溶月浮影 6

 皆の機体からほとばしる霊力は、可視化されとても華やかな色に見える。
 それは、守りたいもののため、己の信じる正義のために戦えることの誇らしさだ。
 水狐の放つ禍々しい妖力を絶ち、それを蹂躙して強く広がる力。その強さは、正しい者が持つべきもの。

 「……ワタシは、後悔なんかしてないワ。……あの方のために戦って、あの方のために死ねるんですもの……」

凝縮された霊力は空気中に存在する霊気を収束させ、その摩擦から火花が生じ、発火する。電気を帯びてぱりぱりと危うい音を立てていた水狐の魔操機兵が、ついにごうと火を吹いた。

「………サキくん」

燃え盛る炎は、まるで護摩の火のようにも見えた。業を焼き尽くし、安らかな思いでいられるようにと祈り燃える炎。



 作戦司令室の通信機に花組からの帰還連絡が入ると、かえでは風組に確認の通信を入れ、一息つく。隣の加山に通信機を譲ると、加山も月組本部へと通信を入れた。かえでは、その横顔を頼もしげに見つめる。

「……加山くん、ありがとう。あなたがいてくれてよかったわ」

かえでに微笑みながらそう言われ、加山は照れくさそうに思わずぱっと視線をそらした。

「いえ……差し出がましいことを言ってすみませんでした。それでは、私はこれで」

加山はきりっと姿勢を正し、椅子に座っているかえでに敬礼をする。一礼して司令室を出ていこうとする加山の背中を見つめ、かえでは一瞬逡巡した。

「……加山くん!私は……、……いえ、やっぱりいいわ。ごめんなさい。お疲れ様」

かえでは言葉を濁し、曖昧に微笑む。しかし、その笑顔は少し悲しそうに見えた。加山は突然呼び止められていささか驚いたが、かえでの顔を見るとにこりと笑う。

「……あなたは、素晴らしい副司令です。これからもよろしくお願いします」



 戦闘を終え、作戦司令室へと引き上げてくる花組の面々から姿を隠すため、加山は再び隠し通路へと潜り込んだ。

「……大神」

 頭の中で、苦しそうに腐肉を抱きしめる大神の映像が何度も再生される。
 大神は本人も気づかぬうちに、死へと引き寄せられていたのだろうか。死ぬために戦っているのだろうか?
 真実はわからない。おそらく、大神本人にもわからないのだろう。
 しかし彼は既に、大切なもののために戦うことができる花組隊長だ。

 彼のことは勿論心配だが、それよりも加山は自分のことを心配すべきだろう。何せ、水狐に催眠術を教え、今回の事件の片棒を担ぐ格好になってしまったのだから。

「……もうちょっと、秘密部隊のあり方を考えるべきかもしれんなぁ」

ぶつぶつと呟きながら、加山は隠し通路を月組本部へと向かった。



 その夜。

「いよう、大神ぃ」
「加山」

 いつものごとく窓から大神の部屋を訪れた加山は、案の定といった感じに元気のない大神と会う。どう声をかけたものか、と逡巡する空気が伝わったのか、大神の方から口を開いた。

「………加山、今度は俺が、わからなくなりそうだよ。戦う意味」

しょんぼりとうなだれている大神は弱々しくて、数々の戦闘をこなしてきた優秀な部隊の隊長にはとても見えない。暗示にかけられたレニ、反魂されかけたあやめ、そして滅ぼされた水狐、大神の心労は随分なものがあるだろう。加えて水狐の言葉は、大神を揺さぶるに値するものだった。

「……死にたいのか?」

冷たい声で加山に言われ、大神ははっとした顔で加山を見る。しかしその声の調子とは裏腹に、加山は微笑んでいた。大神はその笑顔の意味を計りかね、曖昧に微笑む。

「死にたくは……ないよ。でも………自分のやってきたことに、後悔がないわけじゃない」

加山の顔を見つめたまま微笑んでいるのに、大神の瞳から涙がぽろぽろとこぼれた。白い頬をつたって、涙がするすると落ちる。加山は少し動揺したが、同時に素直にこぼれる涙に安心した。泣けるうちはまた浮上できると思えるし、何より、自分の前で泣いてくれることを少し嬉しく思う。

「……後悔のない人生など、ありはしないさ。戦う意味は、ひとつでなくてもいい。それが弔いだっていいじゃないか」

加山が腕をのばして、大神の頬をつたう涙を拭いた。
 彼があやめを殺したことを、水狐を殺したことを後悔し、自分を否定するのならば。その分までオレが大神を肯定しよう、と思う。
 涙を拭う指は、絶妙な加減で頬から離れるように。加山は大神からゆっくりと離れ、窓に手をかけた。

「………それじゃあな、大神ぃ。……早く、元気を出せよ」
「ああ。………ありがとう」



 加山が去った窓からは、明るい秋の月が見えている。台風一過で、今日は夜まで天気がいいようだ。
 明るい月に照らされる大神の頬にはまた涙がこぼれて、月がその視界でふにゃふにゃと歪んだ。

 彼女を撃ち殺した日の赤い月を忘れることは、きっと生涯ないだろう。
 今夜の月もしっかりと覚えておこう、と大神は目をこらしたが、どうしてもそれは涙で輪郭がぼやけて、はっきりとは見えないのだった。
 こんなにも軟弱で不甲斐ない自分を戒めたいのに、月はただ晧々と照らすのみ。


 誰かに許しを貰って生きているのではないと思うが、どうしても涙が止まらない。
 弔うための生でもいい、と言った加山の手の感触を思い出している。
 今夜は涙する軟弱な自分に目をつぶろう、と大神は窓を閉め、月を遮った。

おわり

モドル