわになった。

「もう血は止まってるな……今消毒してやる。どうした?何があったんだ」

重ねて尋ねても、大神は恥ずかしそうにうつむいたまま答えようとしない。後ろめたいとかそういう雰囲気ではなくただ恥ずかしそうなので、加山はますますわけがわからなかった。箪笥の上の救急箱を取ろうと立ち上がったときに、背後から小さな声が聞こえてくる。

「……これは、僕がドールである理由なんです」

振り向くと、畳の上に広がる黒いスカートの上に、白い大神の腕と真っ赤な傷口がある。

「…………どういうことだ?」


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モドル