溶月浮影 3

 扉を開けると、アイリスが立っていた。手に、かわいらしい花の冠を持っている。

「ねえ、お兄ちゃん。レニ……元気なかったでしょ。アイリス、これ、レニにあげようと思って……。一生懸命作ったんだよ!」

少し背をかがめた大神に、アイリスが花の冠を示した。アイリスの目は真剣に、その思いを物語っている。アイリスが伝えたい思いがその冠の中にいっぱいに込められているのが、大神にもわかった。
 気持ちを伝えるということは、多分こういうことなのだ。格好つける必要も、言葉を飾る必要もない。そこに相手を思う気持ちがあれば、自然と伝わるものがある。

「……よし、じゃあそれをレニに渡しに行こう」
「うん!」

 レニの部屋の扉をノックすると、数秒の間の後レニが顔を出した。その様子は、先ほど大神が部屋を追い出されたときと変わらず、大神の顔も、アイリスの顔もほとんど見ようとせずにうつむいている。

「…………なに?」
「はいこれ!……アイリス、一生懸命作ったの。もらって……くれるよね?」

胸元に差し出された花の冠を見て、レニが驚いたように顔を上げた。そんなレニを見つめ、アイリスがにこにこと笑っている。

「大事なお友達のレニが、早く元気になりますように、ってお願いしながら作ったんだよ」
「…………友達?」

レニは、ぽかんとした様子で花の冠を見つめている。閉ざされていたレニの心に、アイリスのあたたかい心が歩み寄っていくのが見えるようだった。

「……今の俺は、レニの問いに心から答えることができない。でも、俺はレニを大切な仲間だと思っている。……それだけは、信じて欲しい」

大神の言葉を聞いて、レニが大神の顔を見る。そして、わずかに微笑み、アイリスの花の冠を受け取った。

「………ありがとう」



 ざわざわと鳴る激しい葉擦れの音が、まるで誰かの胸の音のような夜だ。
 中庭に歩み出たかえでの髪を、突風が巻き上げる。空気は湿り、嵐が近いことを教えている。

「白?黒?」
「………おそらく、黒だと思われます」

独り言のように呟かれたかえでの言葉を受け、闇から声が上がる。闇に目が慣れても、その位置では窓から漏れる廊下の灯りで逆光になり、声の主の姿をとらえることは難しいだろう。

「根拠は?」
「目撃証言と、司令から取り出された弾丸の線条痕。細かいものならば、まだ他にも」

かえでは背後からの声に振り返ることなく、そのまま暗い空を見上げている。声の主は風上にいるので、ささやくような小さな声でもその内容をかえでが聞き漏らすことはなかった。

「やはり、彼女ね……それから?」
「……彼女の通信記録を調べたのですが、彼女が頻繁に通信を行った後には、必ず黒鬼会が動いています」
「……なんですって?!」

その言葉に、かえでが突然振り向いた。闇に慣れた目を窓からの光に射抜かれ、顔をしかめる。

「……これは、推理の域を出ません。それに」
「ダメよ!今は……レニが、レニが危ないわ!!」

廊下への出入り口へ走り出すかえでを、少し大きめに声が呼び止めた。

「地雷を仕掛けました。しかし、これを踏まれる前に何とか」
「………今は訊かないわ。月組も待機して!」
「了解」

声の主は、ざっと鋭く植え込みを鳴らし、姿を消したようだった。

 かえでが廊下へと走り込むと、危うく誰かとぶつかりそうになる。それは、作業着姿のままの紅蘭であった。

「ええところに会うた!かえではん!レニが……レニが出て行ってもうた!!」
「……間に合わなかったわね………紅蘭、大神くんを呼んでちょうだい。出撃よ!」



 夜の見回りの最中、大神はアイリスと共にレニの部屋に立ち寄ることにした。
 しかし、そこにレニの姿はなく、アイリスがレニにあげた花の冠が床に落ちているのみであった。

「……レニ、これ、捨てちゃったのかなぁ?」
「そんなことないよ。……だって、レニも喜んでたじゃないか」

アイリスが室内にとぼとぼと入り、床にしゃがみ込んでその冠を拾い上げる。その小さな背中が、まるで泣いているように見えた。
 これを受け取ったときのレニは、確かに微笑んでいた。ならばなぜこれがここに落ちているのだろうか。この時間ならば大抵部屋にいるはずのレニは、どこに行ったのだろう?
 大神が廊下から室内を見つめていると、ばたばたと階下から階段を駆け上がってくる音がする。それは、緑色の作業服を着た紅蘭だった。

「大神はん、大変や!レニが……、レニがアイゼンクライトで出て行ってしもたんや!!」
「なんだって?!」



 作戦司令室へと走る大神を、地下の廊下で待ち構える人影がひとつ。

「よう、大神ぃ」
「加山!……悪いが、今はおまえと話をしている暇はないんだ」

大神が加山の前を通り過ぎようとしたとき、がしりと肩をつかまれる。それは振りほどけない強さではないが、抗い難い力だ。

「いいか、絶対にやられるんじゃないぞ。おまえが負けさえしなければ、オレの仕掛けた地雷は多分、踏まれる」
「……どういう意味だ?」

大神がほとんど睨むように加山を見ると、それを見返す彼の目つきはいつにもなく鋭い。

「しかし、相手が奥の手を出してこないとも限らない。そのときは、おまえ次第だ」
「………どうなろうと、俺はレニを、仲間を信じる。それだけだ」

大神のまっすぐな視線を受け止め、加山は安心したように肩にかけた手を離した。大神は、加山に片方の口の端を上げて見せ、司令室に向かって走り出す。

「……やっぱ片棒担いじゃったよなぁ、オレ。これ、報告したくないなぁ……」

大神を取り込んで閉まる司令室の扉を見つめ、加山はひとつため息をつくと、隠し通路に潜り込んだ。

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