|
その水はどこまでも透明で冷たく、決して濁ることはない。
「それじゃあ、大神の呼び出しは任せるからな。俺らは倉庫で待機してるから」
返答に窮しているうちに、上級生たちは加山の肩をぽんと叩くと行ってしまう。話の内容は、同室である加山に大神を呼び出させるというものだった。大神を呼び出して何をするつもりなのかまでは聞いていない。大神にとっていいことが起こるとはとても思えなかった。
加山が水を飲み終えたところに、大神が現れた。片手に本を持っていることから、今まで図書室にでもいたのだろう。加山は迷ったが、大神に話すことにした。
「で、話って何だ?」
話があると言って、自分たちの部屋へと戻ってきた。他の誰かに聞かれたくない話をするなら当然の判断だ。
「いや、俺も話すべきか迷ったんだけどさぁ……。聞いた上で、聞かなかったことにしてくれても構わないからな」
なかなか話し始めない加山に大神は少し笑いかけ、先を促す。
「上級生に、お前を呼び出せって言われた。絶対、いい意味での呼び出しじゃないと思う。応じるにしろ応じないにしろ、知っておいた方がいいかなあと思ってなあ。……勿論、聞かなかったことにしてもいいと思うぞ」
苦笑いをする大神につられて、加山も苦笑いをする。そもそもこんな話を大神にした時点で、聞かなかったことにすることなど、大神に関してはありえない。それがわかっていて言うんだから、大概自分も嫌な奴だ、と加山は思う。上級生にはいじめられたくないし、大神にも嫌われたくないのだから。
「…………誰だ」
鍵の外れる音がして、扉が開いた。非常灯のついている廊下よりも、倉庫内は暗いのでよく見えない。「入れ」と言われ、黙って室内へと足を踏み入れた。後ろで、扉の閉まる音がする。
「……来ると思ってたぜ、加山」
大神は猿轡を噛まされているらしく、微かなうめき声しか聞こえてこない。必死で逃れようとしているようだが、二人の上級生にほとんど乗っかられるように押さえつけられているので、動くこともままならない様子だった。よく見ると、手首を縛られている。
「…………叫びます」
考えるまでもない。加山をかばうためだ。
「おまえっ……!」
背後にいた1人が掴みかかってくるのを予想してかわすと、素早く扉の鍵を開けた。大神を押さえていた2人がこちらに向かってくる後ろで、大神が立ち上がるのが見えた。加山は安心して、1人の胸倉を掴むと投げ飛ばした。あまりにもきれいに投げられたので、少し驚いたほどだった。
「だってまさか俺、先輩たちがこんなことするなんて思ってなかったし!叫びますよ!!」
自分ながら名演技だと、加山は思った。上級生たちは観念したようで、加山を睨みつけると扉から慌てて出て行った。まったく、これくらいで諦めるくらいなら最初からやるなと思う。
倉庫の床はほこりだらけで、ほこりだらけになってしまった大神は風呂に入りたいと言ったが、こんな時間に宿舎の風呂は使えないので、海岸に来ていた。
「いや。だって言わなかったら、おまえが同じ目に遭ってたかもしれないだろ」
灰色の海の中に、大神の白いランニングシャツが浮かんで見える。
「それは……」
加山は思う。どうして大神を試したりしたのだろう。この優秀すぎる友人を、疑っていたのだろうか。
「だって、助けに来てくれただろう?俺の思ったとおりにさ」
波の音が一際高く響いて、雲に遮られていた月の光が大神の上に降り注いだ。きらめく冷たい水のような、決して濁らない輝きを加山は見た。この清らかな光に、助けられたのは自分の方だったのだ。
「おまえも来いよ」
足を踏み入れた水は冷たく、月の光に透き通る。 |