溶月浮影 4

 「レニ!!」

 かえでに2人組でのレニの捜索を指示され、アイリスと共に出撃した大神は、池袋でレニを発見した。普段ならば光武やアイゼンクライトには発信機が着けられているが、嵐によるひどい雨と風でそれが使えず、アイリスの高い霊力を頼りにレニのところまで辿り着いたのである。
 青いアイゼンクライトの前に佇むレニの元に駆け寄ろうとした2人の前に、影山サキとして帝劇に潜り込んでいた水狐が立ちはだかった。

「ウフフフフフ………ダメよ。レニは私がいただいたんだから。さあ、レニ。あの2人は敵よ。攻撃を開始しなさい」
「了解」

ぼんやりと焦点の定まらない曇った瞳で、レニが水狐の命令にうなずく。ひらりとアイゼンクライトに乗り込むと、カメラアイが禍々しく光り、緩慢な動きで大神とアイリスの姿を捕えた。

「くっ……!」

身の危険を感じた大神とアイリスも、それぞれの光武へと乗り込む。

「お兄ちゃん!!どうしよう……!!」
「……アイリスは、皆を呼んで来てくれ。それまでは、俺が食い止める」
「わかった!……お兄ちゃん、アイリス、すぐに戻ってくるからね!」

アイリスは泣きそうな声だったが、すぐにテレポート能力を使ってこの場を離れて行った。今は、アイリスを信じて待つしかない。

「サキくん!!どうしてこんなことをするんだ……君は、俺たちと共に過ごした仲間じゃなかったのか?!」
「ウフフフフ……甘いわねぇ。仲間なんて、共に過ごした時間なんて……信じるだけバカよ。信じるものは、ひとつでいいわ」

雨と風が酷い。光武がそれに揺らぐことはないが、夜の闇も手伝い視界は非常に悪く、雨の中で平然と立っている水狐の表情までは見えなかった。

「どんなにアナタが思っていたって……心の中まではわからない。仲間は裏切る。ワタシもそう、レニもそう、ほら………あのヒトだって」
「………やめろっ!」

横合いから襲いかかってきた脇侍を斬り捨て、闇の中から飛んでくる砲弾を避ける。大神は、既視感に頭がおかしくなりそうだった。
 あの日も、そうだった。自分が大切に想っていた、自分が撃ち殺した女性。
 あのときのことは、大神なりにけりをつけたつもりだった。それなのに、胸が苦しくて呼吸が止まりそうになる。
 大神は必死で剣を振り、攻撃を避け、レニの元に前進することに集中した。乱れる呼吸と耳元で聞こえる鼓動を気力で抑え込み、レニのアイゼンクライトに隣接する。

「レニ……レニ!大神だ……俺がわからないのか?!」
「……前方に敵。攻撃の必要あり。攻撃を開始する」

青いアイゼンクライトから鋭い突きで繰り出されるランスに、白い光武の装甲が傷つき、剥がれる。大神は防御にのみ徹し、決して攻撃を行おうとはしなかった。
 ランスからほとばしる冷たい霊力を受け、物理的な攻撃に消耗しながらも、大神は必死でレニに語りかける。

「………どうして攻撃してこないんだ。おまえは、敵なのに……」
「レニ!俺は敵じゃない……一緒に戦った仲間じゃないか!すみれくんを取り戻しにも行ったろう?深川の料亭にだって!!」

大神の言葉を聞き、レニの動きが止まる。アイゼンクライトがランスを構えたまま、戸惑うように立ちつくした。

「レニ、何をしているの!そいつは敵よ……殺しなさい!!」

水狐のヒステリックな声が響く。しかしそれに構う風もなく、大神は光武のハッチを開け外に出ると、アイゼンクライトのカメラアイに向かって花の冠を差し出した。

「この花の冠を覚えているだろう?アイリスがレニのために心を込めて作ったものだ。レニ、思い出してくれ……自分のことを。そして、俺たち花組のことを!」
「う………う、うう…………!」

雨は既に上がっていたが、強い風に大神の差し出した花の冠がちぎれそうに揺れる。レニの苦しそうな呻き声が聞こえている。花組の皆によって氷解し始めていたレニの心に巧みに入り込んだ暗示が、もうすぐ解けようとしていた。

「レニ!!そいつを殺せないと言うのなら自爆よ!!そいつを道連れにして、自殺しなさい!!」

 水狐がそう言った瞬間。
 水狐の身体から白い稲妻のようなものがほとばしり、レニのアイゼンクライトに落雷のように降り注いだ。

「きゃあああぁぁぁぁっ!!」
「う……うわぁああぁっ!!」

2人の悲鳴がこだまする。
 アイゼンクライトのハッチが勢いよく開き、レニがふらりと転げ出てきた。水狐はその場に膝をつき、ぐったりとうなだれた。
 大神はレニの元に走り寄ると、すっかり憔悴しているその小さな身体をしっかりと抱きとめる。

「……おかえり、レニ」
「………ただいま、隊長……」

レニが大神の胸の中で、安心したように目を閉じた。



 「………よかった……。ほっとしたら、涙が出てきちゃった。でも、泣いてる場合じゃないわね」
「……そうですね」

 雨がやみ、なんとか通信機やその他の通信機能が復活した作戦司令室では、かえでと加山がモニタを見つめていた。モニタの中では、花組の隊員たちがようやく全員集合したようである。

「あなたの仕掛けた地雷って、あれのこと?」
「……そうです。非常に報告しにくいですが、水狐に催眠術を指南したのは私ですから……そのときに、後催眠を」

水狐に催眠術を教えるのと同時に、加山は水狐自身にも催眠術をかけていたのだ。催眠術では自殺など、その者が本当に嫌がっていることをさせることはできない。しかし加山はそれを教えず、水狐がレニに自殺を促したときに後催眠が発動し、水狐の妖力のチャンネルを狂わせるように暗示をかけておいたのである。狂ったチャンネルからほとばしった水狐の妖力が、レニの暗示を解くきっかけにもなったということのようだ。

 モニタの中では花組がそれぞれの光武とアイゼンクライトに乗り込み、加山の後催眠で消耗しながらも気丈に立っている水狐と対峙している。



 「フ………フフフフフ………、まだ、終わりじゃないわよ………」

 水狐が震える指で印を結び、呪文を唱え始めた。禍々しい気が辺りに満ち、激しく吹いていた風さえもやんだように感じられる。花組は皆辺りを不安げに見回し、じりじりと後退した。

 水狐の前の地面にどろどろとした黒い水たまりのようなものが出現し、そこからずるずると人の形をしたものが立ち上がり始めた。

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モドル