僕の音楽観
まだまだ、「音楽を語る」ほどの経験も知識もないかもしれないけれど、 今の時点での自分の音楽観みたいなものをまとめてみようと思い書きました。 っていうか、かなり自分勝手な感じに書いてるんで、興味のある人だけ読んで下さい。

【目次】
■好きな音楽家
すぎやまこういち
織田哲郎
TAKUYA
恩田快人
桜井和寿
■好きなバンド
JUDY AND MARY 〜音楽を楽しむことについて〜
■音楽を創る上で大切に思うこと。

1)1にメロディー、2にベース
2)小さな積み重ね
3)技術と感性
4)日本人としての心を
■「プレイヤー」と「アーティスト」

■これからの希望

■あとがき

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■好きな音楽家
・・・僕が音楽をする上でとても影響を受けた素晴らしい音楽家の方々。
【すぎやまこういち】
僕がまだ小学生の頃、「ドラクエ」が流行っていた。当時音楽に無頓着だった自分にも、素直に「いいメロディーだな。」と思えた。
メロディーだけで、情景を表現できる「ゲーム音楽」ってのが僕の原点だったと思います。 その中でも特に、「ドラクエ」はダントツに好きでした。僕が最も音楽で大事にしている「口ずさめるメロディー」ってのが、 ほんとうによく出ていると思います。そして、ファミコン時代の「3音」で音楽を創るってのは本当にすばらしい技術だと思う。 今のゲーム音楽よりも、昔のファミコン時代の曲の方が質が高いと思うのは僕だけでしょうか?
【織田哲郎】
この人のメロは素晴らしすぎる。テレビなどで曲が流れていて、なにげなく「いいな、この曲」と思って、クレジットを見ると だいたいこの人の曲だったりするのだ。メロディーとコードだけで、十分説得力がある世界観が描けてるし、 音楽がすごく「日本人っぽい」とこを刺激するような気がします。日本のポップスの作曲家の中では一番好きです。
【TAKUYA】
元JUDY AND MARYのギタリスト。作曲家としてより「ギタリスト・音楽家」として尊敬してます。彼のぶっとんだ発想力と音楽を とことん「楽しむ」という姿勢がなにより好きです。「型にはまること」をすごく嫌い、常に「新しい発想」に挑戦し続ける 彼の力がJUDY AND MARYをあれだけ大きなバンドにしていったのではないかと思います。彼の演奏を見ると、音楽を本当に 「楽しむ」ってことがわかるし、「音楽なんて何でもアリなんだな〜」って思え、気が楽になります。
【恩田快人】
元JUDY AND MARYのベーシスト。僕はJAMの曲では恩ちゃんの曲が結構好きだったりします。数は少ないけれど、 胸にキュンとくるような切ないコード感とメロディーはすごくいいです。そして、彼の音楽性は後にTAKUYAの 作る曲に確実に影響を与えたように思えます。バンドって、だんだんお互いの音楽性が似てくるように思います。 なんか不思議な力があるんですよね。
【桜井和寿】
作詞・作曲・歌い手として尊敬するすばらしいアーティスト。心の奥底まで入ってくるメロディーと歌詞、 いつでも人生に迷ったときに聴くと心から癒やされます。僕のなかで、神様に近いような存在です。 彼の「歌詞も大切にする歌」というスタンスがとても好きです。メロディー重視の音楽もいいけど、やっぱり 「歌もの」は、「歌詞」あっての歌です。メロディーやサウンドばかりに重きを置く現代の傾向は僕はあまり 好きではありません。

■好きなバンド
【JUDY AND MARY】
まさしく僕の理想とするバンドです。これ以上のバンドはもうあり得ないと思うくらいです。 バンドっていうのは、似たもの同士が集まればいいってもんじゃありません。一人ではできないことを、 何人かでやる。そして、一人一人がしっかりとした音楽性や人生観をもってないと確実に破綻します。 うまくいけばとても大きな力を発揮するけど、逆にとても繊細で難しいのが「バンド」ってものだと思います。 JAM=YUKIって思う人が多いと思うけど、4人がいるからこそJAMなんです。ファンなら誰でもそういうって思うかもしれないけど、 このバンドに限っては本当にこの4人じゃなきゃダメな気がします。
恩ちゃんの音楽に、YUKIの歌声と歌詞とキャラクター、 そこにTAKUYAのぶっ壊れたギターが加わり、そんでドラムの公太さんの「楽しげ」なドラム。ほんと絶妙です。
特に、「王道な恩ちゃんと、邪道なTAKUYA」の相反する2人のバランスがすごくいい感じになってると思います。 普通のギタリストだったら、たぶん「”ありがちな”ガールポップバンド」のままで消えていったと思う。 そして、なによりライブパフォーマンスが最高です。このバンドがいなかったら、僕はバンドをやろうなどとは 思うことはなかったかもしれない。とにかく、演奏中の「楽しそう(※)」な雰囲気が最高でした。 音楽の「楽しさ」が心からわかります。

※よく、「音楽は楽しむ」とか言うけど、これって勘違いしてる人が多いように思う。 「楽しむ=適当にやる=手を抜いていい(妥協していい)」みたいに思ってる人が多すぎる(本当に!!) 本気で音楽を愛して下さい。楽しむっていうのは、簡単そうですごく難しいことなんです。 それと似たような感じで、JAMの音楽は「明るい」けど、ただの「薄っぺらい明るさ」じゃなくって 「悲しみを乗り越えた明るさ」っていうのがある気がします。バカっぽい薄っぺらい明るさじゃない、 明るさ。悲しみを乗り越えた明るさっていうのが、何よりも強く魅力的なことに思えます。 楽しいとか明るいとかっていうことを、表面的に捉えるのではなく、もっと深く考えてみましょうよ☆

■音楽を創る上で大切に思うこと。

1)1にメロディー、2にベース
音楽の3要素、「メロディー」「ハーモニー」「リズム」。確かにこれは大切なもんです。 でも、僕が大事に思うのは何よりも「メロディー」です。口ずさめるメロディー、これが僕の目指す究極の音楽です。 そして、そのメロディーを支えるのは「ベース」だけで十分といっても過言ではありません。ベースは、メロと共にハーモニーやリズムも 内包しています。逆に言えば、その二つで立派な曲ができていればどんなに「アレンジ」をしても、曲の輪郭はぼやけないと思う。 芯のある音楽になると思います。適当なメロディーを、ごちゃごちゃとアレンジでごまかすってのは、僕はあまり好ましいとは思いません。 アレンジをすることももちろん大切です。しかし、アレンジをする前に、もっとメロディーを見つめ直してはどうでしょうか?
2)小さな積み重ね
音楽をやるのは、本当に奥が深いです。もちろんどの世界でもそうですが。作曲、演奏、アレンジ、最近はそれに機材の扱いだとか音色作りとか いろんな要素が複雑に絡み合っています。僕は、その全てを一度に極めようなどと思い失敗してきました。 人間、ひとつのことは一度にできません。自分にとって、何が一番大切なのかをよく見極め、一歩ずつ着実に成長していきたいと思います。 あなたが、楽器を弾くのが何より好きなら楽器を弾けばいい。歌が好きなら、歌をやりましょう。 僕が一番に好きなのは、「作曲」です。だから、僕は作曲を本当に少しずつでいいからやっていきたいと思うのです。一つのことを 真剣にやっていれば、そのうち別の能力もついてくると思います。一番悪いのは、どれもこれも中途半端に手を出すことの様に思います。
3)技術と感性
僕の尊敬する作曲の師匠である一ノ瀬氏の考えに影響されたものです。 作曲は、まずイメージ(衝動)があり、それを「音楽語」に翻訳して表現するものだと思います。 漠然としたイメージを、音楽で表現するには、「音楽語」としてのボキャブラリーを増やさなくてはなりません。 「愛」を表現するのに、いつまでたっても「アイラブユー」一辺倒では、すぐに飽きられてしまいます。 技術を身につけるのは本当に時間がかかります。そして、その技術が自分の潜在意識の奥底まで染みついて 当たり前のように使えるようになるには、たくさんの経験や時間が必要です。

しかし、技術だけ身につけてもダメだと思うんです。それを使いこなすのが「感性」です。 「感性」っていうのは、音楽以外の様々な世界、人との出会い、文学、哲学、絵画、映像なんかに 影響されて出てくる部分が非常に多いと思います。これは、何とも説明できないほど不思議なものです。 一つのことにとらわれすぎて、視野が狭くなると次第に考え方や、出てくる音楽も似たようなものになってしまいます。 だけど、たまに別の全く異質なモノに触れると、とてもいいアイデアが浮かぶことが度々あります。使ってない引き出しを 刺激してくれるようなイメージです。同じとこからばかり見ていると、いつも同じ引き出しから取り出すけど、視点を変えると 意外なところに自分の引き出しがあったことに気付きます。自分は自分が思うほど、引き出しのない人間ではありません。 さまざまな経験があるじゃないですか。そのどれもが、決して無駄になってるとはおもえません。

僕が音楽を「仕事」にしたくないのは、そういう理由もあるのかもしれません。 幅広い視野に気付くことで、音楽がより新鮮で深みのあるものになるように思えるのです。 だから、「音楽」というベースがあって、様々なことに挑戦したりしたいと思うのです。 そして僕にとっての音楽は「楽しむもの」であり、精神的やすらぎ=(いい意味での)逃げ道なんです。 だから、それはあくまでも「趣味」でありたい。まぁ、この辺の考えは人それぞれだと思いますが。

4)日本人としての心を
バカの一つ覚えみたいに、日本の音楽を否定する人は僕は悲しく思います。 音楽そのものを聴かずに、それが「日本のものか、海外のものか」ってだけで、判断したりするのは空しくないですか。 僕は、別に誰に何と言われようと自分の好きな音楽は好きだし、嫌いなものは無理して好きになるつもりはない。 それは、自分が自分であるためのことだし、自分の音楽を創る上で何より大切なことだと思う。

海外に目を向けるのは、いいことだと思います。しかし、それで日本がダメみたいに言うのは違うと思います。 自分の生まれ育った土地です。DNAに刻み込まれた、「自分自身」を否定した音楽なんて誰が聴くのでしょうか? 僕は、僕であるために曲を書きます。いずれ、「自分のメロディー」を作りたいと思っています。そして、そこには 自分の今までの生き方や、考え、暮らし、など様々なことが出てくると思います。だから、僕は僕に正直になろうと思います。 ・・・本題からずれてる?(笑)


■「プレイヤー」と「アーティスト」

最近は、「作詞・作曲を自分でやって、自分で歌う。」といった人が多い。本人が作り、本人が歌うので説得力があるように思えるからだろうか。 僕はそんな人をとても器用な人だと思う。プレイヤーと、アーティストっていうのは、全く別だと思います。 僕も最初は、プレイヤー兼アーティストを目指していました。しかし、結局どれも中途半端になってしまう気がしました。 結局、僕が何を一番やりたいのかと思ったら、やはり「作曲」です。楽器演奏は、それほど興味もなかったし、下手だし才能もないと思いました。 もちろん楽器が演奏できることは、非常に憧れますが。今の自分には、それほど重要なことではありません。

ある日、楽器屋に行きました。電子ピアノを見ていたら、店員のお姉さんが話しかけてくれました。 彼女は、ピアノを小さいころから弾き続けて、今は音楽教室で子供達を教えながら、楽器屋でも仕事をしているとのことです。 電子ピアノで軽く演奏してくれました。とても鮮やかな指使いで、上手でした。 僕は、そんな彼女はいとも簡単に作曲なんかも出来るのだろうと思いました。 しかし、彼女はほとんど作曲はしないし、全く興味もない、と言いました。 それは驚きでした。僕にとっては、音楽=作曲であり、楽器演奏は二次的なものだと思い込んでいたからです。

彼女は、楽器を演奏していることが何より楽しいと言う。上達していく楽しさ、曲が完成(弾きこなせるようになること)していく過程の 楽しさがあると教えてくれました。僕が、ギターを弾き始めた時の気持ちを思い出させてくれました。

僕は、プレイヤーっていうのはただ与えられた曲を演奏する人であり、作曲する人のほうがすごい、という思い込みがありました。 だけど、楽器屋のお姉さんが演奏について話している時の目の輝きや、楽しそうな表情を見ていると考えが変わりました。 プレイヤーも、表現者だと。その演奏に、いかに魂を込められるか。当たり前のことなんだけど、僕は忘れかけていました。

楽器演奏も楽しいし、憧れではあります。僕は、だけど作曲の方が好きです。だから、作曲がうまくなって本当に自分が納得できる曲が できたら、あの楽器屋のお姉さんのように「演奏が大好き」って、心から思ってくれる人に自分の曲を弾いてもらいたい。そんなふうに思ってます。


■これからの希望

オーケストラを自分で書いて、それをたくさんの観客の中の一人として聴く。 周りは、誰も僕が書いたなんてしらない。僕は、ただ一人の観客です。そして、演奏が終わるとみんなと一緒に拍手する。 なんていうのが、僕のさりげない夢だったりします。(いつ叶うんだか(笑)

別に有名になりたいとか、音楽家になりたいとかは思いません。ただ、普通のつつましい生活のなかで、五線紙と鉛筆さえあれば それでいいんです。曲を毎日ちょこちょこと書いて、たまに演奏してもらったり、演奏したり。 僕の心の中に、音楽が生き続けていればそれでいいって、今は思います。コツコツ着実に いい音楽が作れるように日々精進していきたいと思います☆


■あとがき
最後まで、読んでくれてどうもありがとう( ^∇^)σ)゜ー゜)
音楽に対するモヤモヤを一気にぶちまけちゃいました(笑)・・・約4時間。いつのまにかもう、朝っすよ〜☆
こうして、文章にして表現したことで自分の音楽に対する気持ちが、改めて自分でもわかりました。
様々な経験や、いろんな人との出会い、僕に音楽を教えてくれた全ての人に心から感謝しています。
そして、僕はこれからも日々夢に向かい着実に成長していきます。どうか暖かく見守っていてください。よろしく〜(^ー^)ノ
2003.12.1 Nao