2004年暑中お見舞いを神威様からいただきました


「暑い……」


 ある夏の日の支配人室。

 その部屋の現在の主人は、机に向って事務処理をしていたのだが。ついにその一言を呟いて、持っていた万年筆を放り投げた。





「夏だからなぁ」

「今年は特に暑いぞ。それなのに……」

 アッハッハ、という明るい笑い声にムカッとした表情を見せて、大神は声の主を睨みつける。

「こんなに暑いのに、何でお前はそんな季節感無視した格好をしていやがるんだ。見てるだけで暑苦しいぞ」

 そんな大神の言葉に、小首を傾げて。加山は自分の服装を見直した。

「……何か変か?」

 もう一度、さっきとは逆の方向に小首を傾げて。大神にそう問いかけた直後、呆れたような溜め息が返ってくる。



「こんな暑いのにスーツを崩しもしないで着ていて、汗一つかかないのなんて貴様だけだぞ」

「そうかな〜? これ夏物だから、そんなに暑くないぞ〜?」

 夏物と言っても、スーツはスーツ。せいぜい『生地が少し薄め』とか『風通しを幾分良くしている』とか『裏地が冬物に比べて半分程度しかない』とかいう程度で。ましてや、中に着ている赤いワイシャツも、きっちりとした長袖ワイシャツだ。

「……お前、頭のネジが2〜3本どころか、2〜300本くらい足りないだろう?」

 いつもならば多少暑くてもいつものもぎり服を崩さない大神さえも、ネクタイを緩め胸のボタンを3つほど外し袖まくりしている状態なのに。いつもの白スーツ赤ワイシャツ牛柄(?)ネクタイを崩しもしない加山は、何かが変に決まっている――と、まるでゴキ○○でも見るような視線を向ける。



「ナニを言うんだ、大神ぃ。古人曰く、『心頭滅却すれば火もまた涼し』だぞぉ」

「今年の暑さはそういう域の話じゃないだろう…」

 机に突っ伏して動こうとしない、いつになくダレている大神に苦笑して。加山は『勝手知ったる何とやら』とばかりに、部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開けた。

「………何やってるんだ、おい」

 グラスの中で氷がぶつかり合う、カラカランという涼しげな音に顔を上げる。

「見ての通りだぞ〜」

 冷蔵庫で冷やしておいた麦茶を、氷の入っているグラスに注ぐ、トクトクという音。そして乾いていた氷が水分を受けて立てる音。

「…………俺にも1杯入れてくれよ」

 そういえば、喉が渇いたな…と。暑さにボーッとした頭でそんな事を考えながら、加山に声を掛ける。

「はいはい」

 そう応じながら、加山はその手に持っていたグラスを大神へと差し出した。

「喉、渇いてるんだろ?」

 自分で飲む為ではなく、大神の為に麦茶を入れていたのだと。加山のその言葉に、ようやく気付いた。



「……すまんな」

 甘やかされているような気がして、目じりを赤く染めながら。なんとなく照れくさくて、むっつりした顔になる。

 だが、赤い顔で顰め面を作られても、加山から見れば可愛いだけで。くすくすと笑いながら、加山は応接用ソファーに深々と腰を掛け直した。



「……今日は平和だなぁ」

「そうだな……冷房さえ壊れていなければ、平和でいい一日だったんだろうけどな……」

「なんだ、冷房壊れてるのか?」

「………………だからこんなに暑いんだろうが」

 冷暖房完備の帝劇が、空調の故障以外でこんなに暑くなる事がある訳ないだろう――と突っ込まれて。加山は「まあ、俺は平気だけどなぁ」といつもの笑顔を浮かべる。



「でも……確かに、平和だな。今日は皆、暑いからって地下のプールで泳いでいるから、俺も余計な仕事増えないし」

「…………お前も大変だよなぁ」

 確かに、いくら支配人兼司令長官の仕事があるとは言っても、花組の面々(一部除外)はそんな事お構いなしに私用を言いつけてくる。

「でも、なんか、妬けるよなぁ」

 いつも花組に囲まれている大神には、なかなか近づく事ができなくて。ましてや、彼女たちのいる近くで抱きしめたりキスしたりなどできる筈もなくて。

 いつも花組に恋人を独占されている事を思って溜息を吐きながら、加山は大神の背後に回ってぎゅっと抱きしめた。



「な…何考えてるんだっ、離れろこの馬鹿っ!!」

 いくら二人きりの状況とは言え、真昼間から愛の抱擁をされて大神は真っ赤になる。

「暑いだろうがっ!! 離れろっ!!!!」

 耳まで真っ赤になってそう騒いで加山を引きそうとするが、その顔が赤くなっているのは当然『暑いから』ばかりではない。

「……だって、花組の皆さんが近くにいたらこんな事できないじゃないか」

 拗ねたように言いながら、加山はぎゅぅっと大神にしがみついたまま離れようとしない。

「そういう問題じゃないだろ、いいかげんにしないと襲うぞっ!!」

「こんな明るいうちに大神に襲ってもらえるなんて、俺は幸せだな〜♪」

 本気で嬉しそうに、「いくらでも襲ってくれ〜」などと言われて。大神はガクッと脱力する。



 どうやら何を言っても離れる気などさらさら無いらしい、と諦めて。溜息を吐きながら、グラスの中の麦茶を飲む。

「………おかわり」

 一気に飲み干したグラスを加山に押し付けて言うと、しぶしぶと離れて加山は冷蔵庫から麦茶を取り出し、『ボトルごと』持ってきた。



「ほら、好きなだけ飲め。大神ぃ」

「……………やっぱり離れないんだな、お前は」

 どん、と。グラスと麦茶のボトルを机の上に置いて、再び大神に抱きつく加山。

 もう諦めて、大神は加山の頭を撫でてやる。



 別に、本気で加山にくっつかれるのが嫌だった訳ではない。なんとなく恥ずかしかっただけだ。

 ――暑い筈なのに、こいつに抱きつかれるのはあまり嫌じゃないんだよなぁ。こいつにだけは絶対に言いたく無いけど。





「そうだ、大神ぃ。ちょっとだけ涼しくしてやろうか?」

「………何をする気だ?」

 ふと。何かを思い出したように、加山は懐をごそごそと漁る。そんな加山に怪訝そうな視線を向けていた大神は、その懐から出てきた物を見て首をかしげた。

 どこに何を入れてるんだ、こいつは?――と。

「ほら、これ。こないだ任務で露店に変装してた時の売れ残りだけど、やるよ」

 そう言いながら、加山は一旦大神から離れて。懐から取り出したそれを、開け放たれた窓のところにぶら下げた。



 窓からそよそよと流れてくる風に。

 チリン、チリリン、と硝子と硝子がぶつかり合う、硬質な――けれど涼やかな音が、支配人室に響き渡る。

 ガラス製の風鈴だ。



「……懐かしいな」

 栃木の実家では、この季節には毎日聞いていた音。

 だが、帝撃に着任してからは殆ど聞かなくなっていた。帝劇は洋式の建物なので、当然といえば当然だが。



「な、ちょっとだけ涼しい気分になれるだろ?」

「…………お前にしては、珍しく気の利いた事をするじゃないか?」

 クスッと笑って、空になった筈のグラスを口元で傾けた後、加山に手招きをする。

「? 何だ、おおが……っ!?」

 首を傾げながら、大神の傍に戻った加山は、腕を引かれて大神の唇に己のソレを塞がれた。



「ん…っ、お……大神ぃ?」

「ご褒美、だよ」

 にっこりと笑って口を離して。大神は、もう一度グラスを傾けて溶けかけた氷をひとつ口に含んだ。

 口の中の冷たい氷と、風鈴の涼しげな音に、少しだけ涼しくなった気がした。





「ご…ご褒美って………」

 真っ赤な顔で唇を隠すように覆っている加山の口の中には、大神が口に含んだのと同じ、溶けかけた氷がひとつ。



 味の無いただの氷の筈なのに。大神に口移しで渡されたそれは、酷く甘く感じられた。

「月光亭」の神威光輝様に暑中お見舞いをいただきました!
花月風味ですね……えへへ、えへえへ(怪しいよ!)
ラブラブで、もう、顔がゆるみっぱなしです!
神威様、ありがとうございました!

モドル