それは、6年程前の富士山御殿場口の9合目での見知らぬ女性登山者との何気ない会話の中から姶まった。その人は山頂から残暑見舞い(暑中見舞い) を出す事にだけの目的で、毎年富士に登っていると言う。年一度の年賀のやりとりだけの旧友との交流も、残暑見舞いなら喪中で途切れる事もなく相手にも大変喜ばれているとのお話だった。 天気が良ければ富士山はいつでも見られる場所に住んでいるため、それまでも気が向けぱその時の気分で家族で登ったり、冬に雪上訓練を兼ねて登ったりしたが、こんな素敵な目的の山登りもあったのかと、感心してしまった。 それ以来6回、山頂のポストにはがきを投函するために定期的に夏富士に登るようになった私なりの登り方を紹介してみよう。
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◆ 準備編
時期は夏期、それも山頂郵便局が営業していなければ話にならないので7 月上旬から8月中旬になる。登山口は郵便局に一番近い富士宮口が有利でアプローチとしては自家用車が効率が良いが、なにせ1ヵ月間に30万人の登山客が登るスーパーオーバーユースの山である。駐車場が絶対的に不足なのである。新5合目の駐車場は大きなロータリーになっていてその間に駐車できなかった車は下り車線に路上駐車することになるが、車の列が延々と4合目はおろか3合目まで延びることがある。こうなると5合目まで登る事で息が上がってしまいかねない。シーズン中の晴天の日はいつもこんな状態のため、かえってマイカー規制の期間中をねらうことにしている。
装備としては晴れると紫外線が非常に強いので日焼け止めと、水は高山病の対策として1,5リットルは欲しい。日帰りのため高山病にかかる確率は高いが、私の経験では頭痛などの症状が出るのには若干のタイムラグがあるように思う。高山病の症状が出る8合目から上の滞在時間をなるぺく短くする事と、酸素消費量の多い脳をなるべく使わない事が有効である。
富士山に楽に登るひとつ目のコツは、寝ながら登る事である。それでも帰りの車の中で頭痛に襲われる事もあるので頭痛薬は必携になる。
靴は底が大変痛むので高級な登山靴では勿体ない。靴の量販店で売られている、防水性が全く無い安いトレッキングシューズモドキでも足に馴染んでいれぱ充分である。また山小屋が30 分ごとに在るので余分な荷物は不要であり、思い切って軽量化して身軽にスピーディーに登ろう。後は天気予報と相談しての決行となるが、晴れてこその3776mである。
◆ 実施編
マイカー規制の期間中は2合目の水ヶ塚公園から新5合目までシャトルバスに乗り換える必要がある。朝1番の6 時5分発のバスは、乗客のほとんどが日帰りのため、車内の雰囲気に適度の緊張感があり楽しい。新5合目の登山口出発が7時ごろで、正午前に山頂に到着ぐらいの心づもりで歩き始めよう。富士宮口は6合目まではわりと傾斜が緩やかなので、この間に体のウオーミングアップを心掛け意識してスロ一ペ一スで登る。6合目で宝永火口に続くお中道と別れると本格的なジグザグの登りが姶まる。
2時間30分ほどで第1の難関の岩場の急登を登り切り、ようやく中間点の8合目に到着する。8合目からは御殿場口にトラバースすることが出来るので、泊まりの場合は利用者の少ない御殿場口の山小屋を利用する手もある。また山頂にこだわらなければ、高山病の心配の少ない宝永山に立ち寄る周遊コースも変化があってお勧めである。
ここから浅間神杜の境内になり、標高も日本アルプスを越えいよいよ心臓が自己主張を始める。
富士に登るふたつ目のコツは、ゆっくりで良いから少なくても30分は歩き続ける事である。定期的に山を歩いていれば、小屋から次の小屋までワンピッチで歩けるはずである。しかし9合5勺の小屋から山頂までは傾斜が急なのと疲れがピークになるため、私の場合は1回は呼吸を整える事にしている。ただしこの斜面では富士に対して背中を見せることは非常に危険であるため、休む場合は上部を見ながら休んでもらいたい。こぶしほどの落石でも十分殺傷力が有るのに、あまりに落石に対して無防備すぎる登山客が多い。
最後の岩場を登り切ると浅間神杜の奥宮で、山頂郵便局はそのすぐ左の石室の中にある。明るすぎる外から暗い中に入ると、いつも二人の職員が登山客に対応してくれる。登頂証明はがきや、登頂記念スタンプを利用する場合は開設時間を確認した方が良いと思う。
さて、郵便局の前の小さな赤いポストに持参したはがきの束を投函すれぱ後の時間は自由。最高峰の剣ヶ峰や、無線運用には最適の白山岳まで足を延ばしてもよし。体調と天侯と相談して楽しんでいる。
富士に1度も登らぬバカ、2度登るバカとはよく言われるが、残暑見舞いのために登るバカもいることを知っていただきたい。今年も富士に登る30万人のバカに幸いあれ。

「山と無線」 35号投稿