皐月様 御中

夏の秘密 前

 陽炎が揺らめきそうな午後、銀座の通りを人々が汗を拭いながら歩いていく。
 本日の帝劇は休演日ではあるが、涼みがてら売店でブロマイドを買い求める客や、食堂で冷たい飲み物を楽しむ客でそこそこの賑わいを見せていた。

 米田が帝撃総司令を引退して、その後を大神が引き継いでから3ヶ月ほど経つ。同時に帝劇の支配人も引き継いだため、しばらくの間は顧問として米田が劇場に出入りしていたが、今ではそれも稀と言えるほどの回数になっていた。これもひとえに大神の能力と、努力の賜物であると言えよう。



 「悪いわね、大神くん」

 副司令であるかえでににこやかに微笑まれ、大神はかえでから託された書類を手に事務室へ向かった。いくら大神が司令に就任したとはいえ、以前から副司令を努めているかえでには到底頭が上がらない。彼女の助けなしには大神はおそらくやっていけないだろうし、特にこき使われているというわけでもないが、やっぱり姉さん女房タイプなのかな、と大神はひとり苦笑した。

 事務室に着くと、事務のかすみよりも先に白いスーツが目に付く。
 白いスーツの男、加山が大神にいち早く気づき陽気に笑った。

「いよう、大神ぃ。今日も暑いなぁ〜」
「加山。来てたのか」

続いてかすみも微笑む。大神は事務室の中に入ると、書類をかすみに手渡して事務的な連絡をした。

「……それにしてもおまえが事務室にいるなんて珍しいな」
「ん?ああ、いやぁ……ちょっとな〜」

たいした意味もなく加山に声をかけた大神だったが、それに答えた加山の態度がなんとなくおかしいことに気づく。それを裏付けるように、加山がちらり、とかすみに目配せをするのがしっかりと見えた。

「そ、それじゃあオレはそろそろ戻ろうかな〜。じゃ、かすみさん……、またな、大神ぃ!」
「は、はい」
「あっ、加山……」

やはり加山はかすみに目配せをした後、逃げるように事務室を出て行ってしまった。大神が訝しみながらかすみを見ると、かすみも少し慌てた風にさーて書類書類、などと言いながらばたばたと帳簿をめくり始めている。
 あまりいい気分はしないが、特に問うようなことはせず、大神はおとなしく支配人室へと戻った。



 「……最近、よく事務室へ行っているようじゃないか」
「え、ええっ?!」

加山が事務室のかすみのところにいることを珍しい、と大神が思ってから1週間、毎日のように加山は事務室に顔を出しているようだった。ちなみにこれは、大神が由里に昼食をご馳走して聞き出したことである。

「……かすみくんと、何かあるのか?」

しかも、ただ事務室へ行くだけでなく、必ずかすみとこそこそと何やら秘密めいたやりとりをしているらしいのだ。あるときは流行雑誌のようなものを一緒にめくっていたり、手紙のようなものを加山がかすみに渡したりもしていたらしい。

「や、やだなぁ〜。大神が勘繰るようなことは何もないって〜」
「……………信用ならんな」

座ったままの大神に上目づかいでにらまれ、加山は支配人室の机の前で挙動不審になっている。2人がただの親友ならばこういった空気にはならないだろうが、世間一般でいう恋人同士のような関係なのだから、問い詰められても仕方ない。

「し、信じてくれよう〜。本当に、何でもないんだからな〜」
「……………そうか」

冷たい口調ながらも折れた様子の大神に、加山はほっと胸をなで下ろしたが、それは少し甘かった。大神が静かに椅子を立ち上がり、机をまわって加山のすぐ隣へとやってくる。

「…………ならば身体に訊くまでだ」
「えぇ?!んむ…………」

大神が突然加山の腕をつかみ、乱暴にキスで唇を塞いだ。突然のことに加山は少し抵抗したが、至近距離で見える大神の攻撃的な瞳に、観念したように目を閉じた。

「………っは、んぅ………」

激しく舌を絡められ、苦しさに息をつごうとすると、それさえも許さないように大神が噛み付いてくる。唾液が口の端からこぼれ、頭がぼうっとしてきて、どくどくと下半身に血液が集まる感覚に加山は震えた。舌を噛まれる痛みにさえ、身体が喜んで反応する。

「………はぁっ…………お、おがみぃ……」

ようやく離された唇はひどく濡れて、じんじんと痺れていた。加山の目はすっかり快感に潤んで、大神にその先をねだって揺れる。しかし大神は、そんな加山の顔を見るとにやりと笑った。

「……これ以上はしないぞ。おまえが本当のことを言うまで、おあずけだ」

大神はつかんでいた加山の腕をぱっと離し、自分の唇をわざとぺろりと舐めてみせると、すうとそばを離れて椅子に戻ってしまった。

「そ、そんなぁ………」
「信じろと言うのなら、誠意を見せてみろ」

涙目で訴える加山に、大神は挑発的に微笑む。それは、自分が加山に愛されていることを知っている笑い方だ。普段の大神は決してしない表情であるが、そんな顔をされると加山は反発するどころか、ますます大神にふらふらと傾いてしまうのだ。

「に、2週間!2週間経ったら言うから、だからぁ〜」

一度火のついてしまった身体を持て余し、抱きついてこようとする加山を大神はやんわりと押し返すと、にっこりと微笑んだ。

「ふうん、2週間か。それくらい、我慢できるよな?加山」

大抵、いつも誘うのは加山で、淡白なのか大神はあまり自分から加山を抱こうとすることがなかった。しかしそれは加山が求めすぎなのであって、それに付き合っている大神は、結果的に満足している状態にいるだけなのである。

「………大神のいじわる〜!」

瞳を潤ませたまま、加山は支配人室をばたばたと走って出て行ってしまった。大神が頑固だということを知っていて、これ以上そばにいれば自分が追いつめられるばかりだと悟ったからだろう。

「そうそう、そういうときは運動して発散するんだぞー」

 大神がのんきに書類に目を通し始めると、支配人室のドアがノックされ、かえでが書類を手に入ってきた。

「大神くん、少し気になることがあるんだけど、いいかしら?………加山くんの方は大丈夫?」

お見通しよ、といったふうに微笑まれて、大神は苦笑した。元上司の部下公認というのも、いいものか悪いものか悩みどころである。

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