
◇◆◇◆◇ 伝説 湖から 蟹(かに)が這(は)いあがってくると わたしたちはそれを縄にくくりつけ 山をこえて 市場の 石ころだらけの道に立つ 蟹を食うひともあるのだ 縄につるされ 毛の生えた十本の脚で 空を掻きむしりながら 蟹は銭になり わたしたちはひとにぎりの米と塩を買い 山をこえて 湖のほとりにかえる ここは 草も枯れ 風はつめたく わたしたちの小屋は灯をともさぬ くらやみのなかでわたくしたちは わたくしたちのちちははの思い出を くりかえし くりかえし わたくしたちのこどもにつたえる わたくしたちのちちははも わたくしたちのように この湖の蟹をとらえ あの山をこえ ひとにぎりの米と塩をもちかえり わたくしたちのために 熱いお粥(かゆ)をたいてくれたのだった わたくしたちはやがてまた わたくしたちのちちははのように 痩せほそったちいさなからだを かるく かるく 湖にすてにゆくだろう そしてわたくしたちのぬけがらを 蟹はあとかたもなく食いつくすだろう むかし わたくしたちのちちははのぬけがらを あとかたもなく食いつくしたように それはわたくしたちのねがいである こどもたちが寝いると わたくしたちは小屋をぬけだし 湖に舟をうかべる 湖の上はうすらあかるく わたくしたちはふるえながら やさしく くるしく むつびあう (詩集「鹹湖」から)
◇◆◇◆◇ ピエロタの市長 ピエロタの市長は正真正銘のきつねである 市長公園の地下室にとじこもり 一本の骨しゃぶりながら いわれたとおり 出金伝票の 一枚一枚にサインする ひっきりなしだ つい とろとろっとまどろむと 秘書が飛んできて 力まかせに脳天をたたく 一日の給与 鶏一羽の内規だが 市長の白い皿の上にのせられるのは えたいのしれない一本の骨 血のこびりついた一本の骨である しかし レセプションでは 市長のためにシャンパンがぬかれ 肉づきのいい助役が愛敬をふりまく 「あいにく 今夜も風邪ひきで 市長は出席されません」 風邪もひくはずだよ 庭にさまよいでたところを 水をぶっかけられ ムチで追いまわされてからというもの 銀の毛はぬけはじめ つりあがった眼はかすんできた ピエロタの市長に 停年はないが 一本の骨をしゃぶるのはたのしみである (角川文庫「現代詩人全集」第9巻から)
◇◆◇◆◇ 会田 綱雄 (あいだ・つなお) 大正3年(1914年)、東京都生れ。 昭和15年、南京特務機関嘱託となる。草野心平を知り、 詩を書きはじめる。その後、上海太平出版印刷公司に勤 務、昭和20年に帰国。 筑摩書房勤務。新潮社版「島崎藤村全集」を編集。 「歴程」同人。昭和33年第一回高村光太郎賞を受賞。 日本現代詩人会会員。詩集に「鹹湖」がある。 (角川文庫「現代詩人全集」第9巻・村野四郎/解説から)