ここは江田島、海軍士官学校。夜の闇に佇む宿舎の、その一室。
2段ベッドの上の段からは、すやすやと安らかな寝息が聞こえてくる。
それを暗闇に聞きながら、大神は眠れずにいた。
その原因は、安らかな寝息をたてている、同室の加山にあった。
大神はベッドを揺らさないようにそっと起き上がり、ベッドの脇に立つと、上段で眠る加山の寝顔を見る。
……子供みたいな寝顔だな。
少し色素の薄めな髪が額に落ちかかり、うっすらと口を開けている。
その唇を凝視してしまっている自分に気づき、大神は1人、赤面した。
……そもそも、こいつがあんなこと、するから悪いんじゃないか……
ことの起こりは、3日前。
風呂場で何を血迷ったか、加山が大神にキスをしてきたのだ。
あのときほど驚いたことは、かつてないかもしれない。
そのまま1人風呂場で、現実を必死に理解しようと努力し、のぼせた。
俺は男。そして加山も男。俺たちは同室で、ライバルで、親友。
その親友が、俺にキスをし、あまつさえ俺を好きだ、とまで言ってきたのだ。
そしてますます理解不能なのが、その後にとった自分の行動。
のぼせて倒れた挙句、介抱してくれた加山に、自分からキスをしてしまったのだ。
……あれは、本当に………俺はのぼせていたんだ、としか説明がつかない………
そのときのことを思い出して、更に大神は赤面した。
今日までの3日間、表向きはお互い普通に接してきた。
だが勿論、大神の心中は穏やかでない。なにせ、今までただの友人だとしか認識していなかった男と、キスをしてしまったのだ。
しかも、初めての。
模擬戦闘の作戦の打ち合わせをしていても、何気ない雑談のときでも、目が合うとつい、視線をそらしてしまう。
そして、何でもないように風呂に誘ってくる加山に、なんのかんのと理由をつけて、どうにか入浴時間をずらす。
……意識しないわけ、ないだろうが!……この、バカ!
大神はのんきな顔をして眠る友人を睨みつけるが、すぐに口元をゆるめ、ため息をつく。
今まで通りの、親友としての関係を保ちたいと思う反面、加山の唇を、抱きしめられた感触を思い出そうとしてしまう自分がいるのだ。
そして、風呂場の残響で耳に残る、加山の「おまえが好きなんだ」という声。
……俺も、加山のことが……好き、なのか?
どんな気持ちを好きだ、というのかは、知らない。
ただ、この3日間、何をしていても頭の中は加山のことでいっぱいだった。
そして、自分からキスをしたとき、確かに思っていたのだ。
好きだ、と言ってくれた加山に、応えたい、と。
……俺、も、加山のこと…が………
ふらり、と身体を前に傾け、薄く開いた加山の唇に、自分の唇を重ね、目を閉じる。
そのやわらかさを確かめるようにゆっくりと唇を押しつけると、加山の唇が少し、動いた。
それに驚いてぱっ、と唇を離すと、眠っていたはずの加山の腕が、大神の首の辺りに巻きついていた。
「!おっ、おまっ、起きて…」
「……ん〜、オレはちゃ〜んと寝ていたぞぅ。…おまえにキスをされたら、起きないわけにいかんだろうが♪」
加山は真っ赤な顔でじたばたともがく大神をぱっと離すと、ベッドから飛び降り、本当に寝起きか疑わしいほどの素早さで、下段の大神のベッドに大神を引っ張り込んだ。
「いや〜、オレは幸せだなぁ〜♪大神が寝込みを襲ってくれるなんて♪」
「ばばば、ばかやろうっ!!そそ、そんなんじゃ……っ!」
なんとか加山の腕から逃れようと身をよじる大神を強引に抱きしめ、組み敷くような形でキスをする。黙らせるために最初は強く、そして徐々にやさしく、触れるだけのキスに。
固く目を閉じて硬直していた大神だったが、加山の巧みなキスに力が抜け、すっかりおとなしくなってしまった。
「……ありがとう、大神。オレのこと…受け入れてくれるんだな?」
抱きしめられ、加山の体温に包まれると、鼓動が速くなるのに、なぜか安心している自分に気づく。ささやく声が身体に直接響き、ああこうしてずっと、この声を聞いていたい、と思う。
「……俺、自分がおまえのことどう思ってるのか、よくわからないんだ…」
ぽつり、と呟くように喋り始めた大神を、加山はそのまま抱きしめている。
「……ただ、この3日間ずっと、おまえのことが気になって……なんとなく気まずいのに、おまえが見えないとどこに行ったんだろう、ってすごく気になって………俺、おかしいんだ」
「大神……」
「それでっ……またおまえとキスしたい…かも、って思ったんだ……」
自分の顔が、火が出そうなくらいに熱いのが、よくわかる。
抱きしめられたまま、加山のランニングシャツの胸元をぎゅっ、とつかみ、加山の視線から逃れるように顔を寄せる。
……何、言ってるんだろう俺……おかしいよ……
自分でも、自分の気持ちを制御できない。こんな告白をするのは恥ずかしくて仕方ないはずなのに、伝えずにはいられない。ただ、気持ちが加山に向かって、溶け出していっているようだ。
「……大神ぃ、オレは嬉しいぞ。それで十分だ♪」
大神の告白を聞き、加山は満面の笑みで大神を強く抱きしめ、髪を撫でる。加山の鼓動も随分速くて、大神を抱きしめていないとどうにかなってしまいそうだった。
それは大神も一緒で、強く抱きしめられていないと自分がどうにかなってしまいそうで、加山の背中に腕をまわし、ぎゅっと抱きつく。
想いを伝え、それが通じ合い、抱きしめ合う腕の強さに、大神は酔いそうだった。
「……加山ぁ、朝までこうしてても、いい…?」
加山の胸に顔を埋め、甘えた声でささやく。加山の体温、加山の匂い。すべてに安心しきって、大神はとろとろと眠りに落ちかけていた。
「…あ、ああ…それは構わんが……なんというか…生殺しというか………」
「……ん?何か言ったか…?」
腕の中でまどろむ大神は、仔猫のように身体をすりよせてくる。ベッドの中で抱き合っている、という状況に腰が引けてしまうが、少しずつ寝息に変わっていく大神の吐息に、加山は苦笑した。
「いや、なんでもない………おやすみ、大神……」
やさしくささやかれる声を、最後まで聞いたのか。眠れずにいた時間を取り戻すように、大神は急速に眠りに落ちていった。
人に抱かれて眠ることが、こんなにも心地良く、幸せなことであるのかと、大神は加山の胸に身体を預ける。
加山への気持ちは、こうしているだけで十分、自覚できたし、伝わったはずだ。
きっと俺は、加山のことが、好きなのだ。…推測だけど。
「………オレは朝まで、眠れないぞぅ〜大神ぃ〜……しくしくしく」