
◇◆◇◆◇ 母への手紙 おっかさん、 まだ元気でいるかね? 元気だよ、ぼくも。 達者でやっとくれ、達者にね。 おっかさんの住んでるぼろ家の上に 夕暮れともなれば あの何とも言えぬ光が射すんだろう。 お前さん、ぼくを案ずるばっかりに ひどくふさぎこんでいるというではないか ──心配ごとを押しかくしてさ。 時代ばなれの古めかしいシューバをひっかけて しょっちゅう道端まで出て来るというではないか。 青いほむらの夕闇、そこで しょっちゅうひとつことがちらつくんだろう。 居酒屋の喧嘩沙汰、そこで 誰かにグサリ胸元を刺されたとか、ね。 なに、たいしたことないよ おっかさん! 心配しなさんな。 そりゃあ気おもなうわごとってもの。 そんなにひどい呑みすけじゃあなし、 お前さんに会わずに死ぬなんてこたああるもんか。 ぼくは昔ながらのやさしい子、 夢見ることといやあ、早いとこ この浮ついた退屈におさらばし、 匍(は)いつくばったよなわが家に帰ること。 春、わが家の白い庭で 木々が枝をぐっと伸ばすころ、 ぼくは帰ってくよ。 八年前みたいに、朝早く 起こすのだけはやめとくれ。 見果てた夢、そいつはもうよびおこさないで。 成るようにして成らなかったこと、そいつもそっとしておいて。 喪(な)くすのも、疲れきるのも早すぎた。 そういう目にあったってこと。 それから、お祈りはもう教えないで。 ね、もういいよ。 昔に還(かえ)るすべはなし、さ。 おっかさん、あんただけが支え、なぐさめ。 おっかさん、あんただけがあの何とも言えぬ光なんだよ。 ね、だから、心配ごとは忘れて。 そんなにひどくふさぎこみなさんな。 しょっちゅう道端に出て来るなんてやめて。 時代ばなれの古めかしいシューバを引っかけたりして、さ。
(一九二四年) (内村剛介訳『エセーニン詩集』から)
◇◆◇◆◇ 母の手紙 いまさら あらためて 何の思案 何の考えごと。 あらためて いまさら 何を書く? 目の前に 仏頂づらの小机がある。 手紙がひとつおいてある。 おふくろのよこした手紙なのだ。 おふくろは書いている ── 「つごうがつくなら お前さん クリスマスに 帰って来てちょうだいよ。 わたしに 襟巻を とうさんに ももひきを 買って来てね。 うちじゃあ そりゃあ ひどい困りようなんだもの。 お前さんが詩人だってことが、 よからぬ評判立てながら いい気になっているってことが、 ひどく わたしの 気にさわる。 ちっちゃいうちから 鋤鍬(すきくわ)とって 野良仕事でもしていたほうが よっぽど ましになっていたのに。 あたしゃ すっかり老けてしまって 具合がとてもわるい悪いんだよ。 お前さんがねぇ はじめっから うちに居てくれさえすれば いまごろはもう 嫁がいたことだろうし この膝で 孫っこをあやしていられた身分なのに。 お前さんたら ところきらわず 子だねを やたら 撒きちらし、 女房でさえ ちょいと気軽に 人手に渡してしまうんだから。 家庭もなければ 友だちもなく、 波止場なんてあらばこそ、 底なし淵の居酒屋へ 頭からつかりっぱなし。 わたしらは お前にかけた あてがはずれて、 心が痛み なおのこと つらい思いをしているよ。 それというのも お前さんが 詩を書いていて もっとおかねをとるなんて とうさんが よけいな考えにとっつかれたりするもんだから。 かせぎがなんぼあったところで お前さんは 仕送りなんぞするひとでなし。 だから うらみつらみも 言いたくなる ── それこそお前さんのおかげで、さ、 わたしゃ もう 承知してます、 詩人には おかねが入らぬものだってことを。 お前さんが詩人だってことが、 よくない評判立てながら いい気になっているってことが、 わたしは ひどく 気にさわる。 ちっちゃいうちから 鋤鍬とって 野良仕事でもしていたほうが よっぽど ましになっていたはず。 今じゃ 気の滅入ることばかり。 まるでもう おさきまっくらなくらし。 馬もおけなくなっちまった。 だけど そうね お前さんが うちに居る人 ということになれば そりゃもう 何の不足もなくなるだろうよ。 なにしろ お前さんは 知恵者だし 郡の執行委員会の 議長の席は まちがいないもの。 そうなれば くらしに張りが出るし わたしら まきあげられることもありはしない。 お前さんも よけいな疲れなぞ いっこうおぼえがないと言うだろうよ。 わたしは お前のおかみさんに はたおりなんぞ 申しつけし、 お前はお前で むすこらしく、 としよりをいたわってくれるだろうよ。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ぼくは 手紙を もみくちゃにし やるせないもの思いに深く深く沈む。 宿願のわが道は 行きどまりで ついに 出口なし? ともあれ ぼくは ぼくの考えを あとで語ることにする。 ぼくは語ることにする 返事の手紙を書き・・・・ (一九二四年) (内村剛介訳『エセーニン詩集』から)
◇◆◇◆◇ 返 信 ばあさんや、 かわいいばあさんよ、 気の向くままに暮らすことだよ。 あれこれ思い出し、気を揉んでくれるその気持を ぼくは 気立てやさしく お受けしている。 だけどね ぼくの生き甲斐が何であり、 ぼくが何に気をとられているかってことは、お前さんには これっぽっちも分かっていやしないんだ。 いまは冬。 ── ぼくは知っている ── 月夜ともなれば お前さんは われにもあらず あれこれ思うのだ ── 誰かが みざくらを揺り動かして 雪を 廊下へ振り落としているのではないか、と。 おっかさん、 生みの母! 吹雪の日 どうしてねむろう? 煙突がめそめそ ながなが と あんなにも唸(うな)っているのに。 身を横にしようにも、 目に入るものは ベッドではなく、 てぜまな棺桶。 ぼくの寐棺(ねかん)というやつなんだ。 鼻づまりの坊主が千人 泣き歌をうたうみたいに 煙突がうなりうたっているわけだ。 この大吹雪、とんでもない悪党! 雪は 銅貨みたいに降り敷き、 棺桶のむこうには 妻もなく 友もない。 ぼくは何よりも 春が好き。 激流の奔(はし)る 大水のひろみが好き。 木っ端ひとつひとつが 大船みたい ── 広びろと はるか 目もとどかぬ。 ぼくの好きな春に、 この春に、 名づけて、 ぼくは、 大いなる革命と称(よ)ぶ! まさに この春ゆえに ぼくは 待ち望み、呼び招く。 ところがどうだ、 このよごれざまは ── 冷え、つめたい この衛星! こいつは 太陽・レーニンを以てしても、今のところ 溶かすわけには行かぬのだ! だからこそ、 詩人の病める心抱き、ぼくは、 喧嘩は売る、腕白はやる、 呑んだくれにもなったのだ。 だけどね、おっかさん、生みの母! そのときがやって来る。 宿望のときがやってくる。 あいつは大砲のわきに、 こちとらはペンのわきに、と ぼくらは武器のわきにしばし坐を占めたものだったが、 そいつはあだごとでなかったということよ。 おカネのことはね、お前さん、忘れてしまうんだね。 何もかもみんな忘れてしまえってこと。 なにが身の破滅さ?! それがお前さん? それが いったい お前さんてもの? ぼくは牛でなし、 馬でなし、ロバでなし。 こともあろうにぼくが 厩舎から索き出されにゃならないなんて! ぼくは 自分で 出ていくさ そのときが、 この衛星に 火砲をあびせにゃならんという そのときが、 来れば。 さてそこで 帰りすがりに、 お前さんには 襟巻きを、 うん、そして、おやじには、 例の頼まれものを買って行こう。 だけど 今は 吹雪。 この大吹雪、とんでもない悪党! こいつ、坊主千人の 泣き歌をうたってる。 雪は 銅貨みたいに降り敷き、 棺桶のむこうには 妻もなく、友もない。 (一九二四年) (内村剛介訳『エセーニン詩集』から)
◇◆◇◆◇ さようなら さようなら 友よ さようなら わが友、 君はわが胸にある 別離のさだめめ ── それがあるからには 行き遇う日とてまたあろうではないか お別れだ! 手をさし出さず ひとことも言わず 友よ 別れよう うつうつとしてたのしまず 悲愁に眉をよせるなんて ── 今日に始まる死ではなし さりとて むろん ことあたらしき生でなし (一九二五年) (内村剛介訳『エセーニン詩集』から)
◇◆◇◆◇ セルゲイ・エセーニン セルゲイ・エセーニン(Sergei Alexandrovich Yesenin) 1895年10月3日 ─ 1925年12月27日 ロシアの叙情詩人である。 20世紀のロシアで最も人気があり有名な詩人である。 詳しくは、こちら →「 ウィキペディア 」