◆◇◯◇◆ ◆◇◯◇◆

土橋 治重

(どばし・じじゅう)


その1: ももの花

その2: 月見草異聞

その3: あなたはまだ終わらない

メモ: 作者紹介

narato's what's new

詩人インデクス


 ◇◆◇◆◇ 

            ももの花


       桃の花をながめていると
     急にそのハナビラが散ってきた
      (ぼくはぼくの中にも
       ももの花が咲いているのに気づいた)
       桃の花はぼくのももの花に
     席をゆずるために散ってきたのだ。

     ぼくのももの花は
     花のこころづかいを受けて
     十分に満開した
     ぼくはまじまじと
     満開したももの花を見守った。
     するとその花もまた
     つぎの花のために散ってくる と思ったが散らないのだ

     そこに ようようと咲いている

     ぼくはぼくをかえりみ
     ももの花に花のこころを
     教えることのできなかった非力を悲しんだ
     ――いやそれよりも
     ぼくの胸に強くしみるぼくの意識の
     むしろ不感性なほどの性格
     ぼくはこころの面積いっぱいに咲いたももの花を抱いて
     そこに立ちつくした
     すると
     おくれたハナビラが
     やわらかくぼくの
     からだをうった
     ぼくにはその打擲(ちょうちゃく)が
     ひどく痛いのだ

     しかしもうハナビラのない桃の木に向って
     ぼくはそこに
     どの位立ちつくせば
     償われるのだろう
      (だが償いなど期待したくとも
       はじめからないのだ)
     ぼくのももの花は
     ぼくの胸で
     花じしんの自足作用によって
     石のように重くなってきた。

                      (詩集『花』から)
 

 ◇◆◇◆◇ 

            月見草異聞


       あなたが はるしげさんですか
     そうです いまはじじゅうといっていますが
     その 大菩薩(だいぼさつ)おろしの吹く村で生れた?
     そうです

     しかし わたしはおどろいてしまった
     この中年のぶくぶくにふとった半白の人が
     はるしげさんなのだろうか
     はるしげさんはもっとスマートで
     ふさふさした黒い髪をし
     俊敏な若鹿の顔をしていたのに
     人ちがいではないだろうか
     それともこの人は わたしがすこしきれいだから
     うそをいってデートでもしようというのだろうか

     あの 月見草をおぼえていらっしゃいますか
     ああ 笛吹川の堤でしたね

     おぼえていたのだ
     でもハイキングの本ででも読んだのかもしれない
     わたしは堤の上で月見草のはなびらといっしょに
     はるしげさんの唇にキスしたのに
     この人の唇にはそのあとがない
     街にいて トンカツやライスカレーを
     たべすぎると
     キスのあとは消えてしまうものだろうか

     ちょっと お茶をのみませんか
     ここの会社のは きたないですが
     さっさと この人は応接間から出てゆくのだ
     話がはじまったばかりなので
     わたしもついてゆかなければならない

     どうぞ これ
     召しあがって

     わたしの一番嫌いなのはコーヒーとケーキだ
     だが ちょっと口にするとまずくはない
     舌はどうしてこんなところで急に
     わたしのいうことをきかなくなったのだろう

     あなたもお元気で
     ずっとおしあわせですか

     余計なおせっかいというものだ
     わたしははるしげさんでなければ
     そんなことを聞かれるいわれはない
     人権侵害というものだろう
     わたしはつくづく
     この感覚喪失症の男の顔を見た
     たれさがった頬としわの山
     そのまんなかのうるんだ病人の眼
     気の毒にこんな不必要な造作を
     どこからもってきたのだろう

     あれから ぼくは詩をつくりまして
     さいきん 三冊詩集を出しました

     げえっと わたしはコーヒーを吐いた
     人前でたいへん失礼だが

     巨大なうそは女につわりと同じ生理現象を起させるものだ
     詩をつくりそうなのははるしげさんで
     このじじゅうさんではない
     わたしはも一度吐くと誰にもさわらないのに
     妊娠してしまうだろう
     わたしはいそいで立ちあがった

     失礼しました
     はるしげさんに お会いになりましたらよろしく

     この人はびっくりして
     いそがしく眼を動かした
     わたしはこんなにいそがしく動かす眼を
     かつて見たことがない
     おかしな神経が発達しているものだ
     でも この人はいんぎんに
     エレベーターのところまでおくってきて
     わたしにいった

     ごきげん よろしゅう
     それにしても わたしの恋人だったはるしげさんは
     どこにいたのだろう
     わたしは懸命に心がけたのですこしも年をひろわず
     三十年ぶりで国からやってきたのに
     あっ! 便所だ
     はるしげさんは
     好きな女の人にはひどくはずがしがって
     よく便所にかくれていたので
     そこのきれいなトイレットに
     かくれていたのだろう。

               (角川文庫『現代詩人全集』第9巻から)
 

 ◇◆◇◆◇ 

            あなたはまだ終わらない


       あなたはまだ終わらない
     しかし ぼくは待ち遠しい
     はげしく終わりを希求する

     あなたは終わることのない運動を
     終わることを知らないものに向ってつづけているが
     ぼくははじめから終り 中程で終り
     そして 最後の終ったものの中で終ってしまったのだ
     だがふと あなたの終らない女が
     手と足をあべこべにしてぼくをよみがえらすのだ
     なんといういたずら!
     でも終らないものは何という魅力をもっているのだろう

     まっ赤な花が一輪ぽっかりと空間に咲いて
     ぼくとあなたをながめるのだ
     ながめられることのまた新しい魅力
     あなたはいままでに見たこともない
     眼を見開いたままの美しい姿態
     しかも 瞬時にそのかたちを移し変えてゆくのだ
     とたんに ぼくは最大のその変化につきあたって終った
     何度目の終りだろうか
     しかしあなたはまだ終らない

     あなたは美しい姿態のまま
     女であるために永久に終らない。

                (角川文庫『現代詩人全集』第9巻から)
 

 ◇◆◇◆◇ 


          土橋 治重(どばし・じじゅう)


     明治42年(1909年)、山梨県生まれ。サンフランシスコ、
   ハミルトン高等学校を卒業。在米中より詩を書き始める。
   昭和8年、帰国。生家で農業に従事。かたわら、塩山の
   向獄寺にて中川宗淵から禅を学ぶ。昭和12年、山梨民
   友新聞、昭和14年に朝日新聞に入社。

   昭和16年から鎌倉に住み、川端康成、小島政二郎、林
   房雄、高見順らを知り、戦後、丸尾長顕、池田克己、畑
   中庸生らと「鎌倉新人会」をつくる。「日本未来派」同
   人、文芸家協会、日本現代詩人会会員。

   詩集「花」「馬」「ストーリイ」など。

   (角川文庫「現代詩人全集」第9巻・村野四郎/解説から)

 


◇ ページトップ

◇ 詩人インデクス

◇ narato's what's new



更新 04/10/05