溶月浮影 2

 レニの様子がなんとなくおかしい、と大神が気づいたのはつい先日のことだ。

 熱海での戦闘において、既にそれは如実に表れていた。皆と出かけた温泉旅行は彼女なりに楽しんでいたようには見えたのだが、そこで黒鬼会を迎え撃ったとき、レニの動きに違和感を感じたのだ。
 最近の彼女は、花組に配属されたばかりの頃とは何かが違う。戦況の判断やそれに伴う動きにはまったく問題がないのだが、触れただけで切れそうだった鋭さは失われ、どこか精彩を欠く。志気というか、覇気が足りないというか、ふわふわと頼りないようなそんな印象だ。

 戦闘のときの状態でそれに気づくなんて、いくら劇場で暮らしてはいても自分は軍人なのだな、と大神は唇を歪めた。相手は15歳の少女だというのに……。
 ふと、そこに考えが至ると、うっかり見てしまったレニの裸体を思い出してしまう。それまではすっかり男の子だと思い込んでいただけに、非常に複雑な気分になったものだ。


 「大神くん、レニの様子、ちょっと気にならない?」

 作戦司令室での反省会を終えた後、かえでに声をかけられる。皆は既に扉を出ており、室内にはかえでと大神の2人だけであった。

「……はい。霊力値が以前に比べて低くなっています。元々が高いので、深刻なほどではありませんが……」
「そうね。どこかぼうっとしているようにも見えるし……少し、話をしてみてくれる?」

戦場で直接指揮をとっているわけではないのに、レニの様子に気づいているかえでに大神は密かに感心した。霊力値を挙げてはみたが、単純に数値だけの問題ではない。さすがは副司令、皆のお姉さん役になり得るはずである。

 女心には相変わらず疎い大神ではあるが、多少のことならば個人の問題にあまり首を突っ込まない方がいいだろう、というのが大神の持論である。殊に、干渉されることを嫌うレニに関して言えば尚更だ。勝手にひっかきまわして責任を取れるほど、自分に自信があるわけではない。
 しかし、今回はそうもいかないようだった。かえでからの進言もあるし、レニの様子を見ようと芝居の稽古が行われている舞台に赴く。そしてそこで、らしくない失敗を繰り返した挙句、ふらりとそこから逃げ出すように去ってしまうレニを目撃したのだった。ますます、放っておくわけにいかないようだ。


 「大神だけど。レニ、少しいいかい?」
「………何か用?」

 大神の目の前の扉が開き、レニが顔を出す。どこか陰鬱な印象さえ受けるその雰囲気はいつもどおりと言えばそうなのだが、やはり少しおかしい。

「元気がないようだけど、何かあったのかい?俺でよければ、話を聞かせてくれないか」
「………………」

レニはうつむいたまま黙り込んでいる。固く引き結ばれた唇には日頃感じる意志の強さはなく、何かに困惑しているような、何かをこらえているような感じにさえ見えた。

「……心配なんだ、レニのこと。だから……」
「………………隊長は」

おそるおそるではあるが、レニに歩み寄ろうとする大神の言葉に力を得たかのように、レニが顔を上げた。薄暗い室内では灰色ががって見える瞳が、下方からまっすぐに大神の視線を捉える。

「隊長は、何のために戦っているの?」
「……え?」

突然の問いに、大神は言葉に詰まる。今まで、そのようなことを考えたことはなかった。その問いを突き詰めていけば、なぜ自分が海軍士官学校に入ったのか、というところにまで行き着くような気がするが、それに対する答えは単純な「憧れ」だったからだ。子供っぽい、同一化の欲求である。
 しかし、今レニが求めている答えは、こういうものではないと感じる。では何だ?

「……帝都のため、かな。俺には花組を率いて、帝都を守る義務がある。任務があれば…」
「そんなことなの?!」

大神の言葉を遮り、突然叫ぶように声を出したレニに大神は動揺する。今まで、レニがこんな調子で話すのを聞いたことがなかったからだ。

「レ、レニ?」
「隊長は、そんなことのために戦ってるの?!義務とか、任務とか……そんなもののために、自分の命をかけて戦ってるの?!」

一挙に興奮状態に陥ってしまったレニをどうやってなだめようかとおろおろとする大神に、レニは冷たい視線を注ぐ。

「……出てって」
「レニ……」
「いいから出てって!!」

 すごい剣幕で怒鳴られ、大神はレニの部屋を辞さざるを得なくなってしまった。
 部屋から追い出され、その足でしゅんとして自室に戻る。ふらりと倒れ込んだベッドで、冷たいベッドカバーが大神を受け入れる。

 レニの欲しがっている答えは何か。レニの様子がここのところおかしいのは、どうも「戦う意味」について考えているせいだ、ということはわかった。しかし、その答えを自分はレニに与えられるのだろうか。
 考えれば考えるほど、大神の思考は深く沈んでいくように思われた。


 「いよう、大神ぃ」

 じゃら〜ん、というギターの音と共に、加山が突然窓から現れた。ベッドに突っ伏して悶々としていた大神が、しぶしぶといった感じで顔を上げた。

「なんだなんだ〜大神ぃ。ひどい顔だなぁ。いい男が台無しだぞ?」
「……………」

いつも突然現れる加山に、大神はあからさまに迷惑そうな顔をしてみせる。いつでも悩みなどなさそうに陽気な親友に、あたってやりたい気分だった。

「……言葉の中に、答えを探そうとするな。気持ちを伝えようとするからこそ、その言葉は意味を成すんだ。伝えるべきは、言葉じゃなく、おまえの気持ちそのものだろ?」

普段の陽気な姿からは想像もつかない真面目な顔で、加山は大神に語りかける。たまに見せるこういう表情に、大神は酷く弱いのだ。いつもならば聞き流してしまうこともある加山の言葉も、こんなふうに言われるとすうと身体に染み込んでくるような感じがする。これは、昔からそうだ。

「……そうだな。俺は確かに、言葉でレニに答えようとしていたのかもしれない。ありがとう、加山」
「礼には及ばんぞ!それじゃあな〜大神ぃ!」

神出鬼没な親友が出て行った窓を見つめ、大神は微笑している自分に気づく。こうして加山はいつでも大神に大切なものを運んでくれる。
 それにしてもどうして自分がレニのことで悩んでいることを知っていたのだろう?と大神は疑問に思ったが、そこはそれ、ちょくちょく帝劇内で会うくらいなのだから、由里あたりから話を聞いていてもおかしくはないか、と自分を納得させる。
 加山が話さないのだからきっと、自分の立場や目の前に現れる理由を、まだ聞く時期ではないのだろうと大神は思う。


 すると、小さなノックの音が聞こえた。

「……お兄ちゃん?アイリスだけど……お話ししてもいい?」

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