すくわれたのは 2

 「一馬。お前、どうするんだ、山崎のこと」
「……お気づきでしたか」

冷たい雨の降る、陸軍本部からの帰路であった。前方を見つめたままの米田をちらりと見て、一馬は小さくため息をつく。

「見てりゃわかる。軍にはそういうのも、あるからなぁ。だがあいつは……」

言いよどむ米田の歩調が少し遅くなった気がして、一馬は歩を緩めた。傘を持たぬ使用人風の男が、尻を端折って駆けて行くのにすれ違う。

「……知っての通り、帝都を守る御三家ってのがある。おめぇんちが筆頭で……いろいろとややこしくってよう、知っちゃなんねぇことになってるんだが、……俺は知っちまった。あとの2つは、俺んちと、藤枝家だ」

それを聞いて、一馬の足が止まった。次の角を曲がれば、対降魔部隊の本部は目の前だ。

「……え?……では……」
「あいつの、光刀無形だけ、意味が違うんだ」

番傘を叩く雨の音が、一層強くなったように感じる。
 御三家のひとつとして明らかにされているのは、日本の鬼門を守る東北の真宮寺家のみ。後の2つは、その情報すら要であるため、刀を受け継ぎ守る者さえ知らされない慣わしとされていた。

「……俺が、安易だったのかもしれん。光刀無形は、抜いちゃならねぇ刀だ」

歩き始めた米田の後を追って角を曲がると、門の前で帰りの遅い2人を心配そうに待つ、あやめの姿が目に入った。



 煉瓦造りの棟で、深夜まで明かりの消えない部屋がある。それは、山崎の部屋だ。控え目なノックの後、盆の上に湯のみを乗せたあやめが顔を出す。

「まだ、お休みにならないのですか?少佐」
「ああ。もう少しなんだ」

あやめは窓際の机の上に湯気の立つ湯のみを置く。山崎は、壁際にしつらえられた作業机で、熱心に図面を覗き込んでいた。眩しいほどの明かりが、細かく描き込まれた設計図を浮かび上がらせている。

「霊子機関だけじゃなく、蒸気を併用させればずっと安定した兵器になる。これからの戦いの、主力となるものだ。戦う者を守る、甲冑ができるんだ。ずっと安全に、戦うことができる」

背後から図面を覗き込んだあやめに、嬉々として山崎が説明を始める。あやめは微笑みうなずきながら、うっとりとその横顔を見つめた。戦いのときや訓練のときに見せる切れそうな鋭い横顔も嫌いではなかったが、図面を指差し夢を語る横顔の方が、あやめには何倍も輝いて見えるのだった。

「随分と重たい兵器だから、運用艦がいる。こっちはまだ思案中だが、飛行船がいいと思っているんだ。勿論、強力な主砲を搭載して……」

にこにこと笑いながらも、あやめはふと悲しい気持ちになる。この人には刀を持って欲しくない、と何かにつけては思ってしまうのだ。こうして図面を引き、設計図を描いて、人々を守る素敵な機械を作っていて欲しい。そしてその横に、微笑む自分がいれば一番素敵だ。
 夢中で説明を続ける山崎に寄り添いながら、あやめはそんな日を迎えるために、戦う決意を新たにするのだった。軍服の下につけたロザリオにそっと手を当て、早く戦いを終える日を祈る。



 「大佐、山崎です」
「……ああ、開いている」

こんな夜更けに扉を叩く者など、山崎の他にいるはずもない。それなのに、少し意外そうな声で答えている自分が妙に滑稽に思えた。
 扉を開けて入ってきた山崎は、いつになく切羽詰った顔をしているように見えた。わからない、明かりの加減かもしれない。一馬の少しの動揺に気づいたのか、山崎は一馬の数歩手前でぴたりと止まった。

「……私の顔が、おかしいですか。それとも……殴ってくださるとでも」
「山崎、私は……」

やり場なく差し出した手をふいと避けられ、抱きしめられる。その瞬間に、少し開いた胸元から覗くロザリオが見え、一馬は身を硬くした。それは、あやめと揃いのものだ。

「……山崎」
「私は、試しているんです。神を。愚かな者が、救われるものかどうかを」

基督教では、同性愛は禁忌である。健気な女性と揃いのロザリオを胸に、山崎は一馬を抱いている。それだけでも一馬は、眩暈がしてきそうだった。

「……神は、すべてを赦してくださると言う。抜いてはならぬ刀を振り回し、男である貴方を愛する私を、神は本当に救ってくださるのか……」
「……!」

山崎は知っているのだ。自分の持つ刀の意味を。そして、何もかもを覚悟していると言うのか。

「………まるで、悪魔だ。救いなど……あるはずが、ないのです……」

山崎に翻弄されながら一馬は思う。自分にも、救いなどない。言うなればそれは、巣食いだ。

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モドル