キルシュバウムメイデン8

「お……大神ぃっ!!!」

倒れている大神に駆け寄ろうとした加山の目の前に、1台の車が滑り込んできた。大神しか見えていなかった加山は酷く驚いたが、声を出す暇を与えられずに後部座席の扉が開き、同時に、凛としたアルトの声が響く。

「ボクが運びます。救急車を呼ぶより早い。手伝っていただけますか」

降りてきたのは、小柄な少女だった。暗い夜にも映える美貌と、何よりその服装が人々の注目を殊更集める役割を果たしている。
黒いビロードの上下、真っ白なフリルが胸元と袖口から広い面積で覗いており、膝丈の半ズボンの足元は底の厚いショートブーツ。頭にはシルクハットをかぶり、真っ白な肌と青い瞳を見たところ、銀色の短めの髪はかつらなどではなさそうだ。

「……ちょっと、ねえ、加山さん、知り合いなの?」
「ああ……すいません、送っていけそうにないですが……1人で大丈夫?」
「え、ええ……」

心配そうな由里に謝ると、少女と2人で大神を車の後部座席へと運び入れた。乗用車よりも大きなその黒塗りの車の内部は広く、大神がいつも入っているのとよく似たトランクがあった。その中へと大神を寝かせると、少女は黙ってふたを閉めてしまう。

「あの……」
「あなたも乗ってください。そこ閉めて。出してください」

内側から加山が車のドアを閉めると、無口な運転手は無言のまま車を発車させた。

「これを、お母様から預かってきました」
「……手紙?……お母様って誰だ?て言うか、君、誰?」

少女が加山に差し出した手紙は、数日前に加山が受け取った黒い封筒と同じように見えた。巻きますか、と書かれていたあれだ。例によって、読める文字では宛名や差出人は書かれていない。
加山は、封筒をすぐに開けることはせず、目の前の少女と封筒を交互に訝しげに見つめた。視線の意味に気づいた少女が、セルロイドのような唇を開く。

「ボクの名前はレニ。キルシュバウムメイデンの第4ドールです。大神は、ボクの弟に当たります」

レニと名乗ったその少女がドールだと言われて、加山はすんなりと納得した。どう見てもその辺りにいる普通の少女ではないことが、雰囲気でわかる。

「……そうか、君もドールなのか。なあ、この車、どこに向かってるんだ?病院なら、さっきの道を曲がって」
「この車は、病院には向かっていません。とりあえず、あなたをご自宅まで送り届けます」
「ちょ……何言ってるんだ!!大神が……大怪我してるんだぞ!!!」

座っている後部座席の背もたれごしに、大神の入ったトランクを指差す。まさかふたの隙間から血液が溢れてくることはあるまいが、その想像はぞっとしない。

「ボクたちは人間とは違う。普通の医師には、ドールは直せない。だから、あなたを送り届けた後、大神は連れて帰ります」
「え……?……だって、モニタ期間は……」
「とにかく、その手紙を読んでください」

少女の有無を言わせぬ強い口調とその眼差しに、加山は反論する言葉を失った。
夜の街をゆっくりと走る車に揺られながら、加山は黒い封筒の封を切る。



この度はモニタ契約ありがとうございました
お送りしたドールはお気に召しましたでしょうか

なお、お客様の幸福超過分につきましては、
モニタ期間短縮、及びドールのお客様の目の前での破損により相殺させていただきます

キルシュバウムメイデンシリーズは試作品であり、現在販売の予定は未定です
ご利用ありがとうございました



「…………なんだよこれ」

手紙を読み終えたとき、車は静かに加山のアパートメントの前に停車した。
運転手が車を降りると、無言で後部座席のドアを開く。加山に、降りろと言っているのだ。

「……お母様って言ったな」
「はい」
「それは誰なんだ?」
「お母様は、ボクたちを作ってくれた方です。その手紙の差出人です」

開けられたドアから雪交じりの冷たい風が吹き込み、加山は身を震わせる。

「要は、そいつが親玉ってことだな」

加山は一人合点すると、睨むようにレニを見つめた。

「今からお母様のところに帰るんだろう?……オレも連れて行ってくれないか」

レニは少し驚いたように青い目を見開いたが、またすぐに無表情に戻る。開けたドアの外に控えている運転手に無言の視線を送ると、ドアが閉められた。

「モニタを連れて来てはいけないとは、言い付かっていない」
「……ありがとう」

ほとんど独り言のようなレニの小さな声に礼を言うと、加山は大神の入っているトランクをちらりと振り返った。
あの黒いトランクの中は、寒くはないのだろうか。
ガス燈の明かりに照らされ、真っ白な雪の上に真っ赤になって倒れていた大神の姿がまぶたの裏によみがえり、加山は強く目を閉じる。自らを落ち着かせるように重たいため息をひとつつくと、ヘッドライトに照らされた白い舗道を睨みつけた。
奇妙な車が、雪の街路を静かに走り出す。


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モドル