Marrige chain


 帝劇近くの教会が、何だかヤケに賑やかだ。

 大神に訊くと
「結婚式らしい。今日は大安だからな」
と笑った。女優陣も見学に行ってるらしい。
「俺達も見に行くか?そろそろ終わる頃だろうから、皆を迎えに行かないと」
 参列者が帝劇女優達を見て騒いでも困るし、と大神が立ち上がる。

 幸い雨は降ってないが、六月らしく空はどんよりしてる。風もちょっとあるか。
「五月辺りに、さっさとしてしまえばいいのになぁ」
「俺もそう思うけど。何でも『六月の花嫁』は幸せになれるとかで、流行らしいよ。織姫君が言ってた」
「へぇ。…そうか、欧州には梅雨がないからな。きっと向こうでは、打ってつけの時期なんだろう」
「成る程、そうかもな。…あ、ほら。丁度花嫁が出てくるぞ」
 教会の傍まで来ると、建物の前に人だかりが出来ていた。
 華やかに着飾った人々が、期待に満ちた目で教会の扉を見上げている。見知った顔も混じっていた。
 どうやら大神の心配は杞憂に終わったようだ。幾ら帝劇の女優が美人で人気者でも、結婚式の場では花嫁に敵わないだろう。今日の主役は、何たって花嫁だからな。
俺達は人込みの後ろに、少し離れて立った。
扉がゆっくりと開き、介添人に導かれた新郎新婦が姿を現す。ほぅっという感嘆の溜息に一瞬遅れ、歓声が上がった。
「おめでとう!」
「おめでとうございます」
 祝福の声を受けて、二人は眩しそうに目を細めた。幸せに頬を上気させて会釈をしながら、新しい夫婦は階段を静々と降りる。
 強めの風に、花嫁のドレスが柔かく翻っていた。
 半ば程で止まると、花婿に助けられながら、花嫁が後ろを向く。途端に集まった人々――――特に女性達が色めき立った。見れば女優達も、身構えて彼女を見詰めている。
 花嫁が小さく屈み込む。と、勢いよく腕を振り上げ、手にしていた物を後ろへ放った。

 ザザザザ…ッ
 同時に強い風が吹く。

「あっ!」
 風に煽られて、花嫁がよろけた。慌てて花婿が支える。
 その所為で皆の意識が、放られた物からほんの少し逸れた。
「・・・っ!?」

 ぽすっ。

 誰の邪魔も受けず、風に乗ったそれは俺の手の中に落ちてくる。
「…あーぁ。加山、取っちゃった」
「へ?あ、イヤ、これは取ろうと思った訳ではっ」
 俺の手の中で、白い小さな花束がさわりと揺れている。
 きょろきょろと周囲を見回していた女性達が、俺に気付いて、一斉に非難の目を向けた。
「あーーっ、加山のお兄ちゃん!」
「どーして加山サンが取るデスかーっ?!」
「酷いです、加山さん!!」
 アイリス嬢と織姫さん、それにさくらさんが怒りの声を上げた。
「うわわっ!大神ぃ、どうしようっ」
「どうしようって……逃げろっ!!」
 大神が踵を返すと同時に、俺の手を引いた。釣られて咄嗟に走り出す。
「加山さんっそれをお返しなさい!」
「そーだ、寄越せっ!」
「加山隊長、止まりなさい!!」
「返さへんと実験台にするでぇっ!」
「返却を要求する!」
 後ろで殺気だった声がするが、怖くて振り向けない。
 一目散に帝劇に逃げ帰ってしまった。



 冷静に考えれば。
「謝って誰かにあげるとか、花嫁に返してもう一回投げて貰うとか。他にやり様はあったよなぁ?」
 選りに選って、大神と手ェ繋いで逃げなくても。
「誰かにって、誰にあげるんだ?それこそ揉みくちゃにされるぞ。もう一回っていうのも駄目だろうな。こういうのは縁起物だから」
 大神が淹れてくれたお茶を啜りながら、俺は応接用ソファにへたり込んでいた。

 件のブーケは、サロンのテーブルに飾られている。

 あの後、皆さんに散々責められたのだ。何でも、ブーケトスの勝者は次の花嫁になれるそうで。
「皆さん、そんなに結婚したかったのかぁ」
「と言うより、ウェディングドレスが着たかったんだろう?一人で結婚も何もないもんだ」
 ドレスなら芝居で何度も着てるのになぁ。ウェディングドレスってのは、やっぱり違うのかね。そうぼやくと
「違うんだろうな。一生に一度の晴れ着だし」
 のほほんとした返事が返ってきた。
 そりゃそうか。…てゆーか、皆大神の花嫁になりたかったんじゃ…。やめやめ。
「結婚、か。…大騒ぎした事があったっけ」
「13人も振ったもんなぁ?後悔してたりして?」
 そう言ったら小突かれた。
「している訳ないだろう?それより、加山」
「ん〜?」
「次の花嫁、お前だぞ。どうする?」
 大神が甘い声でクスクス笑う。コンニャロウ。
「貰ってくれんの?大神ぃ。お前以外、嫌だからなぁ」
「はいはい。お前に入るドレスがあったらな」

 ちくしょ、本当に着るぞ。




 ブーケ騒ぎから一週間。
 俺は、意外な所で大神を見た。

 道の反対側で、買出しの帰りなのか大荷物を抱えた大神が、ショーウィンドゥを熱心に覗き込んでる。
「……」
 俺はと言えば、やっぱり任務の帰りで。気持ちのいい晴れ間の午後をいい事に、散歩がてら帝劇に向かうところ。
 少し離れた所に護衛の部下を見つけ、目配せをした。すると心得たように、さり気なく帝劇方向に歩き出す。先行させたって訳。
 視線を戻し見守っていると、暫く考え込んでいた大神は、意を決したように店に入っていった。
「大神ぃ?」
 その店はどう見ても宝飾店で、大神にはあまり縁のない店だと…思うんだけど?
 そのまま見ていると、程なくして出てきた。手には先からの荷物に加え、小さな紙袋。店名が印刷された、ちょっと洒落た袋だ。
 何、買ったんだろう。頼まれ物…じゃない、よな。明らかに、大神が自分で悩んで店に入った風に見えたしなぁ。
 好奇心を抑えきれなくて、確認する事にした。大神の事なら、何でも知りたいんだなぁ〜。

「スミマセーン」
「はい、いらっしゃいませ」
 大神の姿が消えたのを見計らって、店内に足を踏み入れた。
 ちょっと勿体ぶった感じの女性が、ガラスケースの向こうで頭を下げる。
「少々伺いたいんですが。先刻来た男性、何を購入したんでしょう?」
「…他のお客様の事は、ちょっと…」
 警戒の色を浮べた店員に、俺は困った笑顔をして見せた。
「奴とは友人なんですよ。実は近々祝い事がありましてね、プレゼントを買いたいんだけど…。ほら、同じ様な物になると困るでしょう?」
「あぁ、そういう事でしたら」
 急に店員は愛想笑いになって、ショーケースから小箱を出して見せた。
「大丈夫ですよ。先程のお客様はこちら…御自分の物をお買いになりましたから」
 目の前に並べられたのは、小さなリングが二つ。
「これ?」
「ええ。それから、こちらですね」
 続けて出されたのは、細い銀の鎖が二本。一方はネックレスみたいだけど、もう一本は随分長い。
「これは?」
「ネックレスとウェストチェーンです。こちらも揃いの物を、との事でしたので」
「ウェスト…チェーン?」
 訊くと、店員は長い方を自分の細い腰に回してみせた。
「こういう風に腰に着けるんです。シンプルなお洋服に合わせると素敵ですよ」
 そう言えばウィンドウのマネキンが、同じ物をしてたっけ。
「はぁ。…えと、こっちの指輪……揃いって事は…?」
「ええ、結婚指輪です。お祝いの品でしたら、時計などいかがでしょうか」
 壁際に飾られた凝った置時計を示されて、俺はぼんやり見上げる。

 結婚指輪?大神が?

 あまりのショックに、頭が巧く働かない。
 呆然としている俺を他所に、店員は「そうそう」と続けた。
「お知り合いなら、お伝え願えませんか?」
「あ…、え?」
「指輪を…相手の方のも御自分の手に嵌めてみて、『これでいい』と仰ったんです。でも、女性の指には随分大きいかと思いますので…。早めにお持ち頂ければサイズのお直しを致します、と伝えて頂けます?勿論サービスですので」
「はぁ……判り、ました」
 呆けた返事をして、もう一度指輪を見た。
 シンプルな銀の輪は、何だかやたらと自己主張してる。
「あ、の…スミマセン、今日はこれで。又来ます…」
「そうですか?…ありがとうございました」
 態度の変わった俺に、彼女は訝しげに挨拶をした。が、俺はそんな事を気にする余裕もなく、店を飛び出す。

 大神が結婚?何時?誰と?
 俺、知らない。聞いてない。だって大神は。
 大神は……あぁ、そうだ。

「……ッはぁ…はぁ…っ」
 足を止めて、街灯に凭れる。

 そうだ。大神は…誰のものでも、ない。間違っても、俺のものなんかじゃない。

 大神と寝るようになって、随分経つ。だけどそれは、散々求愛し続けた俺に絆されてくれたってだけの事。当然、抱くよりも俺が抱かれる方が多いし、その最中にだって滅多に言葉はくれない。
「そう…だよ、なぁ…」
 好き・好き言うのは俺ばっかりで、大神に好きって言って貰うのは至難の業。第一面と向かって『好きか?』なんて、怖くて絶対無理。『別に』とか言われたら、どうしていいか判らない。何か将来を約束した訳でも、ない。
 嫌われては、いないと…思う。そうでなけりゃ、大神は男なんて抱けないだろうから。
親友…よりも、好きでいてくれてる…と思ってたんだけど。でも…
「やっぱり、女の子の方が…いいよなぁ」

 米田前司令は諦めてくれたけど、最近、大神に見合いの話がやたらと来てる。陶然の様に大神は、見もしないで写真や釣り書を返してるけど…断れない話だって、きっとあるよな。帝撃のスポンサーである財界や軍関係のお偉いさんも、話を持ってきてるんだから。
 一週間前の結婚式。あれに触発されちゃったかなぁ。花嫁は綺麗だったし、花婿だって幸せそうだった。皆笑って、祝福して…

「俺じゃ、駄目だもんなぁ…」

 呟いて、歩き出す。
 今、顔を見たくない。…んだけど、報告に行かない訳にはいかないし。
 俺には、大神の“家庭”を作ってやる事は出来ない。
 でも。
 大神の望みは、何だって叶えてやりたい。俺に出来る事なら、何でも。

 ほてほてとゆっくり歩く。
 どんなにゆっくりでも、どんなに嫌でも、前に進めば目的地に着く。
 大きな大帝国劇場の屋根を見上げて、溜息を吐いた。青い空が今は憎らしい。梅雨なんだから、降ってくれればいいのに。…今日は、大人しく正面から入ろう。
 頑張って何時もの表情を作って、関係者に挨拶をしながら支配人室に向かう。
 ノックする手に、力が入らない。
「加山です。任務の報告に上がりました」
「入っていいぞ」
 扉を開けると、大神は丁度デスクに書類を広げてるところだった。先刻の荷物達は既に片付けられたのだろう、部屋は何時も通りスッキリしてる。
 大きな窓から差し込む午後の日差しが、とろりと辺りを包んでいた。
「本日の定期報告です。宜しいですか?」
 頷くのを確認して、言葉を続けた。
「昨日1630(ヒトロクサンマル)から本日1600(ヒトロクマルマル)まで、帝都内のチェックポイント、全て異状なしです。先日の陸軍内部調査の件は、処理済です。夜までには、報告書をお持ち出来ると思います」
「判った。その件は悪いんだが、調査を海軍にも伸ばしてくれ。第二・第三の京極が出んとも限らんし、未だに信奉している者も居るらしいから」
「了解しました。引き続き調査に当たらせます」
 大神は白い指を柔かく組んで、静かな笑顔を浮べる。
 一方俺は、そんな表情に却って胸の中が騒つきだす。

…苦しい、なぁ。

「他には?」
「いえ、特にありません。以上です。…もう、宜しいですか?」
「ん?あぁ、いいけど…。何か、急ぎの仕事でもあるのか?」
 司令でなく、親友の顔で尋ねられて、俺も少し肩の力を抜いた。
「いや、そういう訳じゃ…」
「ならゆっくりしていけよ。俺も仕事の前に、お茶くらいゆっくり飲みたい」
「…判った。日本茶でいいか?」
「ああ」
 備え付けの茶棚で支度をする。

 何してんだかなぁ、俺。本当はとっとと逃げ出したいのに、それでもやっぱり、少しでも傍に居たくて。居心地いいのに居心地悪いなんて、矛盾してるよ。
「ほら、大神。熱いから気を付けろ」
「ありがとう。…何だか、顔色悪いぞ?疲れているのか?仕事、頼み過ぎかな」
「そんな…事ない、ぞ。大丈夫…だ」
 不意に涙が出そうになる。

 ポーカーフェイスには自信がある。大神の前では気を許してる所為か、それ程でもないが。それでも、注意深く探られなければ判らない程度には、己を隠しておけると自負してる。
なのに、どうして今日に限って…出来ないんだろう。今こそが…一番隠しておきたい時だってのに…
そんな風に気付いてくれるのが嬉しくて。ほんの少しの変調に気付く位には、気に掛けてくれてるのだと判って。どうにも心を保てなくなる。

「…っふ…ぅ…」
「か、加山っ?!」
 勝手に、口から嗚咽が漏れる。
 自分の湯のみ握り締めたまま、湯気の中で泣く俺は、何て女々しいんだろう。
「ど、どうした?何処か痛いのか?何かあったのか?」
「ぅ、ぇぇ…お、…がみぃ…」
 慌てた様に席を立って、俺の背を抱く。その大神の手が温かくて、益々泣くのを止められなくなった。
 子供みたいにしゃくり上げてる俺から湯呑みを取り上げると、俺をソファに座らせ、隣でポンポンと背を叩いてくれた。
「お…れ…俺ェ…」
「うん、どうした?」
 優しい声。優しい手。優しい、大神。…俺のものじゃ、ないんだなぁ。

 誰にでも優しいけど、もうすぐきっと、誰か一人のもの。その人に一番、優しくなる。特別な、その人だけの、大神。

「ふェェ…ん、おお、が…みぃ…ひっく」
「無理に喋らなくていいから。泣いてスッキリするなら、思い切り泣いた方がいい」
 髪を指で梳かれて、その気持ち良さに胸が痛くなる。
 恥も外聞もなく、大神の肩に縋って声を上げた。だって、もうこんな風に抱き締められなくなる。
忘れない様に、忘れられない様に、回した腕に力を込めた。
「加山、何があったか知らんが…俺は何時だって、お前の力になりたいと思っている。なのに、そんな風に泣かれると、何も出来ない自分が歯痒いよ」
 小さく耳元で囁かれた。
 しゃくり上げながら、照れ屋の大神にここまで言って貰えるのが嬉しくて、少し笑った。
「ぇ…っく…お、がみ、ありが…とぉ…で、も…」
 ぐしぐしと拳で目元を拭って、顔を上げた。肩に回されていた手も、そっと外す。
 今更だけど、心配を掛けちゃいけない。心残りがあっちゃいけない。後悔、して欲しくない。だから、祝福してやらなきゃ。笑って、とはいかないけど。
「もぅ…俺に構わなくて、いいぞ。これからは、その優しさを…伴侶となる女性に、向けてやらねばな。…出来れば、一番に言って…欲しかった、なぁ」
「伴侶?」
 大神がきょとんと俺を見る。
 照れ隠しだろう。構わず続けた。
「相手は、誰なんだ?花組の娘か?式の段取りとか、決めたのか?」
 まだ息が引き攣れるけど、一息に訊いてみる。
 なのに大神は、怪訝な表情をして首を傾げた。
「何の話しだ?伴侶とか花組とか、式とか…」
 とぼけてるのか?それとも、やっぱり俺には言いたくないのかな。
「隠さなくてもいいじゃないか。結婚、するんだろ?」
「は?」
 驚いた綺麗な瞳が、俺を真っ直ぐに見詰める。
あぁ、本当に綺麗だなぁ。もうこんな風に、近くで見られないのかな。
「…指輪…」
 そう言うと、大神の頬が瞬く間に染まった。
「見ていたのか?」
「うん、偶然。…ゴメンな?俺には、知られたくなかったか?」
「イヤ、そういう訳じゃ…」
「店の人がな、女性の指には大きいからサイズを直しに早く持って来いってさ。何なら、俺が持ってってやろうか?」

 大神の顔付きが、変わった。
 一瞬はっとして、次に合点がいったと言う様な顔になる。それから最後にムッとした。
 百面相の理由が判らなくて、俺はポカンとしてしまう。

「加山!!」
「は、はいっ」
 突然怒鳴られて、文字通り飛び上がる。

 『気を付け』の姿勢で固まっている俺を、大神が睨み付けた。お、大神、怒ってる?何で?
「お前は!俺が女の子と結婚すると言っても、そんな風にあっさり諦められるのか?!」
「え?…だ、だって…」
「その程度の考えで、俺に告白したのかっ?お前の想いはそんなモノだったのか!」

「そんな訳ないだろっ!!」

 咄嗟に大声を出してしまい、慌てて手で口を塞ぐ。
 耳を澄ましても、誰も来る気配はない。こんな所を見られたら大神が困るから、ちょっとほっとした。
「加山…」
 今度は幾分優しい声で、大神に声を掛けられた。まだ少し怒ったみたいな顔をしてるけど、目が笑ってる。
「加山は何時も、そうやって俺を優先させて考えてくれるけど、それが良い事だとは限らないんだぞ。もっと加山自身も大切にしてくれ。もっと加山自身の気持ちも話してくれ。欲しい物は欲しいと足掻いてくれ。俺にもお前を心配させてくれ。力になりたいって、言ったろう?加山がそんな風だと、俺は―――不安になるよ…」

 不安?俺が、大神を…不安にさせてた?

 何時だって大神の助けになりたくて、大神に笑ってて欲しくて。だけど。気持ちを押し付けて我が儘を聞いて貰ってる分、それ以上の負担にはなりたくなくて。そう思って頑張ってきたのに、それは間違いだったのかな。一人で空回り、してたのかな。
「俺…迷惑、だったか?」
 恐る恐る尋ねると、ゆるりと首を振る。
「そうじゃない。もっと欲張って欲しいんだよ。我慢しないで欲しいんだ。お前は『好きだ』って言うけど、俺に『好きか?』って訊いた事ないよな。まるで縛るのを恐れるみたいに、俺に言わせないようにしてた。だから、言えなかった」
「…大神…」
 形のいい眉を少し寄せたまま、だけど漸く笑ってくれた。
「先刻『そんな事ない』って言ってくれたみたいに、何時だって素直に言って欲しかった。…俺だって、お前を縛るのは怖いよ。俺もお前も男だ。海軍を志した位だから、将来もっと広い世界に出たくなるかもしれない。例えば紐育みたいな、さ。その時の枷に、なりたくはない。だけどな、その広い世界に出た時も、隣に居られたらいい。俺はそう思っている。加山は違うのか?」
 違わない。何時だって、何時までも、大神の傍に居たいと思ってる。
だけどそれは声にならなくて、唯一所懸命首を振る。それでも伝わったらしく、大神は頷いて俺の手を取った。
軽く引かれて、もう一度隣に腰掛ける。
「俺が好きなら、簡単に諦めるな。絶対に手放すな。みっともなくていい、縋ってでも俺を捉まえておけ」
「でも、大神ぃ…」
「と言っても加山の事だから、俺の自由だとか自分のプライドだとかを考えて、実行は出来ないんだろうな」
 言われて俯いた。
 そうかも知れない。俺は臆病者だから、縋った手を振り払われるのを想像してしまう。考えただけで、体が震えた。
「だから、俺がお前を捕まえておく事にした」
「え?」
 突然の宣言に、今度は俺が目を見開く番だった。
 震えが一瞬で治まる。けど、意味が理解らない。

「お前を縛ってやる。覚悟しておけ。一生、放してやらないからな」

 大神は勝ち誇ったように、酷く楽しそうに言い放つ。
 何言ってるんだ?縛るって……大神が、俺を?
 俺がクエスチョンマークを飛ばしてると、立ち上がって机の引き出しを開けた。中から紙袋を取り出す。
 あ、あの袋…
「これ、誰か他の女の子にやると思ったって?」
「………」
 呆然と見上げてると、悪戯っぽい微笑みのまま戻ってきた。そして、そのまま俺の前に膝を突く。
「お、大神?」
「俺が好きなのは、加山、お前だよ。言えなかった俺も悪かった。お前の事を考える振りをして、勇気がなかっただけかも知れない。でもこれからは、遠慮しない。好きだ、加山」
 今、何を…言われたんだろう。巧く、思考が働かない。俺の目は、ちゃんと大神を映してるか?自分に都合のいい夢を、見てるだけなんじゃ、ないだろうか。
「手、出して」
 言われるまま、反射的に手を揃えて差し出す。
 大神はクスリと笑って、左手だけを掴んだ。そして袋から無造作に取り出した、ケースを開く。あの時見たのと同じリングが、キラキラとそこに収まってる。
「受け取って、くれるか?」
 言葉が鼓膜を通って脳に届くのに、暫く掛かった。
 理解して、一瞬躊躇って、でも頷くしか出来ない。機械みたいに、カクカク顎を上下させる。そうしないと、この夢が覚めてしまいそうで。
 大神の整った指が細いリングを摘み上げ、それを俺の武骨な指に嵌めるのをボンヤリ見る。
 冷たい感触が、急に現実感を連れてきた。

「あ…」

 それはピッタリと俺の薬指に納まった。
 目頭が熱くなる。止まった筈の涙が、又溢れてきた。俺ってこんなに涙脆かったかな。
「サイズ、丁度いいだろう?加山の指は、俺より一回り太いんだよな。俺の為に頑張ってくれる、大事な指だ。ちゃんと知ってる。それに……」
 言いながら、紙袋から更に何か出した。もう一つのケースからは、スルスルと長い、華奢な鎖が延びる。
 そうだ。それも買ったって、店員が言ってたっけ。
 折角嵌めた指輪を外されて、少し慌てる。視界がぼやけるけど、必死で大神の手元を見詰めた。
「もし合わなくなっても、これに通しておけば大丈夫だよ」
「で、でも…これ、大丈夫…って?」
 どうするのかよく判らなくて、唯大神のする事を見ている。と、
「!?」
 急にシャツの裾を引っ張り出された。ビックリして、涙が引っ込む。
「な、な、な、何っ?」
「こうやって、腰に着けておけばいいんだ。服の下なら目立たないし、仕事中に引っ掛って危ないって事もないし、な。俺用はネックレス。これもお揃いなんだぞ」
「お揃い…って、あの」
 にっこり微笑まれても、どうしたものか。
「これは、加山を縛る為の鎖だ。そして、加山が俺を捉まえておく為の物だ。結婚しよう、なんて言わない。でも、お前は俺のものだし、俺はお前のものだ。覚えておけよ、一生放さないって言ったのを」

 腰回りに冷たい鎖が纏わりつく。シャラシャラと儚い音を立てて、でもそれは確かに俺を捉えていた。
 心地いい冷たさ。心地いい束縛。

「俺にも着けて」
 もう一つの輪が揺れる鎖を、手渡される。
 ドキドキする。指が思うように動かない。
 俺に差し出すように、顎を上げて白い喉を晒す大神は、まるで口接けを待ってるみたいだ。
 震える手を騙し騙し、ゆっくり丁寧に、ネックレスを着ける。
「似合うか?」
「…うん」
 子供の様に得意気に、ネックレスを摘んで見せる。それが妙に可愛い。
「この前の結婚式を見てさ、こんな約束ならしてもいいかと思ったんだよ。貯金、全部はたいたんだぞ?」
 西日が濃いオレンジ色を、鎖の上で金や銀に変えながら踊ってた。滑らかな肌の上で、冷たい筈の金属が暖かい光を放つ。
何て、綺麗な光景だろう。本当に、夢じゃないのか?
 うっとりと大神を見ていたら、急に腕を掴まれ引っ張り上げられた。
「わ?!大神、何っ?」
「加山のも、もっとよく見せて。…ほら、シャツ持ち上げて」
 立ったまま服の裾をたくし上げさせられて、顔が火照る。今更って気もするけど。でもまだ陽のある内に、しかも誰が来るかも知れない支配人室で、こんな格好させられてるなんて、かなり恥かしいぞ。
「あ、あの…大神?」
 なのに知らん振りで、大神は俺の腹に指先を滑らせた。そんな事されたら、益々顔が熱くなる。恥かしいやら、擽ったいやら。
「お、大…神…っちょ…と、ダメ、だ…」
 さわさわと器用に這っていく手を止めたいのに、大神の視線に阻まれて動けない。
 俺の声なんてまるで無視するように、大神は好き勝手に俺の体を辿る。慣れた体は簡単に反応してしまう。
「見…るだけ、だ…って」
「だけ、何て言ってない。見せて、もっと。…そうだな、俺を疑った罰って、どうかな?」
「どう、かな…って、誰か、来た…ら」
 身を捩ると抱き止められて、耳元で吐息が笑う。
「先刻あれだけ大声出したのに、誰も来なかったろう?」
「…へ…?」
「花組は皆、歌舞伎見物。風組三人はもう定時だから帰ったよ。月組は…隊長がここに居るんだから、こっちには来ない、…だろ?」

 確信犯。
 不意にそんな言葉が浮かぶ。実は大神は、とても悪い男なのかも知れない。それでも、惚れた弱みなのか。それが俺だけに、なのがもう判ってるから、嬉しいだけ。
「ぉ…お、がみ…」
 呟いた口が塞がれる。しっとりした大神の唇が、気持ちいい。
 くらくらして、大神の肩にしがみ付いた。
 腫れぼったい瞼に、柔かい唇が触れる。頬に、耳朶に、首筋に、触れていく。
 力が抜けて、全部を愛しいこの男に預けた。



 シャラシャラと、目の前でリングが揺れる。サラサラと、腰の鎖が肌を滑る。
 床の冷たさも、気にならない。
 窓からの明かりは、とっくに紫の甘い光に変わってる。それ以上に甘く光る、大神の身体。
「…っあ…あ、ぁ…」
「加山、愛している、よ。離れるな、ずっと」
「う、ん…お…が、みぃ…うれ、しぃ…」
 銜えて引かれる鎖に感じて、体が跳ねた。零れる涙は、優しく指で拭われる。
 体内で暴れる大神に思いの証を注がれて、俺は大神のものになった。今度こそ、本当に、大神だけのものに。大神の、片翼に。連なる枝に。

 誓いの、口接けを。
「好き、だよ」
 続く限りの、誓いを。


  六月の結婚は、幸せになれると言う
  六月の鎖
  2人を繋ぐ 永遠に切れない鎖
  メビウスの輪のように 続く『絆』――――

Happy Marriage. Happy Wedding.
Congratulations!
For Mrs.Akiko Suzunasi.

           From your FRIENDS.





若津樹硅さまからお祝いいただきましたーーー!!!
きゃーーー!!!
冒頭で結婚式してる花嫁ってあたい?!あたいかな?!(←かわいそう)

「違うって!!それ加山のに決まってるじゃん!!!」っていじらしい加山に思わずつっこんじゃいましたよ!
加山の泣きっぷりにもらい泣きしそうでしたよ〜〜〜
もう大神さんってばキザなんだからぁんvvv
あーラブラブ!ラブラブっていいな!!!
若津樹硅さま、ありがとうございました!

モドル