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「……えっ?!嘘ぉ、本当に?……うん、うん……そっかぁ、わかった。ならしょうがないよね」
手洗いから戻った加山は、職場の廊下で携帯電話で話している由里を見た。由里もこちらに気づいてちらと目線を合わせたが、すぐに口元を覆い、会話をまとめにかかったようだ。さすがハイカラなOLは携帯を持ってるもんなんだねえ、などと思いながら机に戻る。携帯電話といえばだいぶ一般的にはなってきたが、普及にはもう少し時間がかかりそうなところで、面倒なことが嫌いな加山は当然のことながら持っていない。
「……ねえ、加山さん。今夜、何か予定あります?」
心底困ったように喋る由里を見ながら、うーん表情が豊かな女性は素晴らしい、と加山は思う。
「今晩7時半開演なんですけど、よろしければ付き合っていただけませんか?だって、せっかく手に入れた帝劇のお正月公演のチケットなんですよ!もったいないと思いません?!」
あー、その上目遣いは反則だ。
芝居の興奮覚めやらぬ2人が心持ち大きめの声で話しながら劇場から出ると、雪がちらついていた。銀座の大通りは黒く濡れ、あたたかいガス燈の光に白い雪が舞っている。
「わあ、雪だわ」
冷たい空気も、観劇で火照った頬には気持ちがいいくらいだった。隣の由里が嬉しそうに手のひらを上に向けて、雪を受け止めようとしている。
「ねえ、私お腹空いちゃった。どこかでご飯食べて帰りません?」
寒いし、居酒屋のカウンタで熱燗をきゅっと一杯やりながら、2人でおでんでも食べたらうまいだろうなぁ、確か由里さんはいけるクチだったよな、とそこまで考えたところで、部屋のゴスロリ青年を思い出す。もしかして、今夜も怪我を増やしてオレの帰りを待っているのかもしれない。
「……あのさ、オレ、やっぱり」
語尾は、鋭いブレーキ音にかき消されて聞こえなかった。
「危な…………っ!!!」
誰かの高い悲鳴が聞こえた。
「ちょっ、誰か!!救急車!!!」
往来の誰かの声にはっとして加山が振り返ると、蒸気の煙をもうもうと上げている乗用車が横倒しになっていた。ガス燈がぐにゃりと曲がっている。その陰から、やけに鮮明な赤い液体がつうと流れ出すのが見えた。
まさか。
「……痛ったぁ…………、加山、さん?」
由里をその場に残すと、よろめく足で立ち上がり、事故現場に向かう。
「……大神……?」
なぜ、大神が倒れているんだ。
濡れた路面に広がる黒いスカート。 |