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伊良子 清白

(いらこ・せいはく)


その1: 漂泊

その2: 琴の音

その3: 帆が通る

その4: 伊良子清白について

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詩人インデクス


 ◇◆◇◆◇ 


          漂泊


        むしろ戸に
        秋風吹いて 
        河添いの
        旅籠屋さびし

        哀れなる旅の男は
        夕暮れの
        空を眺めて
        いと低く歌ひはじめぬ
 
        亡き母は 
        処女となりて
        白き額 月に現れ
        亡き父は
        童となりて
        円き肩 銀河を渡る

        柳洩る
        夜の河白く
        河越えて 
        煙の小野に
        かすかなる笛の音ありて
        旅人の胸に触れたり

        故郷の
        谷間の歌は
        続きつつ断えつつ哀し
        大空の反響の音と
        地の底のうめきの声と
        交じりて調べは深し

        旅人に
        母は宿りぬ
        若人に
        父は降れり
        小野の笛 煙のなかに
        かすかなる節は残れり

        旅人は
        歌い続けぬ
        嬰子の昔にかへり
        微笑みて
        歌ひつつあり

              (詩集「孔雀船」M39.から)
 

 ◇◆◇◆◇ 


          琴の音


        梨の花 月にこぼれて
        千里まで霞む 春の夜 
        岸に沿ひ流るる琴の
        二つなき響きをききぬ

        古き世の物語めき
        美しき追憶(おもひで)となる
        琴の音はみそらにのぼる
      まどかなる月の村雲

      人の世はあやにくのもの
      心憎き今宵の業も
      弾く人は弾くとも思はず
      きく人はきくとも知らず
      
      ただ響くむねの創痍(いたみ)に
      反響(こだま)する清掻(すががき)のおと
      幽(かす)かなれど漂ふわたり
      けしきだち荒野と成りぬ

              (詩集「清白集」から)
 

 ◇◆◇◆◇ 


          帆が通る


        浦をすれすれに
        明るい帆が通る 
        (大きな白い花びらの漂着)
        面舵!
      船長の若々しい雄叫び
      ぎい、ごとん! 梶の軋(きし)み
      帆がくるりとまはって
      船は巧みに暗礁(しま)をかはした
      急湍(はやせ)の外のどよみ
      甲板で働く水夫の姿は
      舞台の上の俳優(やくしゃ)の科(しぐさ)を見るやう
      順風!
      満潮!
      びゅんびゅん帆綱が鳴る
      船首(みよし)は潮を截(き)って急流を作る
      船は山に向ってぐんぐん迫って来る
      海深を測る鉛錘の光りが
      振り子のやうに水面を叩く
      鴎が輪を描きわをかき
      灰色の腹を見せ見せ
      ぎぁぎぁ啼き乍(なが)ら
      船に尾(つ)いて行く
      取梶!
      帆がばたつく
      ぎい!
      物の響きは静かだ
      船は山を離れて、沖へ
      かもめは空しい海を
      低う掬(すく)って飛ぶ

                  (詩集「清白集」から)
 

  ◆ 伊良子 清白について
 
    「いらこ・すずしろ」と読む人もいるが、
    角川詩人全集では、「せいはく」と仮名を振っている。

    明治10年−昭和21年。
    鳥取県生まれ。
    河井酔茗や横瀬夜雨らと「文庫」の中心的詩人。
    生涯を通じて「孔雀船」(M39)が唯一の詩集。
    作品を厳選し、詩集に収めたのはこの「漂泊」など
    わずかに18編。

    日夏耿之介は
    「世界に誇るに足る卓れた浪漫芸術」と評したが、
    「孔雀船」を出版して間もなく東京を去り、
    医業に専念し、詩作から離れたという。
                    (前掲書から)
 
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     この「漂泊」を知ったのは
     大学生の頃、
     「現代詩人全集」を購入してだ。
     全集第1巻(近代1)に収められている。
     ちなみに、この第1巻の価格は130円である。

     「漂泊」を読むと、中学の頃だったかに習った
     三木露風「ふるさとの」という歌が思い出される。

       ふるさとの 小野の木立に
       笛の音の うるむ月夜や

       少女子は あつき心に
              そをば聞き 涙流しき

              十とせ経ぬ  同じ心に
             君泣くや 母となりても
   
     詩情豊かな歌詞とともに、ゆるやかな旋律が
     いまも聞こえてくるようだ。

     明治・大正期の詩人の
     心象風景には
     このように
     流離、漂泊の思いを歌ったものが多くある。

                  narato
                                   (99/08/01)
 


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更新 04/10/05