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茨木 のり子

(いばらぎ・のりこ)


その1: 自分の感受性くらい

その2: わたしが一番きれいだったとき

その3: 六月

メモ: 作者紹介

メモ: akkoさんへ

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詩人インデクス


 ◇◆◇◆◇ 


          自分の感受性くらい


     ぱさぱさに乾いてゆく心を
     ひとのせいにはするな
     みずから水やりを怠っておいて

     気難かしくなってきたのを
     友人のせいにはするな
     しなやかさを失ったのはどちらなのか

     苛立つのを
     近親のせいにはするな
     なにもかも下手だったのはわたくし

     初心消えかかるのを
     暮しのせいにはするな
     そもそもが ひよわな志にすぎなかった

     駄目なことの一切を
     時代のせいにはするな
     わずかに光る尊厳の放棄

     自分の感受性くらい
     自分で守れ
     ばかものよ

            (詩集「自分の感受性くらい」S52.から)

 

 ◇◆◇◆◇ 


          わたしが一番きれいだったとき


     わたしが一番きれいだったとき
     街々はがらがら崩れていって
     とんでもないところから
     青空なんかが見えたりした


       わたしが一番きれいだったとき
       まわりの人達が沢山死んだ
       工場で 海で 名もない島で
       わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった


     わたしが一番きれいだったとき
     だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
     男たちは挙手の礼しか知らなくて
     きれいな眼差だけを残し皆発っていった


       わたしが一番きれいだったとき
       わたしの頭はからっぽで
       わたしの心はかたくなで
       手足ばかりが栗色に光った


     わたしが一番きれいだったとき
     わたしの国は戦争で負けた
     そんな馬鹿なことってあるものか
     ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた


       わたしが一番きれいだったとき
       ラジオからはジャズが溢れた
       禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
       わたしは異国の甘い音楽をむさぼった


     わたしが一番きれいだったとき
     わたしはとてもふしあわせ
     わたしはとてもとんちんかん
     わたしはめっぽうさびしかった


       だから決めた できれば長生きすることに
       年とってから凄く美しい絵を描いた
       フランスのルオー爺さんのように
                         ね


               (詩集「見えない配達夫」S33.から)
     
 

 ◇◆◇◆◇ 


          六月


     どこかに美しい村はないか
     一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
     鍬を立てかけ 籠を置き
     男も女も大きなジョッキをかたむける


     どこかに美しい街はないか
     食べられる実をつけた街路樹が
     どこまでも続き すみれいろした夕暮は
     若者のやさしいさざめきで満ち満ちる


     どこかに美しい人と人との力はないか
     同じ時代をともに生きる
     したしさとおかしさとそうして怒りが
     鋭い力となって たちあらわれる


             (詩集「見えない配達夫」S33.から)
 

 ◇◆◇◆◇ 


          茨木 のり子(いばらぎ・のりこ)


     大正15年(1926年)、大阪に生まれる。
   帝国女子薬専卒。参加同人誌「櫂」。
   詩集に「対話」「見えない配達夫」がある。

   (角川文庫「現代詩人全集」第10巻・鮎川信夫/解説から)
 
 

  akkoさんへ

    akkoさん、お便りありがとう。

    「信じること・・」
    わたしも、そう思います。

    何を信じるのか
    何に希望を託するのか
    何が信じるに値するのか・・。

    でも、信じなくては生きられない。
    希望がなくては、生きられない。

    お礼に、茨木のり子さんの詩を
    三編、加えてみました。

     「自分とおなじ思いでいる人が
    やっぱりいたんだ・・・」

    なんという安心感。

    おなじ空のもとに、
    おなじ空気をすって
    おなじ時代を生きている。

    生きるとは、
    時代を生きること。
    時代とは、
    人々の連なりのこと。

    茨木のり子さんの詩は
    戦争と、生きている時代を
    想起させずにはいません。

    彼女には、    
    「詩のこころを読む」(岩波ジュニア新書 9)という
    名著があります。

    「六月」という詩を知ってから
    ずっとあとになって
    この本に出会ったとき
    ジュニアだけでなく、大人にも
    もっと、もっと、この茨木のり子さんの本を
    読んでほしいと思いました。

    また、お便りします。
                                     narato
                                   (99.07.23)
 


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更新 04/10/05