夏の秘密 後

 「……引き続き、部下を調査に当たらせますっ………」
「……任せたぞ、よろしく頼む」
「りょ、りょうか………んむ」

支配人室で現在調査中の件についての報告をしていた加山は、もう本当に勘弁してくれ、という状況だった。
 最初は、大神は普通に机に座っており、加山はその前に立って報告を始めた。しかし、数秒後には大神が背後に移動し、後ろから抱きしめられることになる。たじろぐ加山の耳元で大神が続けて、と囁けば、そうするしかないのが総司令と部下というものだ。彼らが恋人同士でなければ、完全にセクハラである。

「………あと1週間か。まぁ、たいした期間じゃないよな?」
「はぅ………おおが、んぅ」

 事務室のかすみと加山が、一目を忍ぶようにこそこそと密談をしているのは相変わらず。
 加山はキスは嫌いじゃない、むしろ大好きだ。しかしこんなにもこの行為を恨んだことはないだろう。大神に与えられるキスが甘ければ甘いほど、加山はどんどん「おあずけ」のドツボにはまっていく。
 帝劇内で大神に会えば、暗がりに連れ込まれてキスをされる。しかも決まって腰ががくがくになるようなキスで、おあずけをくっている加山にはつらくて仕方ない。大神をできるだけ避けて行動しても、報告があるので完全に会わないわけにはいかない。

(オレがかすみさんと会う理由が知りたいわけじゃなくて、絶対楽しんでるに違いないんだ大神は!)

加山が大神も気持ちいいことも大好きで、だからこそこれがつらい仕打ちだということを、大神は知っていてやっているのだ。

「………ん、も……やだよぅ大神ぃ〜」
「だって、言う気はないんだろう?素直に喋ればいいのに」
「そ、それだけはダメなんだあぁぁ……」

義理堅い加山としては、その理由を喋るわけにはいかない。おそらく大神もそれを知っていて、「おあずけ」中の加山にキス攻撃をして楽しんでいるのだ。もの欲しそうに頬を赤らめ、瞳をうるませる加山を。



 夏の暑さはますます厳しくなり、太陽を見上げるだけで日射病になりそうだ。いつにも増して、文明の利器に感謝したくなる。

 「……さて、今日は2週間目だが?」

 いつものごとく支配人室で報告を終えた加山に、大神はにっこりと微笑む。加山の身体は既に限界に近いというのに、大神はいつもと変わらず涼しげな顔だ。性欲には個人差があるというのがよくわかる事例である。

「うう……今夜。今夜なら多分、喋っても平気なはずだから〜……」

なんとなく落ち着かない素振りで加山がもじもじとしていると、支配人室のドアがノックされた。


 「ああ、加山くんもいたのね、ちょうどいいわ。月組に調査してもらっていた件なんだけど、今夜動きがあると思うの。今夜は、夏祭りでしょう?」

大神も加山も、かえでが入ってきた途端に司令と月組隊長の顔になるのはさすがと言うべきか。

「なるほど。どさくさにまぎれる形で行動できるし、人のエネルギーも集まりやすい……」

月組が調査していた件というのは、いわゆる新興宗教団体が銀座周辺で行っている集会についてだった。霊力が多少絡んでいるようで、帝撃が調査に当たっているのである。

「……では、夢組の方に待機命令を出します。月組も、隊員を配備して」
「いや!」

大神の、隊員を配備、という言葉を遮り加山が一歩進み出た。

「オレが行きます、司令」
「どうしてだ?隊長のおまえがわざわざ出向かなくても……むしろ本部待機の方がいいと思うが」
「………オレに行かせてください。何かあればすぐに、応援を呼びますから」

加山が頑なな態度を取ることはそれほど珍しいことではないし、言い出したらきかないことも知っている。理由はきっと、後で言うつもりなのだろう。大神とかえでは顔を見合わせ、ふうとため息をつくと加山に許可を出した。

「じゃあ、これを持っていって。紅蘭が作ってくれた発信機なんだけど、このボタンを押せばこちらに知らせる仕組みになっているから。勿論、キネマトロンも持っていくのよ」



 夏の夜はのんびりとやってくる。祭りの前の少し浮ついた空気には、誰もが子供のようにそわそわとしてしまうものだ。
 しかし地下の作戦司令室まではその空気も届かない。大神は、通りをふわふわと泳ぐように行く人々を、モニタごしにぼんやりと眺めていた。徐々に暗くなる街、金魚のようにひらひらと歩く浴衣の少女たち。そう言えば、花組のメンバーも祭りに行くと言っていたようだ。銘々が着飾って出かける姿を、見たかったと思う。

 夜もだいぶ更け、祭りの人出も最も多くなったであろう頃、耳慣れない鋭い音が司令室に響いた。

「これは……!」

かえでが加山に持たせた、発信機の緊急信号である。キネマトロンが鳴らないことを見ると、鳴らせない状況であるということか。
 すると、キネマトロンに支配人室のかえでから通信が入った。

「俺が行きます。まだ何があったかわかりませんし……かえでさんは、こちらで待機を」

大神は胸元の銃を確認し、司令室を走り出た。心臓が控え目に、しかし確実に大きく鳴っている。祭りが行われているのが比較的近所だということが、何よりの救いだった。




 賑やかな祭囃子、明るい提灯。笑顔の人々は浴衣を着て、夜だというのに色の洪水だ。大神は手元のレーダを見つめながら、加山の持つ発信機に向かって人波をかきわけ進む。
 境内へと続く真っ直ぐな通りの両脇には、ずらりと色とりどりの夜店が並んでいる。しかし、大神の目には何も入らなかった。ひたすら加山に向かって進むことしか頭にない。ぶつかる人にすみません、と小声で謝りながら、レーダの示す先へと急いだ。



 「………加山!!」

 人の波に、見慣れた赤いシャツを見つけ、大神は叫んだ。
 赤いシャツが振り向く。

「…………大神?」

 人違いではない。何の緊迫感もない顔で振り向いたのは、紛れもなく加山だった。

 途端に、大神の耳には音が、目には色が飛び込んでくる。
 陽気な祭囃子、人々のはしゃぐ声。色とりどりの浴衣、夜店の狐のお面、射的の景品、金魚の赤。
 一陣の風に風鈴が一斉に鳴り出し、ぴかぴか光るたくさんの風車がからからと回った。

 驚いた顔をしていた加山が、大神を見つけてにっこりと笑う。



 「ええ、そうです。誤作動だったようで………はい、申し訳ありません」

 人気の随分少ない神社の裏手で、加山はキネマトロンにぺこぺこと頭を下げていた。加山を見つけるなりここに引っ張ってきて、かえでに通信を入れさせたのは大神である。

「………それで?本当に何もなかったのか?」
「ああ。何度かこの辺りは巡回したし、夢組からも何の報告もないだろう?」

へらへらと笑っている加山を見て、大神は脱力しっぱなしだった。加山の命すら心配して駆けつけてみれば、ただの発信機の誤作動だというし、加山はのんきにせっかくだから祭りを楽しもうなどと言う。

「………何事もなかったのならいいんだけど、つ、疲れた………」
「いやぁ、悪かったなぁ大神ぃ。ほら、りんご飴おごるからさ〜」

 ぐったりとしている大神の肩をぽんぽんと叩き、加山がにこにこと笑っている。
 すると、背後でがさりと草を踏み分ける音がした。

「………お、大神さん?」
「……加山隊長?」

背後からの気配には敏感な2人である、さぞかしすごい顔で振り返ったのだろう。振り返った先には、浴衣を着たかすみと月組隊員の竹本が目を丸くしていた。

「お、大神さん!こ、これは……」
「………なるほど、こういうことか」

顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら弁解しようとするかすみを、大神は笑って制した。かすみの隣では竹本が気まずそうに苦笑いをしている。

「2人とも照れ屋だからなぁ。こそこそキューピットするのはなかなかに大変だったぞう〜。さあ!夜は長い!記念すべき初デート、ゆっくり楽しんでくれたまえ!行くぞっ大神ぃ!!」
「お、おい、加山!」



 加山は約束どおり、というか自己満足でりんご飴を買ったが、大神は少し舐めて甘すぎる、と言ったので今は加山が舐めていた。結局は加山が欲しかっただけのようである。

「いやあ、オレが言う必要なくなったなぁ」
「……かすみくんと竹本くんの仲を取り持ってたってわけか。いや、よくわかったよ」
「そうだ。初デートが成功するまでは、誰にも言うなと口止めされててな〜」

義理堅い加山らしいな、と大神は隣の加山を見て微笑む。祭りの人出では、男2人が連れ立って歩いていてもそれほど目立たないのがありがたかった。
 真っ赤なりんご飴をぺろぺろと舐める加山の舌は、飴の染料で真っ赤に染まっている。それは毒々しい赤だ。

「甘くないか、それ」
「甘いからうまいんじゃないか〜……うわぁっ」

大神は、嬉しそうに飴を舐めている加山の腕を引っ張ると、境内の林の中へと引っ張り込んだ。そこは賑やかな夜店の通りとの対比で、普段よりもずっと闇が濃い。

「と、突然何するんだ………んむ」

飴を持っている加山の手首をつかみ、キスをする。舌が口内に潜り込んでくる感触に、加山はぎゅうと目を閉じた。

「………やっぱり甘いな」
「……はぁっ………いつも突然だなぁ、おまえは………っておい!」

大神の唇がするすると首すじを滑り降り、腰にまわされていた手は尻を撫でている。ぞわぞわと鳥肌が立って、すぐにでも全身から力が抜けてしまいそうだった。

「や、やめろって!………こんなところでぇ〜……」
「……おあずけ解禁なのに、嬉しくないのか?」

耳を唇で愛撫され、背筋に甘い痺れが走る。ベルトを外されそうになって気づけば、大きな木に背後を遮られていて逃げることもできない。

「だ、だってぇ………大神らしく、ないぞっ………っう」
「………俺がね、限界なの。だから」

暗闇の中で大神の瞳が、ぎらりと光る。

「……蚊に、刺される………だろっ!…………っ」

食べかけのりんご飴がゆっくりと落ちて、木の根に当たった。



 次の日加山は、蚊に刺された跡をなぜか慌てて隠したり、それ以外の理由で鬱血した個所を間違えてかきむしったりしていた。
 大神はうだるような気温をよそに、涼しい支配人室でいつもどおりに仕事をする。
 ロビーには、売店や食堂を目当てに訪れた客がちらほら。事務室は、かすみの気分そのままに少しうきうきとした雰囲気になっていた。
 外は夏の日がさして、帝劇は今日も平和である。

おわり

モドル